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17. 悪魔のような嘘つき

 キーラの実家ヤンセン伯爵家は優秀な侍女を輩出してきたことで有名な名家だ。そしてキーラもまた皇后付きの侍女になることを夢見ていた。


(今はイレーネ様が皇后だけど、今後離婚されるのでしょうし、コルネリア様の侍女の採用を受けてみようかしら)


 コルネリアの侍女になれれば皇后宮で働けるし、やがてコルネリアが皇帝と結婚すれば、念願の皇后付き侍女になれる。


 そんな気持ちで採用に応募したところ、無事に書類審査を通過してコルネリアの面接に進むことができた。コルネリアはキーラの聡明さを褒めちぎり、すぐに採用を決めてくれた。


『あなたのこと、とても気に入ったわ。あなたならわたくしの期待に応えてくれる気がするの』

『はい、ご期待に沿えるよう尽力いたします』

『まあ、嬉しいわ。それじゃあキーラ、明日からよろしくお願いするわね』

『こちらこそ、よろしくお願いいたします』


 コルネリアは別れ際にキーラを抱きしめ、期待していると言ってくれた。キーラは次期皇后となる高貴な主人からの期待と歓迎に感動し、誠心誠意尽くそうと心を決めた。


 しかし──皇后宮を出たところで、突然後ろから追いかけてきた近衛兵に止められてしまった。


『何事ですか? 私は侍女の面接に来ただけなのですが……』

『黙れ、盗人め!』

『盗人? 私は何も盗んでなどいません』

『白々しいことを! おい、この女の所持品を検めろ!』

『なっ……やめてください!』


 無理やりドレスのポケットを探られると、なぜか身に覚えのない持ち物が出てきた。真っ赤に輝くルビーが嵌め込まれた、見るからに高価な装飾品だ。


『何これ……こんなものをポケットに入れた覚えは……』

『やはりお前が盗んだんだな! これはコルネリア様のものだ! おい、この女を投獄しろ!』

『そんな! お待ちください、これは何かの誤解です! 投獄なんて……』

『うるさい! 連れていけ!』


 そのまますぐに地下牢に連れていかれ、両手足を拘束された。きつく縛られた縄が皮膚に食い込み、痛くて仕方ない。少し緩めてほしいと頼めば、どうせ無くなる手だと言って笑われた。どうやら皇后宮での窃盗は両手斬り落としの刑となるらしい。


(そんな……私は盗んでなんていないのに……。このままでは罪人として両手を斬り落とされてしまう……!)


 キーラは必死に助けを求めた。


『私は本当に何もしていません! どうかコルネリア様を呼んでください! コルネリア様ならきっと私が無実だと分かってくださるはずです!』


 兵士たちはキーラの言うことなどまったく聞く気はなさそうに薄ら笑いを浮かべていたが、そこへ「キーラ!」という心配そうな声とともにコルネリアが現れた。


『コルネリア様……?』


 地下牢に似合わない可憐なその姿を呆然と見つめていると、コルネリアは目に涙を浮かべてキーラの名を呼んだ。


『キーラ、こんな風に拘束なんてされて可哀想に……』

『コルネリア様……! 私は盗みなんて働いていません! どうか私の話を聞いてください……!』


 キーラも涙を流して訴えると、コルネリアはキーラの牢に近づいて兵士たちに下がるよう伝えた。


『キーラと話をしたいの。二人きりにしてくれる?』

『ですが、コルネリア様に危険があっては……』

『彼女は手足を拘束されているじゃない。危険なんてないわ。お願いよ』


 コルネリアに涙目でお願いされては兵士たちも拒めないようで、キーラは地下牢の中コルネリアと二人きりになった。


『コルネリア様、私のためにありがとうございます……!』


 きっとキーラが投獄されたと聞いて駆けつけてくれたのだろう。出会ったばかりの自分のためにこんな場所まで足を運び、無実の訴えを聞こうとしてくれることに、キーラは心から感謝した。やはりコルネリアは皇后に相応しい器であり、だからこそ皇帝も彼女を寵愛するのだろう。


『コルネリア様、私はルビーの装飾品を盗んだりなどしておりません。なぜか私のポケットに入っていましたが、まったくの冤罪なのです』

『もちろん、あなたが無実であることは分かっているわ』


 コルネリアが宝石よりも美しいと讃えられる新緑の瞳をにっこりと細める。そして艶やかなベリーのような唇を愛らしく綻ばせた。


『だって、わたくしがあなたのポケットに入れたんですもの』

『え……?』


 コルネリアが言っている意味が分からない。

 彼女がキーラのドレスのポケットに装飾品を入れた?

 なぜ、どうしてそんなことを?


 絶句するキーラを見下ろしながら、コルネリアが甘ったるい声で語りかける。


『ねえ、ここから出たいでしょう? だってこのままでは両手を失ってしまうものね? わたくしなら、この罪をなかったことにして、あなたをここから出してあげることができるわ。ただし、あなたがわたくしに忠誠を誓ってくれるならだけど』

『忠誠……?』

『そう。これからわたくしの手足となって動いてくれるなら、あなたをここから出してあげる。でもこの提案を断るなら、あなたは罪人として両手を斬り落とされ、二度と侍女として働くことはできなくなる。きっと結婚も無理でしょうね』

『そんな……』


 すべてを悟ったキーラが絶望して項垂(うなだ)れる。

 自分はコルネリアに嵌められたのだ。

 彼女の命令に従って何でも──おそらく悪事にまで手を染めてくれる都合のいい手駒とするために、窃盗犯に仕立て上げられてしまった。


『さあキーラ、どうする? わたくしに忠誠を誓えば、あなたの両手はつながったままでいられる。簡単な選択でしょう?』


 コルネリアを一瞬でも皇后に相応しい女性だと思った自分の見る目のなさが情けない。こんな人を人とも思わない悪魔のような女だったとは。


(でも、助かるためにはこの悪魔の提案を受け入れるしかない……)


 キーラが俯いたまま、掠れた声で返事する。


『……コルネリア様に忠誠を誓います。どうか牢獄(ここ)から出してください』

『ふふっ、もちろんよ』


 コルネリアの慈悲によって、キーラは牢獄から出された。

 キーラの両手はつながったままだ。しかし、その代わりに皇后付き侍女の仕事への憧れも自尊心もすっかり失ってしまった。


『……もう、どうにでもなればいいんだわ』


 どこか投げやりに呟いて、キーラは皇后宮を後にした。


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