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21. エレンとオーウェン

 約十年前──。

 平民の少女エレンは野花で作った花束を入れた籠を持ちながら、街の大通りに立っていた。


「お花はいりませんか? ひとつ3ディルです」


 春の新緑のような明るい瞳を輝かせて、道ゆく人々に声をかけるが、素朴な花を買い求めようとする人はいない。


(今日も売れないのかな。せっかく綺麗な花を摘んできたのに……)


 野原で見つけた可愛らしい花たち。花束にして売れば、母親と二人暮らしの貧しい生活の足しになると思ったのだが、昨日も今日も全然売れない。時間が経って少し萎れてしまったのを見ると、綺麗に咲いていた花を手折って悪いことをしてしまったような気分になる。


(頑張ってひとつだけでも売れたら……)


 もっと積極的に声をかけようと一歩前に出たとき。


「あっ……!」

「邪魔だ! 気をつけろ!」

「すみません……」


 急いでいたらしい男性にぶつかって、エレンの華奢な身体ははね飛ばされてしまった。落とした籠から花束が散らばる。


(いけない……急いで拾わないと。汚れてないといいんだけど……)


 すぐにしゃがんで花束を拾っていると、横から誰かの手が伸びてきて、白とピンクの花束を拾った。


「これは何だ? 売り物なのか? あまり見かけない花だが」


 声をかけてきたのは、エレンと同い年くらいの少年だった。色褪せたマントを羽織っているが、着ている服は上等で、顔立ちにも品がある。


(もしかしてお偉いさんの家の子かな……)


 そうだとしたら失礼があってはいけない。エレンは緊張を感じながら少年の質問に答えた。


「あ……これはスミレの花で、こっちは……ごめんなさい、名前は分かりません。綺麗な花だと思って摘んだだけなので……」

「摘んできた花を花束にして売っているのか?」

「はい、そうです。すみません……」


 野原で摘んだ花なので値段もタダ同然にしているが、それでもぼったくりだと思われてしまっただろうか。冷や汗をかきながら固まっていると、少年はエレンに怒ることなく興味深そうに眉を動かした。


「面白いな。気に入った。全部私が買おう」

「え……買ってくださるんですか……?」


 しかも全部。


「ああ、珍しい花だからな」

「珍しい……」


 今ある花はどれも野原に行けばいくらでも生えている。

 それを「珍しい」などと言うのは、やっぱりエレンとはだいぶ育ちの違う子なのかもしれない。


「花束は全部で5つだから15ディルか。……ふむ、細かい金がないな。これで頼む」

「えっ、これ100ディル銅貨……。お釣りの持ち合わせが……」

「釣りはいらない。それしか持ち合わせがなくて悪いな。では花束はもらっていく」


 少年は最後に「ありがとう」と真面目な顔で礼を言うと、エレンから買った花束を抱えたまま大通りの向こうへと消えていった。


「あの子、誰だったんだろう……」


 初めて会った少年で、少し会話しただけなのに妙に気になる。とても綺麗な顔をしていたからというのもあるかもしれないが、それよりも彼の態度に好感を持った。


 きっとかなり良い家の子供だろうに、みすぼらしい格好をしたエレンを嫌がる様子もなく、ありふれた野花の花束を全部買ってくれた。しかも何倍も高いお金で。


(お釣りはいらないって言われたけど、余った分は返したほうがいいよね)


 あとで屋台のおばさんに頼んで、小銭を崩してもらおう。

 空っぽになった籠を腕にかけて、エレンが元来た道を帰っていく。少年からもらった100ディル銅貨を握りしめて。


(また近いうちに会えるといいな──)



◇◇◇



「失礼、もしかして君は昨日会った……」

「あっ、あなたは……!」


 近いうちにまた会えたらと思っていたら、なんと翌日また街であの少年に出くわした。


「あの、昨日返せなかったお釣りを返させてください」


 エレンがポケットの中からお釣りの85ディルを手にして、少年に差し出す。少年はやや驚いたように目を見張ったあと、エレンの手に触れ、そのまま85ディルを握らせた。


「釣りはいらないと言っただろう」

「でも……」

「君は真面目なんだな。違っていたら申し訳ないが、私は君が貧民街の子だと思ったから100ディルを渡したんだ。少しでも何かの足しになればいいと思って」

「そうだったんですか……?」


 単に小銭の持ち合わせがないだけだと思っていた。

 彼が自分でそう言っていたから。


「気を悪くさせたならすまない。余計な世話だっただろうか」

「いえ……そんなことありません」


 昨日、道ゆく人々に何度声をかけても、誰もエレンから花を買ってくれなかった。それどころか邪魔者扱いされ、いつものことながら悲しく思っていた。


 でも、この少年はエレンから花を買ってくれ、「ありがとう」とお礼も言ってくれ、多く支払ったお金はエレンを気遣ってのものだった。しかも、そのことを気取られないよう嘘までついて。


「……あなたは、とても優しい人なんですね」

「優しい? そんなことは初めて言われた」


 少年が不思議そうに首を傾げる。

 それから、柘榴(ザクロ)のような綺麗な赤い瞳でエレンを見つめた。


「君、名前は何というんだ?」

「えっと、エレンといいます」

「エレンか。いい名前だ」

「ありがとうございます。あの、あなたの名前は……?」

「私はオ……オーウェンだ」

「オーウェン様……素敵な名前ですね」


 家柄の良さそうな彼に似合う立派な名前だ。

 彼と会えることはもうないかもしれないが、名前を知っていればどこかで彼の話を聞けるかもしれない。


「色々ありがとうございました。では、私はこれで……」

「待ってくれ」


 オーウェンから恵んでもらったお金で、母にパンでも買って帰ろうと思ったエレンを彼が引き止めた。


「君に頼みがある」



◇◇◇



「本当に私なんかでいいんですか……?」


 街の大通りで、エレンがオーウェンを振り返る。頼みがあると言うから何かと思えば、彼はエレンに街を案内してほしいらしい。


「ああ、問題ない。街に詳しい人に案内してもらいたいんだ」

「ですが、私もそんなに詳しくはなくて……。案内役なら、私より他の人に頼んだほうがいいと思いますが……」


 エレンは貧民街の子供だから、街の人たちからはあまり歓迎されていない。そのため、どこにでも気軽に行けるわけではなくて、知らない場所も結構ある。だから自分では力不足ではないかと心配したのだが。


「でも、私は君に案内してもらいたい。君は正直そうだから安心できる。君が知っている場所に連れていってくれればいい」

「わ、分かりました。そういうことでしたら……」

「よし。では行こう、エレン」


 そうして、オーウェンの頼みどおり、エレンは平民の友人として彼に街案内をすることになったのだった。


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