第15話 妻の反応
瀕死の状態だったから、結婚したのに、元気になったら別れる?
それとも、お前に毒を盛っていた実兄から解放してやるために、便宜上結婚したのだから一生病気のふりをしていろと、恩着せがましく命令するのか?
そんなこと……。
(今更、身内の裏切りを告げて、彼女の一生を縛るなんて……)
物思いに悶々としていたエオールを、先に療養部屋に足を踏み入れているトリスが招き入れた。
そして、エオールの思考はそこでぷっつり中断してしまった。
想像以上に部屋が狭かったのだ。
(まさか、ここまでだったとは……)
まるで、牢屋だった。
調度品も古びた箪笥と鏡台だけで、寝台だって縁の装飾が剥げていてぼろぼろだ。元々離れにあったものを、再利用しているのだろう。
どうして、こんなことになっているのか……。
いかにも、行き場のない両親の怒りの矛先がラトナになってしまったことを物語っていた。
これでは、まんまロータスの言う通りだ。
毒を盛られるような実家にいた頃と、彼女の生活は何ら変わらないではないか。
「旦那様。ラトナ様はお休みのようです」
呆然としていたエオールに、トリスが申し訳なさそうに囁いた。
本当に眠っているのかは、分からない。
ラトナは頭から毛布を被っていた。
まあ、そんな眠り方をしている方が大変なので、きっと狸寝入りなのだろうが……。
(私は、考えなしだったな……)
いくら何でも、その毛布をはぎ取って、昨夜のことを問い詰めるのは、礼儀に欠ける。
ラトナに恨まれるのは覚悟の上だったが、エオールの預かり知らない事態で、彼女が憎しみを募らせているとしたら不本意だ。
昨夜のことだって、エオールに対する憎しみが増長して、彼女がシエルの存在を調べ上げていたのだとしたら、一大事だ。
(まさか、彼女を狙おうなんて思っていないよな?)
後腐れない関係を見極めて、彼女を妻にしたはずなのに、なぜ、こんなことになってしまったのか?
(私は……何を間違えた?)
後ろめたい分、優しく声を掛けようとした。
だが、エオールの声は意識すればするほど、淡々と冷たくなってしまうのだ。
「どうやら、私の目が行き届いていなかったようだ。ここでは窮屈だろう。至急、部屋を移すつもりだ。何か不自由なことがあったら、今度こそトリスに伝えてほしい」
「……」
想定通り、ラトナから返事はなかった。
しかし、起きてはいるのだろう。ぴくりと毛布が動いたような気がする。
彼女は毛布の中で息を詰めているようだった。
(もう一度、彼女の顔を見て、昨夜、あの場にいた意図を聞いておこうと思ったのだが……)
無理強いをするつもりはなかった。
非はエオールにあるのだから……。
「それだけ言いに来た。引き続き、療養に努めてくれ」
仕事口調で言い放ち、エオールは部屋を出た。
もう少し何か……。
引っかかりを覚えたものの、どうにも彼女を前にすると緊張する。
それは、きっとラトナが身体を硬くして、エオールが去るのを待っていたせいだ。
(仕方ない……か)
ラトナの反応は正しい。
結婚なんてするつもりもなかったし、妻も子供もいらない。
ミノス家の直系は、自分の代で途絶えてしまえばいいと、エオールは本気でそう思っていたのだ。