第29話 エオールと国王
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訪れた者が思わず感嘆の声を漏らしてしまうほど、至るところに金色を多用している派手すぎる宮殿。
それが我がトレスキアの要。
エッセンブルム王宮だ。
別名「黄金の宮」。
その眩い建物は隣国からも視認できるほど、輝きを放っているとか……。
当然、誇張だろうが……。
今ではこの宮殿を見学したくて、観光目的にトレスキアを訪れる外国の貴族たちも多いようだ。
(こんな悪趣味なものを……か?)
エオールは昔から宮殿が大嫌いだった。
要するに「金持ち」だと自己主張なんかしているせいで、周辺国から狙われているということを、この国の人間が理解していないという痛ましさに泣けてくるのだ。
もっとも、それを言うと、ミノス家の本邸も恥ずかしい。
ミノス家の屋敷の造りは、明らかに宮殿を模している。
つくづく、エオールは今の代の当主で良かったと思っていた。
この感覚を共有している人物が自分の仕える主人だからだ。
「よく来てくれたな。目が痛むだろう?」
「大丈夫ですよ。今日は少し雲も多いし、太陽が乱反射しないで済んでいます。陛下の方こそ、痛みませんか?」
「即位して三年だ。私はさすがに慣れたよ。まあ、政務がなければ山にでもこもりたいくらいだが……」
相変わらず、砕けた話し方をする。
エオールと同年代の国王。
ユリシス=レオブラウン=アルガ=エッセンブルム。
中性的で貴族的と揶揄されているエオールとは違い、野性的で無骨な現国王だ。
髪色こそ金髪だが、剣腕を磨くことが趣味なので、筋肉隆々の長身。髪も束ねるのが面倒だからと、短髪にしていた。
性格もさながら武人のようで、服装も紺色のシャツと揃いの外套一枚を引っ掛けているだけ。質素そのものだった。
元々、第三王子で王位を継ぐ予定はなかったため、放置気味に育てられたこともあり、市井に明るく、親しみやすい方ではある。
当然、金ぴかの宮殿なんて虫唾が走ると、国王に即位してからも、別宅から政務を執る機会が多かった。
その辺りも、外見は似ていないものの、エオールの感覚と通じていた。
「お互い、ないものねだりと分かっているが、窮屈なものだな」
「自宅が文化財みたいになっていると、建て替えることも出来ませんしね」
「そうだな。特にお前のところは、せっかく結婚したのに、本邸に住むのが苦痛なのだから、難儀なものだな」
「それは……その」
――そう……きたか。
すっかり、油断していた。
(もう半年以上だ。いずれ問われると分かってはいたが……)
作法通り、片膝をついて頭を下げていたエオールだが、動揺の余り、うっかり顔を上げてしまった。
意地の悪い、ユリシスのにやけ顔が目と鼻の先に控えていて、焦った。
(本当に、この方……面倒だな)
似ていると自覚している分、やりづらい。
普段は、ひやかしなんてものは素知らぬ顔で、涼やかに対応できるエオールも、さすがに国王を無視することは出来ない。
眉間に皺を寄せて、平静を保つだけだった。
「妻は身体が弱くて……」
「そうだったな。お前の奥方は身体が弱くて療養のため、別居婚をしていると聞いていた。だが、最近お前は足繁く奥方のもとに通っているとか……」
あからさまに動揺してしまったのは、事実を指摘されてしまったからだ。
言語化されてしまうと、かなり恥ずかしい。
「別にそんなに通ってはいませんよ。妻は身体が辛そうで、私だって彼女の傍には長居できないのです」
「ん? おかしいな。私が聞いたところによると、お前は奥方から避けられているということだったが?」
「……陛下。一体、何処からそんな下賤な噂をお耳に入れたのでしょう?」
大方、口の軽い従弟辺りが情報源だろう。
(あいつ。どうしてくれようか?)
さすがに、苛々を隠すことも出来ずに、笑いながら睨みつけると、ユリシスはしばらく無言になった。
……が、あくまでも「しばらく」の間だった。
「まあ、無理もないよな。ミノス家の本邸の煌びやかさと薄暗い離れの格差といったら、悲しいくらいだ。私も幼い頃、訪れた時、幽霊屋敷がそのまま移築されたのかと思ったほどだった。そもそも、ミノス家の人間でも足を踏み入れたことがないと聞く。あんな場所に半年も放置された挙句、歌姫に入れあげて、毎回花束を持って通っているなんて知った日には、奥方の愛想も尽きて当然だろう」
「ま、待って下さい。歌姫の件はともかく、住居に関しましては、私とて妻には譲歩しました。本邸に移るか、それが難しいのなら、離れを全面的に改修すると……。ですが、妻が「困る」……と」
嘘ではない。
これも、本当のことだ。
ラトナに本邸に移るよう伝えたが、離れが身体に合っていると、申し訳なさそうに断わってきた。合計三回だ。
確かに、本邸には面倒なエオールの両親がいる。
かえって身体に障るかもしれないから、彼女の言い分は理解したが……。
それにしたって、なぜ彼女があの薄気味の悪い離れに拘るのか?
(きっと、あの離れに「何か」いるのだろう?)
だから、ラトナはエオールが離れを聖化することを拒否して、本邸に移ることも固辞しているのだ。
一体、彼女の目に何が視えるのか?
尋ねてみたい。
しかし、それを率直に問うことは、エオールに霊視の力がないことを認めることになる。
――聖統御三家の一つ、ミノス家の当主が霊視の力を使えない。
それが余所に知れてしまったら、大変なことになってしまう。
今そのことを知っているのは、ここにいるユリシスと不可抗力でバレてしまった従弟くらいだ。
ラトナが信用できないわけではないが、彼女はエオールのことを嫌っているようだ。
自分がしたことを鑑みれば、当然のことだろうが、こんな状態で弱みを見せることは出来なかった。




