第21話 笑われてしまいました
「もう、駄目かと思いました」
「何が駄目なのよ? 怖いわね」
脱力して、その場にしゃがみこんでしまった私を、レイラが立ち止まって面倒臭そうに、見下ろしています。
「まったく。どのくらい私を待っていたのよ。貴方、名前は?」
「私は……ラトナ」
「ラトナ……ね」
……あっ。
やってしまいました。
『また危険な真似を……』
モリンが見ていられないとばかりに顔を覆っています。
つい、うっかり本名を名乗ってしまいました。
まあ、この程度でエオールの妻だなんてバレないでしょうけど……。
証拠にレイラはそれ以上問うことはなく「ついて来なさい」と一言だけ告げて、私を自宅に連れて行ってくれたのでした。
暗くて、しかとは見えませんでしたが、裏通りの更に奥を進んだ突き当りの場所。
モリンの家と同等の平屋の小さな家でした。
「あの……すいません。私、こんな時間に押しかけてしまって」
「別に。どうせ、そのつもりだったんでしょ。まったく困ったものよね。あんなところで震えながら、今にも泣き出しそうな顔で。人としてあのまま放置できないでしょう。発見したのが変な男でなくて、私で良かったわよ」
レイラは室内に大股ですがすがと入って行きました。
色っぽい女性ですが、こういうところは、さばさばしているようです。
「ああ、とりあえず、そこらへんに、適当に座ってくれていいから」
彼女は燭台に火を灯していたみたいです。
「お邪魔します」小声で断ってから、レイラを追って廊下を少し歩くと、居間が広がっていて、そこに古びた椅子と長机が乱雑に置いてありました。
(適当って、ここで良いのかしら?)
直立しているのも変だったので、私はレイラの指示通り、ちょこんと椅子に腰を掛けました。
実家にいた頃の、使用人達が使っていた食堂がこんな感じでした。
雑然としているけど、生活感があって、落ち着くことのできる場所。発病前、幼い私の遊び場でした。
「レイラさん。どうかお構いなく」
私は緊張のあまり、座っては、立ち上がってを……繰り返していました。
その私の姿をモリンが心配そうに眺めています。
しばらくして、温かいミルクの入ったカップを手にした彼女が、私の前にやってきました。
(さあ、言わなければ……)
臨戦態勢だった私は、拳をぎゅっと握りしめました。
――ですが、その瞬間。
「ふっ。何、その顔?」
「えっ、顔?」
レイラは堪えきれず、声を上げて笑いました。
「私、変な顔をしていますか?」
「変っていうか、いかにも、決死の覚悟で飛び込んできましたって顔してるわ。貴方みたいな初心な子。取って食いやしないわよ。大方、何か私に頼みごとでもあったんでしょうけど」
目尻の涙を拭きながら、彼女は私の向かいの椅子に足を組んで座りました。
「はあ……。凄いです。レイラさん」
読心術でも会得しているのでしょうか。
私の考えていることが、お見通しのようです。
(しかも、初心な子って)
心中複雑ですが、納得です。
さすがレイラ。
賢い方なのですね。
エオールが好きになる理由が分かります。
今だって、同性の私が見惚れてしまうほど、美しいのですから。
胸元が微かに覗く紫のタイトなドレス。肩に黒い上着を引っ掛けている姿がまた妖艶で、目が離せない存在感を放っています。
人生の経験値が高いのはもとより、それを活かして自信に変えている。
私のような小娘、彼女は最初から相手にしていないのです。
(でも、いくら自棄気味とはいえ、私もやることだけはやっておかないと……)
私は頭の中で考えていた台詞を、一気に読み上げました。