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44. 胸騒ぎの夜会

「イレーネ、急に出かけることになってすまないね。人前に出るのも嫌ではなかったかい?」

「いえ、大丈夫です。少し外に出てみたいと思っていましたし」


 気遣わしげに尋ねるリシャルトに、イレーネが控えめに微笑んで返事をする。


 ほんの一時間ほど前、突然リシャルトがクライン侯爵家の夜会に出席すると言ってきて、慌てて支度をして出かけたのだった。


 今までは頑なに屋敷からは出ないよう言われていたのに、急な変わりように戸惑ったが、ずっと屋敷に閉じこもっているのにも少し退屈していたため、リシャルトに言われるまま一緒についてきてしまった。


(……きっと他の人たちの注目を浴びてしまうわよね)


 人前に出るのが久々であるうえ、髪と瞳の色も変わってしまったのだ。好奇の視線が集まるのは避けようがない。


(もしかして、この姿を見せるために夜会に……?)


 見目がこれだけ変わっていれば、人々は尋ねないわけにはいかないし、こちらも説明せざるを得ない。そうして翌日には貴族中に噂が広まっているだろう。


(それでいいのかしら……?)


 事の成り行きにいくらか不安を感じていると、リシャルトが甘い笑顔を浮かべて「イレーネ」と呼びかけてきた。


「今夜のイレーネもとても綺麗だよ。グリーンのドレスがよく似合っているね。今度、その髪と瞳に合う色のドレスを新調しようか。エメラルドのアクセサリーもたくさん揃えよう」

「お兄様……。そんなにしていただかなくても今あるもので充分です」

「いや、まったく足りないよ。ドレスルームをもう一部屋作らないと」

「お兄様ったら……」


 リシャルトは昔から優しいが、公爵家に戻ってからはより一層イレーネに甘くなっている気がする。きっと傷ついた妹を一生懸命労わってやろうとしてくれているのだろう。


 その思いやりが嬉しくて微笑み返すと、リシャルトがそのアイスブルーの瞳でイレーネを真っ直ぐに見つめた。


「イレーネ、僕は君のためなら何でもしてやりたいんだ。誰よりもイレーネを愛おしく思っているよ」


 いつもの優しい兄の言葉。

 けれど、今夜はどうしてかいつもとは違う響きを感じて、どきりとしてしまう。


(今夜のお兄様はなんだか違う人みたい……。緊張してしまうわ)


 久々に着飾って夜会に出たからだろうか。

 非日常的な雰囲気に呑まれてしまっているのかもしれない。

 リシャルトの瞳から目を逸らせず、胸の鼓動が速くなっていく気がする。


「あの……お兄様……?」


 いつまでもこちらを見つめるリシャルトの眼差しが恥ずかしくてどうしようかと思っていると、ちょうどクライン侯爵夫人がやって来てイレーネとリシャルトに挨拶した。


「今夜は当家の夜会にお越しいただきありがとうございます。皇后陛下と公爵様にお会いできて大変光栄でございます」

「こちらこそ、無理を言って急遽参加させていただき感謝しています。素晴らしい夜会で、さすがクライン侯爵家の主催ですね」

「ええ、会場の装飾も洗練されていて見惚れてしまいました」


 リシャルトの賞賛の言葉にイレーネも相槌を打つと、クライン侯爵夫人は感極まった様子で胸に手を当てた。


「皇后陛下にお褒めいただけるなんて天にも昇る心地ですわ。わたくし、陛下には本当に感謝しているんですの!」

「えっ、私にですか……?」

「ええ、陛下が先読みのお力で災害を予知してくださったでしょう? そのおかげで主人が外出の予定を取りやめてくれたのです。陛下のお力がなければ、主人は災害に巻き込まれて命を落としていたかもしれません。心から感謝申し上げます」

「そうだったのですね……。皆さんのお役に立てて、私も嬉しく思います」


 思いがけないところでお礼を言われて驚いたが、自分が誰かを救うことができたのだと感じられて胸がいっぱいになる。


(でも、もう先読みの力は返納してしまったけれど……)


 そのことを知られたら、がっかりされてしまうだろうか。

 ついさっきまでは感じることのなかった不安に襲われ緊張していると、クライン侯爵夫人が「ところで」と遠慮がちに話題を変えた。


「御髪と瞳の色が変わられたのは、先読みの力を使われたせいなのですか?」

「あ……実はこれは……」

「やっぱり常人ではこのように瞳の色が変わったりはしませんから、陛下のお力はまさに神がお授けになった奇跡の力なのですね! コルネリア嬢も皇后宮から追放されたらしいですし、ぜひこれからも帝国の皇后としてわたくしたちを見守って──……」

「あの、今なんて……? コルネリア様が……?」


 クライン侯爵夫人の言葉にイレーネが目を丸くする。


(コルネリア様が皇后宮を追放された……?)


 聞き間違いかと思って尋ねると、侯爵夫人は心底嫌そうに眉を寄せ、同じ言葉を繰り返した。


「コルネリア嬢は皇后宮から追放されたらしいですわ。なんでも、皇帝陛下をずっと騙していたそうなんです。何を騙していたのかは分かりませんが、信じられない悪行ですわ」


(やっぱり聞き間違いではなかったのね)


 ちらりとリシャルトの顔を見ると、彼も不快そうな顔はしていたが、特に驚いた様子はない。つまり、リシャルトもコルネリアが皇后宮を追放されたことを知っていたのだ。


(お兄様はどうして教えてくれなかったのかしら……)


 ふと、キーラが言っていた言葉が思い出された。


『まだ詳しくはお話しできませんが……陛下は過去の行いを心から悔いて、イレーネ様に相応しくあれるよう努力なさっています』

『ですからもう少しだけ、陛下のことを待って差し上げてください』


 キーラが言っていたのは、このことだったのだろうか?


(陛下に会って確かめたい)


 コルネリアとの間に何があったのか。

 オリフィエルはイレーネのことをどう思っているのか。


「アルテナ公爵様もさぞ安心なさったことでしょう。これでようやく皇后陛下もご自分の宮にお戻りになれますから──」


 侯爵夫人が笑顔でリシャルトに話しかけると、リシャルトも笑顔を浮かべて穏やかに答えた。


「いいえ。イレーネは皇后宮には戻りません。皇帝陛下にはすでに離婚の意思を伝えていますから」


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