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第27話 初めての夫婦対話

◇◇


「目が覚めましたか? ラトナ様」

「あれ、ロータス先生。今日診察でしたっけ?」


 一瞬自分が何処にいるのか分からなくなった私は、目を擦りました。

 うん、いつもの見慣れた離れの部屋です。

 ……ということは、やはり今日は診察日?


「えっ……と?」


 ぼうっとしながら、身体を起こそうとした私を、ロータス先生は優しく寝台に戻しました。


「診察日ではありませんが、貴方が発熱したと聞いて、急遽、駆け付けたのです。幸い軽い風邪のようですね。季節の変わり目だから、冷えたのかもしれません」

「……そうですね」


 よもや、風邪を引いた本当の理由なんて話せるはずがありません。

 罪悪感を募らせながら、咳を一つすると、横から水の入ったコップが首尾よく出てきました。


「ありがとうございます」


 きっと、ロータス先生の助手のシギでしょう。

 スフォル領に戻っていたみたいですが、最近、また王都に来たのかもしれません。

 幽体離脱していたせいもあって、水がとても美味しく感じます。……て。

 

(あれ?)


 この水、微かにレモンの風味があるような?

 しかも、私の居室、相変わらずボロいですけど、何かが違います。

 こう、清涼感と申しますか、花の甘い香りが立ち込めているといいますか……。


「飲んだか?」

「はい。とても美味しく」

「レモン水は喉に良いからな。少しは気分も良くなっただろう?」

「ええ」


 ――ん?

 流れで普通に話してしまいましたが、明らかにシギの軽薄な声ではありません。

 ぶっきらぼう? 

 強気な感じ?

 いやいや。

 つい先程、私はこの声を聞いていたではないですか。

 ……至近距離で。


「エオール様ですか?」

「ああ」


(……はい?)


 駄目だと理性が止める間もなく、私は彼を視界に捉えていました。

 空間に溶け込むように、エオールが私の寝台の横の古い椅子に座っています。

 長い金髪を緩く一つに結って、例によって趣味の悪い純白の外套を羽織っていました。

 窓からの直射日光に照らされた金髪が、暗い室内の中で最大の光源になっています。

 発光体が目の前にいるなんて、目が眩んで失明したらどうするのでしょうね?


「その様子だったら、ラトナ様も大丈夫ですね。私はひとまず失礼しますよ」

「なっ!?」


 ロータス先生。

 満面の笑みを浮かべて、何とんでもないことを口にしているんですか?


(待って) 


 私、この方と初対面みたいなものなのですよ。

 もう少し場を取り持ってくれても良いですよね?


 ――なんて、口に出して主張出来るはずもなく。

 ロータス先生は私の困り顔を見ているくせに、そそくさと帰り支度をしてしまいました。


「本当に帰るのですか?」

「ええ。また定期診察の時に会いましょうね。ラトナ様」

「……そんな」

「ではまた」

「ま、待っ……。先生」

「お大事に」

「…………は、は……ひ」


 あっさり、行ってしまいましたね。

 温かい先生だと思っていたのに、まさかの腹黒だったとは……。

 憎々しい笑顔と共に激しめに手を振っていた私ですが、永遠に扉に向かって手を振っているわけにもいきません。

 いっそ、ロータス先生と一緒にエオールも帰ってしまえば良いのに……。


(何で、まだここにいるのかしら?)


 ……などと。

 失礼しました。

 間違いなく、ここはエオールの家ですね。我が物顔でいるのは私の方です。

 エオールは存在感だけ二倍増しになって、足を組んで座っています。

 前回の時のように、私は毛布を被って嵐が去るのを待つこともできません。

 だって、もうそこにいるのですから。

 

 ――二人きり(幽霊は除く)。


 結婚初日から放置。

 まともに会うのは初めての旦那様と、今更面と向かって何を話せば良いのでしょう?


(いっそ、緊張して上手く呼吸も出来ないんだから、このまま、息を一時的に止めて倒れることが出来たら?)


 割と本気で、意識不明を装おうとしたところで、突然エオールが口を開きました。


「こうして君と会うのは初めてだな」

「はっ、はい!」


 緊張のあまり、私は叫んでしまいました。

 エオールは目を丸くしていますが、怒ってはいないようです。


「君、意外に発声できるんだな?」

「……おかげさまで」


 兄と話す時は、いつも軍人口調だったので、つい……。


(まずいわ。私が回復していることが、エオール様にバレてしまう)


 自滅です。


(ああ、こんなことなら、モリンがくれると言っていた、お金を全額回収しておけば良かった)


 もし、お金があったら、それを元手に出て行くこともできたのに……。


「実は……」

「申し訳ありません!」


 おもいっきり頭を下げたら、エオールが椅子を後ろに引いていました。


「なぜ、謝る?」

「えっ?」

「何やら誤解があるようなので、言っておくが、私は君が部屋の引っ越しを拒否したことが気になっただけで。たまたま、ロータスが君の診察に行くというので、付いて来ただけだ」

「……はあ」


 やはり、執念深く部屋替えに応じなかった私のことを怪しんでいたのですね。

 上手い言い訳を考えられなかった私の落ち度です。


「定期的に、ロータス医師は君の病状を私に伝えに来るのだ」

「先生が?」

「身体はだいぶ良いのだと、聞いていた」


 さあっと、私の血の気は引いていきました。

 エオールは私の百面相を知ってか知らずか、相変わらず自分の考えを一方的に話し続けます。


「だが、たとえ快方に向かっているとはいえ、この部屋は長期の療養には適していない。たまに掃除はしているようだが、埃っぽいし、黴臭いし、雨漏りも直っていない。そんなところで寝ていたら、身体に障るだろう。君はどうして部屋を替えたくないんだ?」

「それは……」


 白目をむいてしまいそうな自分を叱咤激励して、私は必死に言葉を紡ぎました。


「好きなんです。こういう古い建物が……。その時代に住んだ人の息吹とか? 声が聞こえてくるようで……」

「古い建物……か。しかし、ここまで暗いと、良からぬものでもいるのではないか? たとえば、幽……」

「ひっ!」

「何だ?」

「いえ……。鳥や虫など、野生の宝庫で日々楽しいです」

「楽しいのか」

「はい。それはもう」

「もし、君が望むのなら、気休めでも、今、聖化の力を使って、この場を浄めることも可能だが?」

「大丈夫です。滅相もございません! 聖化なんて凄まじい力、日に何度もしていたら、エオール様の身も持ちませんし」


 私は先程、モリンを送った「聖化」の能力を思い出して、ぶるぶる首を横に振りました。

 エオールが腕組みをしながら、私をじっと見ています。


「……成……程」


 やがて、小さく頷いた彼は観察していないと分からない程度、微かに口元を綻ばせたのでした。

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