第32話 新たなお客さん(幽霊)
「だとしたら、変ですよ? なぜ、エオール様は私に何も仰らないのですか? 聖統御三家の一つですよ。あの方がここを聖化しない理由が分かりません。私はエオール様って、皆さんのことは視えてないんじゃないかって思っていたのですが?」
『さあ? 私に分かることは、とりあえず、見舞いの品だけは沢山持って来てくれるので、エオール様は思ったほど、悪人ではないということくらいですね』
やはり、贈り物をくれる人は「良い人」信仰ですよね。
よく、みんなからも言われます。
――エオール様は、悪い人ではない。
――エオール様は、意外に良い旦那様になりそう。
天国に逝ってしまったモリンも、そんなことを話していましたけどね。
(悪くはないからといって、善人というわけでもないということよね?)
それを鵜呑みに出来るほど、私の心根は優しくなかったのです。
「沢山もらった見舞いの品。未開封なら、高く売れるのでしょうか?」
『売るつもりですか?』
「やはり、私とバレてしまうから、やめた方が良いですよね」
『私には、ラトナさんの方が悪人に見えてきました』
酷い話です。
私だって、すぐに売り裁こうなんて、思ってはいないのですよ。
一応、未開封の見舞いの品々はエオールの目のつく場所に置いていたら気まずいので、古びた洋服箪笥の中に、箱ごと仕舞いこんでいます。
エオールは宝石類など分かりやすい高価なものを贈ることはせず、基本的に防寒対策の品ばかりを寄越してきます。
この部屋が寒くて暗いからなのでしょうか?
真っ赤な色が多いのです。
赤のケープに、赤の襟巻に、赤い手袋に、赤い靴。
ご自身が白一色だから、私を赤色に選定したのでしょうか?
二人で紅白ですか。
おめでたいって……。
(売っても、意外に価値はないかも……)
喜び勇んで使用してしまって、離婚の際に全部返却しろと言われたら、困るじゃないですか?
「でも、ミネルヴァさんの言う通り、すべてエオール様がお察しならば、私の身体のことも、とっくにご存知かもしれませんし、離婚の日も近いような気がします」
『だから、ラトナさんは早々にお金を作っておきたい……と? エオール様は離婚を考えて、こちらに来なくなったということですか?』
「ええ、多分……。レイラさんと何かあったから、私のところに通ったりして、下手に出ていたんですよ。それで、彼女とまた何かあったから、来ることをしなくなった。そう考えるのが自然ではないですか?」
『ああ。それなら、まあ腑に落ちますかね』
「そうです。だからこそ、自立の道なのです。お金は必要です。離婚したところで、私は実家には帰れませんからね。何とか独り暮らしできる程度になっておかないと」
『そこまで意地にならなくても、エオール様だってすぐに出て行けなんて言わないんじゃないですか?』
「油断は禁物ですよ。最悪のことも考えて動いておかないと。実家に戻る羽目になったら、今度こそ私は兄に殺されます」
『……まあ。ラトナさんの実家は危なっかしいですからね、分からなくもないですが』
さすがにミネルヴァも、兄の危険度に関しては否定しませんでした。
実家の痛い環境については彼女にも話していたので、あの兄ならやりかねないという共通の認識は得られているようです。
私にとっては、兄と同じ系列の美形であるエオールに対しても、似たようなものだと思っているのですが……。
「そういうことなので、ミネルヴァさん。私、街に出て仕事を探してきます」
『切り替えが早いですね?』
「今まで体が不自由で動けなかったので、暇をしていると時間がもったいなくて……。それに、街に出たついでに孤児院の方にも、顔を出しておきたいですしね」
『ああ、モリンさんも喜びますね』
いつエオールが訪ねて来るのかと、びくびくしていましたが、十四日も訪ねて来ないのなら、もう来ないと判断しても良いはずです。
未だに重病人のふりをしているので、安易に昼間の街に行くことは出来ませんが、以前のように、孤児院や、夜の街なら大丈夫でしょう。
孤児院の方は経営がエオールに移ってから一度も顔を出していないので、一度尋ねてみたかったのです。
ついでに仕事も、孤児院経由で斡旋してもらえたら、ありがたいのですが、さすがにエオールに私のことがバレてしまうので……無理でしょうね。
『でも、夜の街って危ないですよ。以前はモリンさんがいてくれましたが、さすがにラトナさん、一人では……』
「平気ですよ。王都は夜も明るいので、まったく怖くありません。レイラさんだって、夜働いているんですから。私だって」
胃が少し痛みますが、常に死にかかっていた頃に比べれば、楽々です。
病み上がりなので、肉体労働は避けた方が良いとは思いますが……。
(……ん?)
しかし、夜の街の商売って何があるのでしょう?
(ともかく、行けばどうにかなるわね。ここでうだうだしているだけ時間の無駄だもの。ねっ、モリンさん)
モリンから貰ったお守り代わりの1ホープ銀貨を握りしめて、気合を入れていた私ですが……。
どうも注意力が散漫になっていたようです。
『あーはははっ!』
突如響く笑声。
部屋一杯、甲高い笑声が響き渡るまで、私はその人がいたことに気づいていなかったのでした。
『ここまでお莫迦な人。わたくし、初めて見たわ』
「……へっ」
何かいます。
私の寝台の下に……。
暗くて、じめじめした場所に座っていた割には、抜群の存在感+大声でした。
『大体、浮気している方が悪いのに、どうして、貴方が職探しなんてしなきゃならないのよ? おかしいでしょう? そういう女がいるから、男はつけあがるのよ!』
うーん。
至極、まっとうなことを指摘されているような、個人的偏見も混ざっているような奇妙な感覚。
……というか、呆然と立ち尽くしている私に食らいつくような勢いで、その人は寝台の下から、ごそごそっと音を立てて、這い出てきたのでした。