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第30話 深刻な話

「いっそのこと、自分の住んでいる別邸で引き受けたら良いのに」

「私のいる別邸は、療養には向きませんから」

「ふーん」

「と、ともかく、妻の話はこのくらいで、ご容赦ください」


 国王を前に、嘘ばかり重ねているせいで、声が上擦ってしまった。

 ラトナが夜の街を徘徊するくらい絶好調だということは、従弟が調べ上げたことだ。

 この件については、厳しく従弟を口止めしたので、まさか、ユリシスに知られているということはないだろうが……。


(……分からないな)


 今の時点で、知っているふうには見えないが、食えない方だ。

 表情だけ読んでも無駄だろう。


「まあ、お前がそこまで言うのなら、深追いはしないが、奥方の病状が落ち着いたら、私も一度会っておきたい。公爵家の妻だ。彼女がお前の妻になって、半年以上じゃないか。さすがに、私が面識くらいないと、おかしいだろう?」

「ええ。まあ、それはそうですね。確かに」


 その通りだ。

 さすがに、結婚して一年近くも主であるユリシスに挨拶をしないのは、まずい。

 当初のエオールの計算では結婚して間もなく、妻はこの世にいないことになっていた。


(まさか……治ってしまうとは)


 彼女のかかつりつけ医のロータスが、先日密やかにエオールに告げた。


『医者として、初めての症例になるかもしれません。彼女は隠してはいますが、病はおそらく癒えています。もう少し様子を見ていく必要はありますが……』


 それが事実であるのなら、めでたいことだ。

 ラトナも、正直に話せば良いものの、皆の前では、どうしてなのか具合悪そうに振る舞っている。

 せっかく良くなったのに、刺激を与えるのは良くないとのことで、エオールも見て見ぬふりフリをしているが、国王にまでそのことが知れているとしたら、これから先、どうしたら良いのか……。


(私は、本当に考えなしだったな)


 公爵家の妻として、ラトナの実家、リーランド家の家格は決して悪くない。

 だが、田舎育ちで、ずっと寝たきりだった彼女をいきなり王都の社交の場に連れて行くのは、嫌がらせのようなものだ。


(ホープ銀貨一枚で、にこにこ笑っているような娘だからな)


 エオールの知らない世界で、自由に動き回って、どういう訳か歌姫のレイラにまで縁を繋いでしまった謎の少女。

 銀貨一枚を愛おしそうに抱いた時の屈託ない笑顔が、エオールの脳裏を掠めることがある。

 離れには、使用人たちの監視という名目で、たまに通うようになったが、エオールにはあれから二度と見せてくれない本物の笑顔だった。


「承知致しました、陛下。必ず、妻を御前に連れて行きますから。……ですから。そろそろ、本題に」


 溜息混じりに促すと、ユリシスが少しだけ口角を上げた。

 それと同時に、控えの従者が首尾よく執務室から出て行く。

 エオールが王宮嫌いなことを知っているユリシスは、個人的な話の時は郊外の別宅で会うことの方が多かった。


(陛下が突然、個人的な用件で王宮にまで私を呼び出すなんて、緊急事態だと思ってはいたが?)


 やはり、ただ事ではないようだ。


「決して、奥方の話をして、お前をからかったわけではない。今回の話は私の妻についてのことだ」

「お妃様の?」


 ユリシスは一国の王でエオールよりも三歳年上。

 当然のことながら、既婚者であり、政略結婚だった。

 ユリシスの妻、王妃エリザ=リュンフェン=フレイヤ。

 隣国フレイヤの第三王女。

 つい最近まで、激しい戦いを繰り広げていた国で、王女とユリシスとの結婚が停戦条件の一つだった。

 色恋なんて抜きにして、彼女に関することは国の一大事となる。


「私と妻との関係はお前も知っての通りだ。例の「舞踏会」のことも、彼女には上手く隠し通して、夫婦円満を貫くつもりだったのだが……」

「まさか……バレたのですか?」


 直截ちょくさいに問うと、ユリシスは小さく頷いた。

 

「それだけに留まらず、もっとややこしいことになりそうでな」


 いつも飄々としている王が真摯に、エオールを見据えている。


(とんでもないことになりそうだな)


 どうやら、ラトナの話題を先に出して、緊張をほぐしていたのはユリシスの方だったらしい。

 深刻な話を前に、エオールは勧められるまま、ユリシスと向かい合って豪奢な長椅子に腰をかけたのだった。

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