第20話 あの人に会いに……
◇◇
エオールの想い人。
――歌姫のレイラ。
「リリンの魔法」を好んで身に着けていた彼女なら、事情を話せば力になってくれるのでは?
私なんかがエオールに進言したところで、かえって状況が悪化してしまうかもしれませんが、彼女の話なら彼だって耳を傾けてくれますよね。
もちろん、レイラが引き受けてくれない可能性もありますが……。
それでも、現時点では、一番、効果の期待できる方法でしょう。
……しかし……ですね。
ここで最大の問題が発生するのです。
――彼女に私の正体がバレてしまったら?
――エオールに、私がレイラと会ったことがバレてしまったら?
(それはさながら、精神崩壊した妻が勢い余って、愛人のもとに殴りこんでしまった地獄絵図のような味わいに……)
エオールが怖くて逃げまくっている私が間接的とはといえ、彼と大いに関わらなければならないのです。
モリンもそれが分かっていたのでしょう。
あの夜以来、数日が経過していますが、その件については一切話しません。
孤児院の惨状を知ってしまったせいか、彼女はいつも、そちらに飛んで、子供たちの様子を見守っているようです。
今のところ、ニアも何とかやっているようですが……。
そんなわけで、モリンの家に行って、彼女のお金を回収する作業も中断してしまったのです。
(これって、試されているのかしら?)
自分のできることを知りながら、無視を続け、モリンの空元気を見守るという、拷問。
神様は私が良心の呵責によって、寿命を削っていく作戦に変更したのでしょうか?
(分かっていますよ。やればいいんです。私が……)
そうしなければ、以前のように、モリンと目も合わせられないし、あの日、私を逃がしてくれたニアに詫びることすら出来ません。
モリンは何処にも居場所のなかった私のことを見捨てずに、寄り添ってくれた大切な理解者。
今まで自分のことばかり考えていた私が、誰かのために危険を冒して動こうとしているのが、この世の不思議ですが……。
(私は今自由に走って逃げることのできる足があるんだもの。最悪でも、どうにかなるはず)
……半分、自棄ですけどね。
だから、私は……。
――モリンや他の幽霊の声も聞かず、レイラのもとに飛び出して行ったのです。
もっとも、考えなしに出て行ったところで、すぐに彼女と会えるような奇跡なんて用意されてませんでした。
大通りの店にも行ってみましたが、月に二回しかない彼女が歌う日は、エオールに遭遇する可能性が伴うので、長居は出来ません。
私は「危険行為はやめて」と怒鳴るモリンと喧嘩しながら、後悔と寒さに凍えつつ、あの辻の真ん中で彼女を待っていました。
深夜、ようやくレイラと会えた時には、私はすっかり風邪気味になっていたのでした。
「ちょっと、貴方。こんなところで、何しているの?」
くしゃみをしながら震えていた私にレイラは人道的な立場から声を掛けたのでしょう。それくらい私は危険な形相をしていたはずです。
今日も例によって、彼女は酔っ払って一人で歩いていました。
前回と違うのは、外套が厚手になったことと、薔薇の花束がないこと。
そして、形の良い眉を吊り上げていることくらいかもしれません。
「そんな薄着で……。いくら王都だからって襲って下さいって言わんばかりの無防備さじゃない?」
「すいません。私、外套持ってなくて」
「はあ?」
実は嫁入り道具の中に、外套がなかったのです。
兄は、私が冬を越すことはないと考えていたのでしょう。
地味だから分かりづらいでしょうけど、着ているドレスも春用でして。
……て、そんなことはどうでも良いですよね。
「良かった。やっと会えました。レイラさん。もう駄目なんじゃないかと」
「えっ? 私、貴方に自分のこと名乗ったかしら?」
彼女はこの上なく訝しげな表情をしていましたが、それでも……。
(私のことを、ちゃんと覚えてくれていたんですね)
もう、それだけで十分なくらい。
この数時間、寒さと孤独感に苛まれていた私は、レイラに会えただけで、この世の奇跡が起きたのだと、半泣きになってしまったのです。