43. 邪魔ものの処分
コルネリアを無事に皇后宮から地下牢へと移した翌日の夕刻。諸々の処理を終え、イレーネに会いに行くため公爵家へと向かおうとしていたオリフィエルは、思わぬ人々に足止めをくらってしまった。
「陛下! この度は我が娘が誠に申し訳ございませんでした! どうか命だけはお助けください!」
「妹の愚行についてお詫び申し上げます! 陛下を愛するあまりに行き過ぎた行動をしてしまったのです!」
オリフィエルの予定を狂わせたのは、コルネリアの父と兄、レインチェス伯爵とマルセルだった。
謁見室の床にひれ伏して許しを乞う姿は哀れで、おそらくコルネリアの欺瞞行為には加担していなかったのだろうが、だからといって話を聞いてやる筋合いもない。
「罪を犯したなら罰を受けなければならない。それは身分にかかわらず皆同じだ」
「で、ですが、一度は愛し合われた仲ではございませんか……!」
レインチェス伯爵は情けに訴えようとしたが、その言葉はかえってオリフィエルの逆鱗に触れた。
「私はそのことを心底汚らわしいと後悔している」
「あ……」
オリフィエルに睨まれた伯爵が顔を真っ青にし、酸素の足りない魚のように口をパクパクと動かした。
「帝国の刑法によれば、皇族を騙した者は舌を切り落とされることになる」
「そ、そんな……」
「さらにそなたの娘は皇后暗殺未遂の罪まで犯している」
「あ、暗殺未遂……!?」
伯爵が驚きの声をあげたが、オリフィエルもその事実を知ったときは衝撃だった。
(キーラのおかげであの女の余罪を掴むことができた。彼女には感謝しなくては)
コルネリアの懐妊偽装についてキーラから進言されたあと、彼女は懐から小瓶を取り出して、さらに驚くべき情報を提供してくれた。
コルネリアはキーラも騙して服従させ、イレーネを貶めるための間者として使っていた。そしてイレーネの瑕疵を見つけられなければ、この毒で暗殺しろと命じていたのだ。
幸い、キーラが自身の危険を顧みずイレーネに尽くすことを決めてくれたおかげで毒が使われることはなかったが、その危険があったというだけで恐ろしく、許しがたい。
「皇族暗殺未遂に対する刑は、そなたたちも知っているな」
「そ……そんな……コルネリアが死、死刑だなんて……」
伯爵が一気に顔色を失い、頭を抱えてうずくまった。
オリフィエルはようやく静かになった伯爵を見下ろし、早くこの無駄な謁見を終わろうと立ち上がる。しかし今度は彼の息子のマルセルが大声でオリフィエルを呼び止めた。
「お待ちください! コルネリアは、イレーネ皇后陛下の腹違いの妹なのです!」
聞き捨てならない発言に思わず足を止める。
するとマルセルが立ち上がって饒舌に話し始めた。
「実は皇后陛下は父がメイドとの間にもうけた私生児なのです! ほら、顔立ちがどこか似ていると思われませんか? 二人とも同じ父親の血が入っているからなのです!」
(……ああ、そういうことだったか)
イレーネとコルネリア。二人が同じ亜麻色の髪と新緑の瞳の持ち主だったのは、実の姉妹だったからなのだ。
だからあの舞踏会の日に、コルネリアをエレンだと思ってしまった。コルネリアにたしかにエレンの面影を感じたから。
(……最悪だな)
オリフィエルが黙っているのをどう捉えたのか、マルセルが薄っすらと笑みを浮かべて熱弁する。
「我々レインチェス家は皇后陛下の家族なのです! イレーネ様はまだご存知ないとは思いますが、この事実を知ればきっと妹を助けたいと思うはずです! 皇后陛下は実にお優しい方ですから。それに実の家族が死刑になるだなんて外聞が悪いでしょう? ですから、どうかイレーネ様のためにもコルネリアに恩赦を──」
「黙れ」
オリフィエルが鋭く言い放つと、マルセルは目を丸く見開いたまま固まった。
「父親は養育の義務を果たさず、妹は姉に成り代わって甘い蜜を吸い、兄は何も知らない『妹』を都合よく利用して恩赦を引き出そうとしている──見事に腐り切った一族だな。まったく聞くに耐えない」
「へ、陛下……」
もしイレーネがこのことを知ったら、きっと心を深く抉られるに違いない。しかし、それほどまでに傷ついても、心優しい彼女はマルセルの目論見どおり恩赦を願い出ることだろう。自らの気持ちを犠牲にして。そんなこと、あってはならない。
「恩赦は与えない。お前たちがイレーネの実の家族だと名乗り出ることも許さない」
「そんな……! 陛下、どうかお考え直しを……!」
「退け、邪魔だ。これ以上、お前たちと話すことはない」
「陛下! 陛下っ!」
耳障りな大声を無視して、オリフィエルは謁見室を後にした。
◇◇◇
リシャルトは一通の手紙を睨みながら、痛む頭を押さえていた。
──今夜、公爵家を訪問する
つい先ほど皇宮から届いた手紙だ。
差出人はもちろん皇帝で、訪問の目的は言うまでもなくイレーネだろう。
今朝がた得た情報によると、コルネリアは皇后宮から追い出され、皇帝を謀った罪で地下牢に幽閉されているらしい。
つまり、邪魔者を排除したからイレーネを迎えに来るつもりなのだ。
(あと少しでイレーネを離婚させられると思っていたのに……)
コルネリアのことはまだイレーネには伝えていない。
皇帝がコルネリアに騙されていたことを──皇帝が求めていたのは最初からイレーネだったことを知ってしまったら、イレーネは彼のもとへと行ってしまいそうだったから。
(どうにかしなければ……)
リシャルトは少し考えを巡らせると、呼び鈴を鳴らして執事を呼んだ。
「今夜、クライン侯爵家で夜会が開かれる予定だったな?」
「はい。すでに欠席の旨を伝えておりますが……」
「いや、やはり出席しようと思う。僕とイレーネのふたりで参加すると至急伝えてくれ」
「……承知いたしました」
執事が部屋を出て行ったあと、リシャルトは皇帝からの手紙を閉じて、「不要」な手紙の山に放り投げた。
「あの手紙は見なかったことにしよう」




