第10話 とりあえず、夜の街に繰り出すことにしました
◇◇
「うわあ、信じられない! まさか、私にこんな日が訪れるなんて!!」
まさしく夢のようです。
――夜。
私は王都の喧噪の中にいました。
サフォル領の田舎の畦道を両親と一緒に歩いたのは、発病前の八歳の頃の話です。
病気になって以来、外気は体に障るからと、私は庭先に出る程度で、本格的に外を歩いたことなんてありませんでした。
何より長い寝たきり生活のせいで、足の筋肉が落ちて、上手く歩けなかったのです。
それが……。
(軽やかに歩いているわね。普通の速度で、普通の人みたいに)
今の私は少しもたつきますが、人並みに歩けています。
毎日、練習した成果です。
(人目を避けて、夜中に庭の散歩をしまくったんですよね。頑張って良かった)
しかも、日が暮れた後の街を誰の手も借りずに歩いているなんて……。
「冒険ですね! 私こんなこと破天荒なこと元気になったって、一人だったら出来ないと思います」
『うん。分かったからって。だから、もうちょっと声量落として……ね?』
「あっ、すいません」
周囲にはモリンの姿が視えないので、私の危険な独り言になってしまっています。
モリンは私の横に並んで、保護者のように周囲に目を配ってくれていました。
『あのね、ラトナちゃん。いくら地味な格好をして、頭巾を被って顔を隠していても、目立ったら駄目よ。王都の治安が良いって言ったって、危ない人は沢山いるんだからね』
「すいません。つい。興奮してしまって」
先日、いざという時のために「お金」を貯めておこうという話を幽霊の皆さんとしていたのですが、しかし、趣味も得意分野も特にない私でして。
一体、何が好きなのか何ならできるのか、考えても分からないまま……。
――だったら、今一度無心になりましょうということで、私は歩く練習に精を出したのでした。
とりあえず、体力をつけなければ、何も出来ないですからね。
最初、部屋をぐるぐる回ることを繰り返していたのですが、次第にどのくらい歩けるのか、外に出てみたいという欲求が抑えられなくなりました。
幸い、離れの部屋は一階だったので、窓から抜け出すことは容易でした。
広い庭をゆっくりと歩くことを日課にしていた私ですが、そのうちミネルヴァがもっともな指摘をしたのです。
『今は良いですけど、毎日のように庭を一人で歩いていたら、さすがに誰かに見られてしまうんじゃないですか?』
……ですよね。
離れに住んでいる使用人はごく少数ですが、深夜に一度、見回りをしていることは私も知っていました。
――じゃあ、いっそ街に出てみたら? 私、案内できるわよ!
大胆な提案をしてくれたのは、モリンでした。
離れにいる幽霊はどういうわけか、自分の生前暮らしていた場所周辺と離れの往復しか出来ないらしく、馴染のない場所に出向くことは出来ないそうです。
モリンは生前王都の中心部で暮らしていて土地勘があるらしく、華やかな世界を知らない私を案内したいと熱心になってくれました。
『いつも散歩している庭を突き抜けて、裏口からこっそりと出ちゃえば、誰も気づかないわよ』
いやいや。
そんなこと出来るはずがないと、私は萎縮していたのですが、しかし……。
軽い気持ちで挑戦してみたら、意外にも、あっさり屋敷の外に出ることに成功してしまったのです。
しかも、ミノス公爵の屋敷は王都の一等地。
周辺は自然豊かな閑静な場所ですが、少し歩けば、すぐに華やかな大通りに繋がっています。
モリンが抜け道を知っていたので、私は最短で賑やかな繁華街に到着することが出来てしまったのでした。




