18. 気まずい集まり
「キーラ、おはようございます。今日は午前中に少し庭を見てみようと思うので、一緒に来てもらえますか?」
「イレーネ様、おはようございます。庭の散策について承知いたしました。いつでもお声がけください」
朝の挨拶をしながら、キーラはイレーネの様子を観察する。白麗宮の侍女たちと和解してから、イレーネの表情は明らかに柔らかくなった。同じイレーネ付き侍女のアンナが言うには、白麗宮の使用人たちの嫌がらせでずっと神経をすり減らしていたようなので、大きな悩み事が消えて気持ちにゆとりが出てきたのだろう。
(こういうときに人は油断しやすいものだけど、イレーネ様はどうかしら?)
キーラはコルネリアのためにイレーネの秘密を探らなければならない。隠している過去の悪事、国庫の横領、夫以外の男性との密通──何らかの問題を見つけ出して報告しなければならない。
(今のところ、そんな気配はまったく感じられないけれど……)
おそらく、イレーネの秘密を探るよりもコルネリアの秘密を探るほうがよほど簡単だろう。
(でも、まだお付きの侍女になって数日足らず。イレーネ様について知らないことは多くあるわ)
まずはもっと打ち解けて、公爵家の侍女たちと同じくらいに信頼してもらう必要がある。そうすれば隙が生じて、何らかの秘密の一端を掴みやすくなるはずだ。
「ところでイレーネ様、できれば私にも敬語ではなく、アンナたちのように気安くお話しください」
「あ……そういえばつい……。たしかに話し方に差があるのは良くなかったかもしれないわね、ごめんなさい。これからはキーラにもこんな風に話しかけるわ」
「ええ、ありがとうございます」
イレーネの笑顔に、キーラも軽く微笑んで返事をする。
こうして少しずつ距離を縮め、警戒心を緩めていこう。そして一刻も早く使える情報を手に入れてコルネリアに渡さなくては。
イレーネに恨みなど何もないが、自分はもはやこうしてコルネリアの操り人形となって生きるしか道はないのだ。
(それに、私が早く秘密を見つけたほうがイレーネ様にとっても良いはずよ)
コルネリアはキーラを白麗宮に潜入させる際に、ある物を手渡してきた。
『これは飲めば即死する猛毒よ。あなたが間者だと気づかれそうになったら、これで自害なさい。そうしたら、あなたの家族はわたくしが守ってあげる』
『……』
『それと、もしイレーネの秘密が何も見つからないようであれば、この毒を使って暗殺するつもりだから、肌身離さず持っていてちょうだいね。分かった?』
『……はい、かしこまりました』
毒を盛られて殺されるくらいなら、秘密を暴かれて離婚することになるほうがずっといいはずだ。
(私だってさすがに人殺しなんてしたくないし、必ずイレーネ様の秘密を掴んでみせるわ──)
◇◇◇
それから数日後。白麗宮に思いがけない二名の来客があった。
「まあ! わたくしが住んでいたときから随分と雰囲気が変わりましたのね。少し寂しいですけれど、もうここはイレーネ様の離宮ですものね。素敵ですわ、オリフィエル様もそう思われませんか?」
「……たしかにどこか変わったな」
先触れもなく突然オリフィエルとコルネリアがやって来たのだった。「イレーネ様の離宮」と口では言いながら、まるで自分たちの別荘に遊びにでもきたかのような振る舞いに少なからず不快感を覚えてしまう。
「皇帝陛下もコルネリア様も、ようこそいらっしゃいました」
動揺を隠して挨拶すると、キーラがお茶を運んできてくれた。微妙な関係の三人が一堂に会し、さすがの公爵家の侍女たちもピリピリした空気になっていたのに、キーラは平然としていつも通りだ。やはり侍女の名門の出自は伊達ではない。
「オリフィエル様、こうして二人で白麗宮にいると懐かしい気持ちになりますわね。ほら、庭のあの木の下でよく一緒に……あっ、わたくしったらイレーネ様の前でごめんなさい」
わざとらしく謝るコルネリアに、イレーネが精一杯の作り笑顔を返す。今のは明らかにイレーネへの嫌がらせだ。すでにオリフィエルと皇后宮を手に入れておきながら、なぜさらにまたイレーネを傷つけようとするのだろうか。
(やっぱり、私と離婚はしないと陛下が仰ったからかしら)
その鬱憤を晴らすために、わざわざオリフィエルを連れて白麗宮を訪れ、目の前で二人の仲を見せつけているのかもしれない。
(もう放っておいてほしいのに……)
せっかくしばらく穏やかだった心が、また騒めき始める。
イレーネはキーラが出してくれた紅茶を飲んで心を鎮めると、強張りそうになる表情を取り繕って口を開いた。
「──それで、本日はどのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか」




