第38話 セーラからの頼み事
◇◇
『……ラトナ』
「大丈夫です。セーラ様。死にかけだった私が復活できたんです。何とかなりますよ」
『前向きな言葉の割には、目が死んでるわね』
「そうですか」
目だけで済めば良いのですが……。
かなり、頭もやられていますよ。
『わたくし、貴方を助けられると思うの』
「どちらかというと、今、私は奈落の底に落とされているのですが」
微妙に聞こえる程度の陰口を叩いて、これ以上の厄介ごとは、ごめんだと釘をさしたつもりでした。……ですが。
『とにかく、貴方……明日の舞踏会に行ってちょうだい』
「はっ!? 今の話、聞いてました?」
『何も聞こえてないわ』
いや、聞こえていたのに、あえて無視してるんですよね?
(舞踏会? 何ですか、それは?)
彼女の言うことは、支離滅裂すぎて欠片もついていけません。
「勘弁して下さい」
私は今度こそ小声で呟きました。
先程、繁華街の道の真ん中で、大声を張り上げてしまったことを反省したのです。
(この方は私にとって、厄病神か何かなのでしょうかね?)
だったら、私は舞踏会よりも教会に行って、セーラをちゃんと浄化すべきでしょう。
『別に良いじゃない? どうせ、仕事探しも間々ならなくて、夜は暇なんだから。フリューエル家主催の舞踏会に行って欲しいの。わたくしは犯人のことを、ある人に伝えるわ。ミノス公爵が色ボケして気付かないのなら、直接本人に言うしかないもの』
「フリューエル家って、確か……。聖統御三家の一つの?」
「そうよ。怪しいところじゃないから、行きやすいでしょう?」
怪しくはないけど、空恐ろしいです。
貴族様にまるで興味のない私でも、ミノス家同様に名前を知っているのですから。
「何が悲しくて、そんな敷居の高い場所に? セーラ様の言う「あの人」って、私には関係ないじゃないですか。私がしなきゃいけないのは、職探しですよ。速やかに自立して、エオール様から離れないと」
前言撤回。
セーラは嫌な人です。
いっそ、このエオールから貰った真っ赤な悪趣味な外套を叩きつけて、追い払ってやりたいのですが……?
私の漲る殺気を、感じ取ったのでしょう。
セーラは少しだけ私から距離を取りました。
でも、めげていません。
『大丈夫よ。貴方は舞踏会に行ってくれるだけで良いから。貴方が入れるようにも手配できるはず。絶対に悪いようにはしないわ』
「あの……ですね」
この期に及んで莫迦の一つ覚えのように、訴えて来ます。
「なぜ、私なんですか? きっと貴方のこと視える人がいますって。その人に頼めば良いのでは?」
私は頭を横に振り、耳を塞いで歩き続けました。
ですが、頑として彼女も譲りませんでした。
とうとう、私の進路を阻むように、仁王立ちして……。
『わたくしも、貴方と同じなの!』
甲高い声で、叫んだのでした。
「……それは、どういう?」
『わたくしも、結婚していて。夫に……新しい女性がいるみたいなの。先程の貴方とあの男とのやりとりを見ていて、色々思い出したのよ』
「それはまた……記憶復活、おめでとうございます」
『そんなことどうでも良いわ!』
間髪入れずにセーラが叫んでいますが、私の方こそ、それはどうでも良いのですが……。
でも、私の反応など窺いもせず、彼女は捲し立てるのでした。
『わたくし、どうしても舞踏会に行って愛人から夫を引き離したいの。お願い!』
「……どうして浮気調査に? 今までの毒殺犯探しは何処に行ったのですか?」
『私に毒を盛った犯人が浮気相手で、舞踏会に来るのよ!』
おお。なるほど。
殺人犯が旦那様の愛人だったのですね。
……て、そんな滅茶苦茶な話ありますか?
「話がとっ散らかっていて、頭が……」
『お金なら、わたくしが用立ててあげるから』
どんと胸を叩いて、セーラは得意げに微笑みます。
「お金、あるのですか? セーラ様」
『任せなさい。貴方の一人暮らし費用くらい、どんと出せるわ。仕事として一日、四一二二ホープでどう?』
「正気ですか?」
『何よ? まだ足りないの?』
その金額はモリンが貯めていたお金よりも二倍多くて、王都の一等地に豪邸を建てられるくらいの金額でした。
(……セーラ様って)
貴方、一体何処の何者なんですか?




