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第14話 初めて妻に会いに行く

◆◆


「旦那様。今日は急にどうされたのですか?」


 久々に会った家令のトリスが狼狽えている。

 子供の頃は父の顔色だけを窺っていた男が、今エオールの機嫌を必死に取ろうとしているのを見るのは爽快であったが、長時間ここに留まるつもりもないのだ。

 仕事の合間でもあるし、父母に会いたくないという理由もある。

 しかし、懸念だった両親にばったり会うようなことはなかった。

 ロータスの言う通りだった。

 ラトナは荒れ果てた「離れ」に追いやられていたのだ。


「彼女は重い病で療養中だと伝えていたはずだが、なぜ、かえって悪くなるような場所にたった独りで?」

「申し訳ありません。大旦那様が伝染する病だったら嫌なので、こちらで療養するよう申されまして……」

「君たちは父の言うことなら、何でも言うことをきくのか?」

「いえ、決して、そのような」


 トリスがずれ落ちた眼鏡を何度も鼻に引っ掛けている。

 冷や汗で、滑っているようだった。

 彼もエオールと父の板挟みに苦しんでいるのだろう。

 頭髪も真っ白になり、眉間には深い皺が刻まれていた。

 以前と比べて、ずいぶん老けこんでしまって、一瞬憐れにも感じたが、同情は出来なかった。

 瀕死の娘を妻にするという名目で、遥々王都にまで連れて来て、黴臭い離れなんかに追いやったらどうなるか、いずれエオールに発覚するだろうに、その程度の想像もできないなんて、職務怠慢に等しいではないか……。


「彼女は何処に?」

「一階の日当たりの良い部屋です。歩くことが間々ならないので、お食事、諸々そちらでお過ごしになって頂いております」

「そうか」


 一応、看病のしやすい環境は考えたらしい。

 確か……一階に洗面所が完備されているはずだ。

 歩けなくても、身を清める程度はできるだろう。

 エオールが離れに足を踏み入れるのは、十五年ぶりのことだった。

 一通り掃除はしたみたいで、雑然とした庭の木々は剪定されて、すっきり整っていた。

 だが、屋内は酷かった。

 窓枠に積もった埃。歩くたびにぎしぎしと鳴る床。

 美術品には白い布が被されていて、何処からともなく、ぽたぽたと水音がする。

 きっと、雨漏りもしているのだろう。


(昔、私がここに訪れた時は、幽霊が出ると聞いてはいたが、実際遭遇することはなかった。でも、今この惨状だったら分からないな)


 聖統御三家の一つ、ミノス家が張った結界は、凄まじい能力を持っている。

 辺り一帯を浄めて、魔物を侵入させない強靭な盾だ。

 先の戦争でも、エオールはその能力を使って、戦死者の慰霊に務めてきた。

 だが、そのせいで、エオールの第六感は欠けてしまった。

 聖化の能力を使うことは出来るが、亡くなった者を視ることが出来ないのだ。


(念のため、聖化の力を使っておくべきか?)


 この力を使えば、場は浄化されて、この不快感も消えるだろう。

 しかし、根本的な問題が解決されなければ、すぐにまた魔窟になってしまう。

 強制的に排除される霊たちの断末魔の叫びが忘れられない。

 聖化の使い手の方にも彼らの業が「呪い」となって、降りかかってくるのだ。


(もし、私に霊が視えていたのなら)


 ――もっと上手く、聖化の能力を使うことが出来るのに。

 情けない限りだ。

 ミノス家歴代最強とまで評された自分の成れの果てが、このザマとは……。

 己の弱点を知られたくなくて、実家を避けているうちに、自分が幽霊のような扱いをされるようになってしまった。

 今だって、エオールが使用人たちと擦れ違う度、それこそ、彼らは霊に遭遇したような怯えた反応を取ってくる。

 エオールが突然やって来るなんて、想定すらしていなかったのだろう。

 抜き打ちで訪問したのは良かったが、自分の行いが使用人たちの惰性を招いたのかと思うと、一層ロータスに申し訳なかった。


(とにかく、一度ラトナに会わなければ……)


 昨夜、目にした光景の答え合わせをしなければ気が済まない。

 エオールは一度見た人物のことは忘れないのだ。

 いつものように、レイラに薔薇の花束を渡した際、背後から鋭い視線を感じだ。

 最初、以前のように第六感が働くようになったのかと、歓喜したものだが、振り返ってみて、違うことを確信した。


 ――あれは、ラトナだ。


 一応、目深に頭巾を被り、令嬢らしくない、地味な灰色のドレスを着用はしていたが。

 エオールの感覚に間違いがなければ、あの時、あの場に、彼女がいたはずだ。

 一度会った時、彼女は高熱に魘されていたので、顔全体が少し浮腫んではいたが、潤んだ漆黒の瞳に、赤い唇。北方生まれ特有の雪のように白い肌をしていたことを、エオールはしっかりと記憶していた。


(良くはなったと聞いていたが、動けるまでに元気になったとは聞いてないんだがな)


 少し前まで瀕死の状態だったのは、確かだろう。

 狂言であそこまで苦しそうに出来るはずもないし、エオールはロータスのことは信頼していた。あの者が嘘を言うはずもない。


(もしも、彼女が健康を取り戻していたとしたら、私は……)


 そうしたら、エオールはどうすれば良いのだろう?

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