第11話 エオールを見つけました
「天国……みたいです」
王都は夜でも昼間のように明るいのだと、両親から聞いていたことがありましたが、まさしくその通りでした。
夜も更けているのに、馬車の往来は活発で、飲食店は大勢の人で賑わい、何処からか陽気な歌声が聞こえてきます。
都一番の華やかな大通りということで、服のお店や花屋、パン屋まで開いていました。
お金を得る=労働ですが、将来ああいったところで、私も働けるのでしょうか?
とても自分が働いている姿が想像つかないのですが、皆さん活き活きしていて格好良いです。
『まあ……。そんな天国のように素晴らしい場所でもないし、働く方も客も一見楽しそうに見えるけど、別に楽しんでるわけでもないんだけどね』
モリンは例によって、冷めた微笑を浮かべていました。
彼女は常に朗らかで、頼りになるお姉さんのような存在なのですが、時々寂しげで、辛そうな顔をするのです。
さすがに今日こそは、訊かずにはいられませんでした。
「モリンさんって、生前何があったのですか?」
『ふふっ。そんなこと知ったって楽しくないわよ』
「失礼だったら申し訳ありません。でも……」
気になって仕方ありません。
私は人ごみの中に紛れながら、小声で問いかけました。
「何となく……ですが、権力者とか、華やかなものに対して、その……憎しみのような感情があるような気がしたのです」
『うーん。そうねえ。そうかもしれないけど……』
モリンは酔っぱらって、ふらふら歩いている男性たちの体をすり抜けながら、ぽつりと呟きました。
『一応、これも話しておくけど、離れにいる幽霊たちは、生前の自分のことを思い出せなくなっている人が多くてね、私も今は薄らとしか覚えていないのよ』
「そうなんですか?」
『じゃなきゃ、ミノス家の離れでふらついてないで、家族とか知り合いのところに行っているはずでしょう?』
――確かに。
そうなのでしょうけど、しかし、だとしたら、どうして忘れてしまったのでしょうか?
『だからね、権力者とかに対して無性に腹立たしいのも、正直どうしてなのか私自身よく分からないのよ。ただ、薄ら覚えているのは、私生前働きづめで、風邪をこじらせて、死んだってことかしら。仕事休めなくてね。莫迦だなって死の間際に後悔した気がするわ』
「……モリンさん」
不治の病だったのに死んでいない私と、少し休んでいたら治ると言われている風邪で、死んでしまったモリン。
私は、複雑な気持ちになってしまいました。
「すいません」
『どうして、ラトナちゃんが謝るの?』
「私浮かれていました。自分のことばかりで……」
『嫌だわ。誰だってまずは自分じゃないの。ほら、笑って。私ラトナちゃんにしんみりして欲しいわけじゃないの。せっかく賑やかな処に来たんだから』
「……はい」
もう一回謝罪しようとして、私は自分の浅はかさに、思い留まりました。
(本当に私って莫迦だわ)
私の振る舞いは、かえってモリンに気を遣わせてしまっているのです。
(こんなふうに、誰かと会話したことがなかったから……)
友達なんて、今まで私にはいませんでした。
人との距離感と、気の遣い方がさっぱり分かりません。
私は人にぶつかっては、ぺこぺこ頭を下げながら、モリンの後を追いました。
……すると。
『ねえ、あれ。エオール様じゃない?』
「えっ?」
モリンが指を差している人というより、その男性が手にしている真っ赤な薔薇の花束に気を取られてしまった私です。
『ほら、あれよ』
モリンが声を荒げるので、私は懸命に目を凝らしました。
大通りに面した庶民的な酒場の前に、大勢の人が群がっています。
その一角。
お店から漏れ出た明かりに照らされて、艶やかな金の長髪をきらきらと光らせている人がいました。
金髪長身男性と白の外套。薔薇の花束という、どうしたって目立ってしまう三大要素。
「うーん。そう……でしょうか?」
格好は似ていますけど、よくよく考えてみたら、私エオールの顔を「美形」という認識以外で、覚えていないのでした。
『絶対そうよ。私、エオール様、何度かミノス邸の庭で見たことがあるもの』
「そう……かもしれませんけど」
しかし、私はその後の光景でその人物がエオールであることを確信したのでした。
彼は、薔薇の花束を手前の建物から出てきた黒髪の女性に恭しく手渡したのでした。
(ああ、あの方がエオール様の想い人なのね)
黒髪……。
(私とお揃い?)
想いが遂げられないからこそ、欠片でも接点のある娘を娶りたかったのでしょうか。
顔はよく見えなかったけれど、華奢ですらりとした長身の女性でした。
「なるほど」
――もしも、私が本当にこのまま元気になってしまったのなら……。
(いつか、ちゃんとすべてを告白して、円満に離婚して、エオール様にはあの方と幸せになってもらうしかないわよね)
今更ながら、私は現実というものを思い知ったのでした。




