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30. 予感

 イレーネが目を覚ました翌日、オリフィエルは再び白麗宮を訪れた。


 本当は目覚めの報せを聞いてすぐにでも駆けつけたかったが、イレーネは数日ぶりに意識を取り戻したばかり。そんなときに訪れては彼女に負担をかけてしまうと思ったのだ。


(崩落も収まって、災害対応も官吏たちが指示どおり動いてくれている。これからはもう少し時間にも余裕ができるだろう)


 そうすれば、イレーネともゆっくり話をすることができる。

 もし本当に彼女がエレンだったなら、これまでの態度を謝罪しなくてはならない。


 もちろん謝ったところで許してもらえるとは思っていないが、それでも過去の冷遇はすべて自分の愚かさによるもので、彼女に非など一切なかったのだと伝えたい。


 そう思いながら白麗宮の建物に入ると、そこには出迎えの侍女とともに、なぜかイレーネの姿もあった。


「イレーネ……? 部屋にいればいいものを……体調はもう平気なのか?」

「ご心配いただきありがとうございます。おかげさまで問題ございません」

「それならよかった。そなたのおかげで街道の崩落も人々の犠牲なく後処理に対応しているところだ。本当に感謝している」

「私は自分の役目を果たしただけで、被害を抑えられたのは陛下が的確に指揮してくださったおかげです。ありがとうございました」

「いや……」


 イレーネの言葉にオリフィエルの胸が熱くなる。

 以前はイレーネに心を閉ざしていたせいか、褒められても感謝されても媚を売っているようにしか思えなかった。


 しかし偏見がなくなった今は、彼女の言葉がすんなり心に入ってくる。その謙虚で慎み深い態度や、相手への思いやりが好ましく、どこか懐かしくも感じられる。エレンが成長したら、まさにこのような女性になっていたのではないだろうか。


(そうだ、エレンのことで話をしなくては……。だが、目覚めたばかりで話すには重い話題かもしれない。彼女もまだ顔色が悪いし、もう少し体調が良くなってからのほうがいいか……)


 いつどうやって話し合いをすべきか悩んでいると、ふいにイレーネが不安げな眼差しをオリフィエルに向けた。


「……陛下、恐れ入りますが折り入ってお願いがございます」

「お願い? なんだ、言ってみてくれ」


 一瞬、嫌な予感が頭をかすめたが、イレーネの切実な訴えを退けることはできなかった。オリフィエルが先を促すと、イレーネは焦る気持ちを抑えるかのように胸に手を当て話し始めた。


「実は、先ほど公爵家から報せがあり、お兄様が倒れられたそうです」

「何……公爵が?」

「はい……。このようなことは初めてで、とても心配です。お見舞いに行きたいので、公爵家への外出の許可をいただけないでしょうか。できれば一泊だけで構いませんので、外泊もお許しいただければと……」


 朝焼け色の瞳を潤ませ、いつもよりわずかに早口でお願い事を口にする姿で、リシャルトを心から心配しているのが伝わってくる。


 家族を大切に思う気持ちもまた好ましく、尊重してやりたいと思う。しかし……。


(なんなのだ、この言い知れない不安は……)


 まるで何かを警告しているかのように、心臓がどくどくと速さを増していく。そして、その拍動とともにどす黒い感情が身体中に広がっていく気がした。


(まさか……私は公爵に嫉妬しているのか?)


 これは、エレンと離れ離れになっていた頃、もし彼女が他の男の恋人になっていたらと考えたときに湧き出た感情に似ている。


(だが公爵はイレーネの兄だというのに──いや、兄とはいっても血の繋がりはない義理の家族だ)


 思えば、リシャルト・アルテナに対しては、ずっと不快感を覚えていた。以前はイレーネを憎むあまりに義家族まで憎く感じるのかと思っていたが、イレーネと義兄の仲の良さに無意識に嫉妬していたのかもしれない。


 イレーネには憎しみの気持ちしか抱いていなかったはずなのに、心の中では彼女への欲があったのだろうか。


(……イレーネにはいつも心を揺さぶられてばかりだ)


 それが憎しみであれ何であれ、オリフィエルの心をこんなにも激しく動かすのは、イレーネだけかもしれない。

 エレンだと思っていたコルネリアに対してさえ、再会の感動はあったが、その後は手に入れた安堵感が大きく、心が揺さぶられるほどの激しい愛情があったというわけではない。


(やはり、イレーネがエレンなのだろうか……)


 彼女の中にエレンの面影を探して見つめていると、イレーネに再度お願いをされて、オリフィエルは我に返った。


「一日だけで構いませんから……どうかお願いです、陛下」


 このまま白麗宮にいてほしいが、それは自分の我儘でしかない。普通に考えれば、妻の家族が倒れ、妻が見舞いに行きたいと言っているのに許さないのは道理に外れる行いだろう。


 それに、過去の自分は彼女の頼み事をいくつ拒否してきただろう。初夜を拒み、彼女が自分に口づけることも、ともに外へ出かけることさえ嫌がった。


 彼女への冷遇を反省するなら、彼女がひとりで実家に帰ることくらい快く許すべきだ。


 オリフィエルはひとつ息を吐くと、イレーネの手を取って返事した。


「分かった、許可しよう。だが、明日にはここへ帰ってきてほしい」

「……かしこまりました。ありがとうございます」


 イレーネはオリフィエルに触れられて驚くように目を見張ったあと、そっと目を逸らして頭を下げた。


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