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第45話 まだ離婚はできません

「あ、うん。そう……倒れたんだよ」


 不穏な言葉をぶつけてきたくせに、アースクロットは私の敏捷な動きの方に目を丸くしていました。


(本当に、生きている人だわ)


 エオールとロータス医師以外で、久々に生きている人の顔を直視しました。

 いかにも元気そうな色艶の良い男性がそこにいます。

 毛布の中から、ちらっと観察はしていましたけど、昼間の明るい室内で目を合わせると、やはり迫力が違いました。

 昨夜は橙色の髪色しか分からなかったのですが、エオールとは対照的な太い眉、厚い唇。濃い顔のきりっとした人です。

 大きな図体を窄めて、先程までセーラがいた丸椅子に、ちょこんと腰を掛けている姿は少し滑稽でした。


「まあ、大丈夫だと思うけど。彼が逆らえないひとに後も託してきたことだし」


 なるほど。

 今は気絶してしまったエオールを、新恋人が看ている訳ですね。

 

(それにしても、物騒な……)


 ――実害……出てしまったのですね?


 セーラの話していたことは、嘘ではなかったということです。


(つまり……三人立て続けに「愛人さん」に襲撃されたってこと?)


 物騒な事件じゃないですか。 

 国を揺るがす一大事です。

 陛下は、このことをご存知なのでしょうか?


(知らないのか、知らされていないのか……)


 このアースクロットの暢気な態度からして、陛下は何も知らないのかもしれません。


「エオール様、とんだとばっちりじゃないですか?」

「んー。まあ、とばっちりを被るのが聖統御三家の仕事のようなものだから、仕方ないんだろうけど。でも、あの人は昔から無理をしすぎなんだよ」

「そう……ですね」


 私も知っています。

 彼は離れを訪れる時、いつも目の下に濃い隈を作っていました。

 仕事熱心も無理をしすぎると、いつか倒れるのではないか……と、私はほんの少し同情していたのです。


(ああ……。まどろっこしいな)


 ここで、アースクロットに全部訊くことが出来たら……。

 エオールの従弟である彼なら、最近亡くなった貴族の奥方……セーラのことや、彼女の旦那様と愛人のことも知っているかもしれません。


 ……いっそのこと、彼が「愛人さん」を捕えてくれたら?


 セーラの旦那様も救われますし、エオールの敵討ちも出来てしまいます。


(すべて、話してしまいたい……)


 けれど、出会って間もないこの人のことを私が信用できる材料は何もないのです。

 

(無理……だわ)


 アースクロットは悪人ではなさそうですが、すべて告白したら逆に面倒な予感がすると、私の本能が告げています。


「……はあ」


 溜息を落として肩を窄めた私を、アースクロットが怪訝な表情で眺めていました。

 私のこと変人だと思っているようですね。顔にそう書いてありますよ。

 

「どうかしたのかな?」

「いえ、別に」

「とにかく、僕が君に言いたいのはね、良い機会だから、夫婦二人でしっかり話した方が良いんじゃないかってことなんだ」

「しっかり……話す?」


 ――離婚のことを?


 ……そんなこと。

 ()()駄目です。

 今、別れることは出来ません。

 私は、何の準備もできていないのです。


「……分かりました。アースクロット様」

「え?」

「私、腹を括りました」

「行ってくれるのか?」

「はい」


 ――舞踏会に。


 その一言は、アースクロットに向けたものではありませんでした。

 彼の背後にいて気配を消しているセーラに、宣言したのです。


「それで、アースクロット様。ご迷惑でなければ、一つ教えて頂きたいことがあるのですが……」


 私の謎の気迫に、アースクロットは押され気味でこくりと頷いたのでした。

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