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29. 秘密

 イレーネは目覚めたあと、リシャルトに手伝ってもらいながら軽めの食事を済ませた。それから仕事のために屋敷に戻るリシャルトをベッドで見送ると、先読みの力を使ったときのことを思い返した。


(──私、お兄様に嘘をついてしまった)


 本当は力を行使したときに、神界へと繋がっているだろう扉の存在を見つけていた。明らかに異質な雰囲気をまとっていて、あの扉の向こうに行けば神に会えるはずだと直感した。


 しかし、そのことをリシャルトに言わず隠してしまった。


(今までお兄様に嘘をついたことなんてなかったのに……)


 リシャルトから尋ねられたとき、神界への扉を見つけたと言えばよかったのに、ついそのことを隠してしまった。話してしまえば、これから進む道がはっきりと浮かび上がってしまうような気がして。もう後戻りできなくなるのではないかと怖くなってしまった。


(今はまだ、少しずつ気持ちの整理をつけているところだから……)


 もうしばらくの間だけ、胸の内にしまっておこう。

 複雑な心の整理がついたら、すべての覚悟が本当にできたら──リシャルトに打ち明けて、オリフィエルとの離婚への道を選ぶから。

 


◇◇◇



 皇后宮で謹慎のような日々を送っていたコルネリアは、侍女に調べさせたオリフィエルの動向を聞いて、頭に血がのぼるのを感じた。


 皇后宮へは一切立ち寄りもしないのに、白麗宮へは毎日通っていたこと。そして今日、白麗宮で一夜を明かして帰ってきたことに。


(信じられない……。一体オリフィエル様はどうしてしまったの……!?)


 白麗宮で何があったのか知りたくてたまらない。

 イレーネは先読みの力を使った反動で眠っていると聞いたが、昨晩も眠ったままだったのだろうか。こんな大事なこと、キーラはすぐにでも自分に報告すべきなのに、何をもたもたしているのか。焦燥感と苛立ちで気が変になりそうだった。


(もしオリフィエル様の気持ちがイレーネに向けられてしまったら……。もしこのままわたくしを捨てようとしているのだとしたら……)


 そんなことあるはずがないと思いながらも、不安を堪えることができない。


「一人になりたいからみんな出ていって! 早く!」


 侍女を怒鳴って全員追い出すと、それと入れ違いにコルネリアのよく知る人物が入ってきた。


「おいおい、廊下まで聞こえてきたぞ。もう少し落ち着け」

「……マルセルお兄様。お兄様こそ、ノックもせず勝手に部屋に入ってくるなんて非常識ですわ」

「家族なんだから別にいいだろう」

「家族であっても礼儀はわきまえてください。それに、わたくしは未来の皇后なのですよ」

「ははっ、未来の皇后か。たしかに、少し前まではそうなるだろうと思っていたんだがな」

「……何が仰りたいんですか?」


 じろりと睨むコルネリアに向かって、マルセルが半笑いで肩をすくめた。


「お前、陛下に愛想を尽かされ始めているらしいじゃないか。もうしばらく陛下に会えていないんだろう? この皇后宮にいられるのも、あとどれくらいだろうな」

「なっ……馬鹿にしないで!」


 怒りに震えるコルネリアをマルセルはまたクツクツと笑いながら見やると、意味ありげに口角を上げた。


「まあ、お前が愛想を尽かされても問題ないから安心するといい」

「……? どういう意味ですか?」


 マルセルの発言の意図が分からず、コルネリアは首を傾げた。もし万が一コルネリアが皇帝の寵愛を失えば、レインチェス伯爵家の権勢も衰えることになるはず。それなのに、なぜ兄は問題ないなどと言い切るのだろう。


 一体何を考えているのか尋ねると、マルセルは愉悦の笑みを浮かべた。


「実は最近、イレーネ皇后のことが気になってな。アルテナ公爵家の養女になる前はどう暮らしていたのか遡って調べてみたんだ」

「イレーネ様を? それで何か分かったのですか……!?」


 もしイレーネを完全に失脚させられるような事実があれば……。コルネリアが期待を込めた眼差しで兄を見上げる。マルセルが片眉を上げてコルネリアに近づいた。


「意外なことに、イレーネ皇后はただの平民ではなく、貴族の私生児だった。しかも父親は我らが父上、レインチェス伯爵だ。つまりイレーネ皇后は私たちの異母姉妹だったんだよ」

「……う、嘘よ……っ!」

「嘘じゃない。父上は昔、屋敷のメイドに手を出したらしいな。時期的にイレーネ皇后はお前の姉だ」

「ち、違う……そんなの嘘よ……」


 コルネリアがうわ言のように嘘だと繰り返す。それを見下ろしながら、マルセルは今後の計画を口にした。


「陛下は今、イレーネ皇后を気遣う様子を見せているだろう? それは先読みの力で助けられたことによるものかもしれないが、もし一過性のものではなく今後もイレーネ皇后を尊重するなら、折を見て彼女の出生について明かそうと思う。そうすれば、我が家門は皇后を輩出した名門になる」


 名門伯爵家の当主となった未来でも想像しているのか、マルセルの瞳が尊大に輝いた。


「だからコルネリア、お前が捨てられたとしても問題ない」

「……っ!」


 イレーネがレインチェス伯爵家の私生児で自分の姉?

 だから愛人であるコルネリアが捨てられても、皇后のイレーネが安泰であればいい?


(ふざけないで! たかが私生児のくせに!)


 平民の血が混じった姉がいるという事実だけでも許せないのに、その女が自分よりも上の地位に立ち、自分の男を奪うなんてあり得ない。


「……マルセルお兄様、今すぐ出ていってください」

「分かったよ。あ、今の話はまだ誰にも言うなよ」

「言いません! 早く出ていってください!」


 やれやれと肩をすくめて部屋から出ていくマルセルを睨みながら、コルネリアはこれからどう立ち回るべきか考えを巡らせた。


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