第22話 想定内ですけど……
「レイラさん。お察しの通り、貴方にお願いがあって私は待っていたのです。実は、貴方にいつも薔薇を渡しているお相手……。ミノス公爵に伝えて欲しいことがあるのです」
「ミノス公爵? 残念だけど、客の個人情報に関しては言えないわよ」
ぴしゃりと言い切られて、私は怯みましたが、ここで逃げるわけにもいきません。
「わ、分かっています。だけど、貴方の歌を聞きに、ミノス公爵が足繁く通っていることは、私にも分かっているのです」
「ふーん。貴方はそれを確信しているってことね。まあ、いいわ。それで、私の客にミノス公爵がいるとして、だったら、どうだって言うの?」
「ソラスタ孤児院について、ミノス公爵に調べて欲しいのです。おそらく、名のある貴族が権利を持っているのだと思うのですが、リリンの魔法を含めて、あそこで作られる商品は子供たちを無理に働かせて、作られたものなのです」
「ああ、ソラスタ……。近所の孤児院ね。……で? つまり、そこの経営者が悪さしているから、ミノス公爵直々に動いて欲しいって、私に頼んで欲しいってわけ?」
「はい。……私では無理なので」
「そう」
話が早い。
けど、どことなく棘のある言い方でした。
……案の定。
レイラは億劫そうに、髪を掻き分けました。
「何で私がそんなことしなきゃならないの? その子たちは可哀想だけど、でも、別に生きているんだから、いずれ良くなるかもしれないでしょ。今のご時世、不幸なんて道を歩いていたら、いくらだって拾うものよ。いちいち関わっていられないわ」
……そうですよね。
想定内といいますか……。
私だってモリンがいなければ、可哀想とは口にしても、自分では動けなかったと思うのです。
……だけど。
モリンはこの場にいて、今も彼女は私の横で叫んでいるのです。
『じゃあ! 孤児院に寄付するつもりだった私のお金を貴方に。瑣少だけど、でも』
(それは言わない方が良いとは思うけど)
まだ諦めきれないのでしょう。
でも、モリンは生きていたら、こんなふうに動きたかったはず。
エオールにも、レイラにも、きっと何度も頭を下げて、食い下がったに違いありません。
せめて、伝えるだけでも……。
「では! 私、レイラさんにお金を支払います。孤児院で働いていて、過労死してしまったモリンという女性の自宅に、お金が保管されているそうなのです。それを全額、貴方に」
「はっ。何それ? 安く見られたものね。この私がお金で動くとでも?」
『……っ』
……やっぱりでした。
駄目でしたね。モリン。
一世を風靡している歌姫は、お金では動かないようです。
(謝罪して帰りましょうか?)
私は斜め横で、呆然と浮遊しているモリンに視線を向けました。
……けれど。
その時、ちらっと見えたレイラの横顔。
ひどく揺らいでいるような気がしたのです。
(私に現実を突きつけながらも……でも本当はこの人は)
その瞬間、沸き上がった感情に導かれるように、私は口を動かしていました。