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第18話 逃げろと言われても……

「ここで何やっているんだ!?」

「違います。私は!」


(モリンさん。勝手に誰かが侵入してますけど?)


 すぐ隣に浮いているモリンをじろりと睨みますが、彼女はごめんと手を合わせるだけで、現状を乗り越える策はないようです。

 月明かりで視界良好のせいか、甲高い声の持ち主の容姿はすぐに分かりました。

 癖のあるもじゃもじゃの髪に、薄汚れた紺色のチュニック。丈の短いズボンを穿いていて……背の低い。


「……子供?」

『ニア。どうして?』


 モリンさんがぎょっと目を見開いています。心当たりがあるようです。


「何者だ、お前? 警邏けいら隊に突き出すぞ」

「ええっと」


 どうしましょう。

 捕まったら、それこそ、社会的に私は終了しますが、しかし、相手が子供なら警邏隊に突き出されたところで、保護されるのは彼の方? ……相討ち?


『ラトナちゃん。ニアは私がお金を溜めていたことを知らないのよ。孤児院にいるはずなのに何でここにいるのか、聞いてみてくれる?』

「えっ?」


 仕方ありません。

 私は逆らうことが出来ず、彼女の言う通り、早口で問いかけました。


「何で君がここに?」

「お前は誰だって訊いてるだろ!?」


 駄目でした。逆上されてしまいました。


(ここは穏便に……)


 私の方が年上なのですから。

 

「失礼しました。私は生前、モリンさんと仲良くさせてもらった」

「仲良く? モリン姉さんに身内はいないし、友達もいない人だったぞ?」


 ああ……。そうでしたね。

 そういう人がいないから、私にお金を託すと、モリンさんは言っているのです。

 私はとにかく彼の警戒心を取り除きたくて、ゆっくりと立ち上がると、頭巾スカーフを取りました。

 そして、思いつきのままに、喋り始めたのでした。


「知っていますよ。貴方はニア君。モリンさんから君のことは聞いています。私はラトナと言いまして。モリンさんとは遠い……親戚なのです。ほら、先日孤児院に薔薇の花束が置いてあったでしょう。あれは私が……」

「覚えているけど、薔薇の花束なんて置いて、お前何がしたかったの?」

「えーっと。モリンさんを育ててくれたお礼……とか?」


 我ながら、苦しい言い訳です。

 

「胡散臭っ」


 ……案の定、酷い言われようです。

 ただ……。

 彼も自分の名前を言い当てられたことは衝撃だったのでしょう。

 ひとまず、私は警邏隊に突き出されることはなくなったようです。

 良かった。

 やっと本題に入れます。


「……で、君はなぜここに?」

『そうよ! ニアは孤児院にいるはずじゃない』


 モリンが隣で興奮気味に話すので、私は手で耳を覆いました。 

 とりあえず、彼女の言っていることを通訳してます。


「確か、君は孤児院にいるはずですよね?」

「逃げてきた」

「はっ?」

「あんなところいられるかよ。死んじまう。姉さんみたいに」


 むすっとした顔のまま、ニアは部屋の奥に行って膝を抱えて座りました。

 月光の届かない暗闇で、虚ろな目をして、じっとしている少年。

 やつれた感じから、少なくとも数日前から、ここに滞在していたのではないでしょうか?


「でも、ここにいるのも命に関わりますよ。食べ物の心配もありますし」

「誰かから貰う」

「それも、怖いですって」

「あんたは部外者だ。俺たちのことなんて、どうでもいいだろう?」

「確かに、私は部外者ですけど……。でも、モリンさんは違いますよね? 彼女は私の恩人なんです。……だから、このまま帰るわけにはいかないのです」

「はっ?」


 ニアが息を呑みました。


『ラトナちゃん』


 モリンが涙ぐんでいます。

 うーん。

 ……けど……ね。

 

(本当は……帰りたいですよ)


 仲良くしてもらっているモリンに依頼された仕事だから、のこのこ来ましたけど……。

 孤児院に匿名で寄付するだけなら、簡単です。

 でも、それ以上は……。

 彼らのことは、明らかに私の手には余っています。

 責任も取れないようなことには、興味を持たない。


(だって、自分の無力さを思い知ることになるから)


 モリンの手前、ああは言ってみましたが……。

 いっそ、信頼できる誰かに託して保護してもらった方が彼も幸せなのではないでしょうか?

 ……でも。


(この子を託せる人なんて、私の人脈にいない)


 とっさに思いつくほど構築された人間関係が、私にはないのです。

 

「……ふん」


 ニアの目元が潤んでいます。

 彼は強がっていただけで、本当は心細くて仕方がなかったのです。


(情けないですね。私は)


 こんな状態の彼を見捨ててしまったら、それこそ、今まで自分を虐げてきた人たちと同じなのに。

 

「あの人お節介だから、あんたにも世話を焼いたんだなって、想像はつくよ」

『この子が三歳の頃からの付き合いなのよ』


 モリンが私に耳打ちしてきました。


(ああ、だから姉さん)


 モリンの弟みたいな存在なのですね。

 ニアはずっと誰かに話を聞いてもらいたかったのでしょう。

 ややしてから、堰を切ったように話し始めたのでした。


「あんたも、姉さんから聞いているかもしれないけど、俺、孤児院で夜も働かされているんだ。姉さんが死んでから、益々、あの孤児院おかしくなっちまったんだ。リリンの魔法だけじゃない。新しい経営者がいろんな仕事持ってくるようになってさ。タダ働きでこき使いやがって」

「……そんな」


 私が横目でモリンを見遣ると、彼女は怒りで身体を震わせていました。

 想像以上に、深刻な事態のようです。


「とりあえず、お役所に行って訴えるとか……」

「大貴族様が運営してるんだぜ。訴えたところで無理だよ」

「……しかし」


 ノアの決死の告白も、半分死んでいるような私が聞いたところで、良い策なんて浮かぶはずがありません。


(いっそ、何も聞かずに帰った方が良かったのでは?)


 そんな台詞まで、頭を過ぎる始末。

 エオールのことを言えません。

 だけど、私にはどうして良いか分からないのです。


(やっぱり、私は無力なんだわ)


 ……モリンには、後ろめくなるばかりで。


『あっ! ラトナちゃんっ!』

「うわ、ごめんなさい!」


 よもや、心の声が読まれたのではないかと、私は思わず謝罪してしまったのですが、モリンが切迫していたのは、違う理由だったようです。


『誰か来るわよ!』

「だ、誰が……?」

『分からないけど、今回は感じるの。薄気味悪い殺気を……。だから、逃げて』


 ……何処に?


「ニアくん、行きますよ!」

「離せ! 何なんだよ!?」


 よく分かりませんが、とにかく『行け!』と耳元で叫ばれた私は、慌ててニアを連れて入口に走りました。


(……ん?)

 

 入口?

 そうですよね。

 侵入者は入口から来るかもしれないじゃないですか?

 どうして、私はそちらに向かって逃げてしまったんでしょう?


『駄目! そっちは』


(遅いですって。モリンさん)


 ……結果。

 私はまんまと、不審者と鉢合わせしてしまったのでした。

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