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41. 侍女の献身

「公爵家で侍女として雇ってほしいと?」

「はい、左様でございます。引き続きイレーネ様にお仕えしたく、こうしてお願いにまいりました」


 リシャルトを訪ねてきた白麗宮の侍女キーラの用件は、イレーネの侍女としてここで働きたいという申し出だった。


 彼女が公爵家の侍女に引けを取らないほど優秀だという評判は聞いている。だから能力的には問題ないだろうが、気になる点は別のところにあった。


(皇宮側の人間をイレーネのそばには置きたくないな……)


 皇帝を思い出させるような要素はできる限り排除したい。

 やはりこの申し出は断ろうと思ったとき、応接室をイレーネが訪れた。


「突然すみません、キーラが来ていると聞いたので会いたくなってしまって……」

「イレーネ……。構わないよ、入っておいで」

「ありがとうございます、お兄様。キーラ、また私の侍女になりたくて来てくれたというのは本当?」

「はい、イレーネ様。ご迷惑でなければぜひ」

「迷惑だなんてあるはずないわ。お兄様、キーラはとても優秀な侍女なんです。また私の侍女になってもらえたら嬉しいのですが……」


 イレーネがねだるような眼差しでリシャルトを見つめる。

 こんな風にお願いをされて、リシャルトが断れるはずはなかった。


「……もちろんだよ。ではキーラ、君をイレーネの侍女として採用しよう。いつから来てもらえるかな?」

「明日から大丈夫です」

「本当に? 白麗宮のほうは問題ないのか?」

「はい、実はもう向こうの仕事は辞めてきたのです。明日からお世話になります」

「分かった。ではよろしく頼むよ」


(イレーネのためとはいえ、あまりにも早く決めすぎてしまっただろうか)


 少しだけ気になったが、イレーネはキーラの就職を喜んで嬉しそうな笑顔を浮かべている。イレーネが喜ぶことなら、それはすべて正解だ。


 リシャルトは、キーラへの仕事の説明を侍女長に任せて、仕事へと戻っていった。



◇◇◇



 キーラが公爵家で仕事をし始めてから一週間が経った。

 その間、リシャルトはキーラの仕事ぶりを観察していたが、彼女は新しい環境でもすぐに仕事を覚えて、噂どおり優秀というほかなかった。


(イレーネのことも心から気遣っていることがよく分かる)


 公爵家の侍女としては、それが最も大事なことだ。

 つまり、キーラにはまったく文句のつけようがないということだった。


(最近はイレーネの気持ちも安定しているし、やはりキーラを侍女にしたのは間違いではなかったようだ)


 こちらへ向かって深々とお辞儀するキーラを見て、リシャルトは自分の判断への自信を深めた。



◇◇◇



「イレーネ様、そろそろお茶の時間にしましょう」

「そうね、ちょうどそうしたいと思っていたの」


 キーラが淹れたてのお茶をティーカップに注ぐと、優しい香りがふわりと広がった。


「ねえ、今日はキーラもティータイムに付き合ってくれないかしら」

「イレーネ様のお望みでしたら」

「ふふ、嬉しいわ」


 侍女と一緒に飲むお茶を本当に美味しそうに味わうイレーネを見て、キーラの心が温かくなる。

 きっと、イレーネが皇后ではなくなったとしても、彼女のためなら終生誇りを持って誠心誠意仕えることができるだろう。


「キーラったら、そんな風にじっと見てどうしたの?」


 可憐に微笑むイレーネに、キーラも口角を上げて微笑み返す。


「……私がいると白麗宮での記憶が蘇ってお嫌かと心配していたのですが、また侍女として受け入れてくださって感謝いたします」

「そんな心配をしていたの? むしろキーラが追いかけてきてくれて本当に嬉しかったわ。あの白麗宮での日々も無駄ではなかった、私を大事に思ってくれる人もいたんだって……。あそこではキーラに随分助けられたし、あなたのことは好きだったの。こうしてまた縁が繋がってよかったわ」

「イレーネ様……」


 イレーネの新緑の瞳が木漏れ日を反射するようにきらきらと輝く。コルネリアとほとんど同じような色の目なのに、どうしてこうも違うように見えるのだろう。


 コルネリアの目は蛇や悪魔のもののように感じられたが、イレーネの瞳はただただ清らかに澄んでいて、まるで世界にひとつの宝物のようだ。


 しかし、そう思った瞬間、イレーネの瞳の輝きはわずかに曇ってしまった。


「世の中には、どうしても繋がらない縁というものもあるものね」


 イレーネが寂しそうに眉を下げる。

 すぐに紅茶を飲んで誤魔化していたが、きっと今の言葉は皇帝を思い出して呟いたのだろう。


 イレーネは皇帝を忘れようと努めているが、それがなかなかできずに苦しんでいる。

 頭と心は繋がっているが、頭で考えたからといって、それを心がすんなりと受け入れてくれるとは限らないのだ。


 キーラは紅茶を飲んでほうっと息をついたイレーネに、穏やかな声で話しかけた。


「イレーネ様、私もご縁が繋がったことを嬉しく思っておりますが……イレーネ様と陛下の間に縁がなかったと結論づけるのはまだ早いと思います」

「どういうこと……?」


 イレーネの瞳が戸惑いに揺れる。

 曇っていてさえこれほど美しいのだから、この瞳が本来の輝きを取り戻したら、どれほど燦然と輝いて見えることだろう。

 その輝きを早く取り戻してあげたい。


「まだ詳しくはお話しできませんが……陛下は過去の行いを心から悔いて、イレーネ様に相応しくあれるよう努力なさっています」

「陛下が……?」

「ですからもう少しだけ、陛下のことを待って差し上げてください」


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