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10. 運命の出会い

 その日の夜。二人きりの晩餐の席で、コルネリアが愛らしく首を傾げてオリフィエルに問いかけた。


「さっき白麗宮に出かけられたのでしょう? せっかくお仕事が早く終わったのでしたら、真っ先にわたくしの元へ来てほしかったですわ」

「すまない。一度は様子を見なければならないと思ったのだ」

「仕方ありませんね。それで、いかがでしたか?」

「そなたのいない白麗宮に価値はないと思った」

「ふふっ、そうですか?」


 コルネリアは嬉しそうな笑い声を立てると、その新緑の瞳を面白そうに細めた。


「ところで、イレーネ様はどのようにお過ごしでしたか? ご不便はなさそうでしたか?」

「ああ、公爵家の侍女たちが甲斐甲斐しく世話している様子だった。皇后宮にいるより気楽に過ごしているのではないか」

「そうですか……追い出されて絶望なさっているかと思ったのですが。やっぱり平民出身でいらっしゃるから、案外打たれ強いのかもしれませんわね」


 当てが外れたとでも言うように、コルネリアが小さく息を吐く。


「どうした? 物足りなかったか?」


 これまで互いに想い合っていながら、イレーネのせいでコルネリアは愛人の立場に甘んじるしかなかった。それを逢瀬の度にいつも嘆いていたから、イレーネにも同じように苦しんでほしかったのかもしれない。


 オリフィエルはそう思ったが、コルネリアはハッとしたように両目を瞬かせると、にっこりと可憐に微笑んだ。


「いいえ、まさか。そんなことありませんわ。身勝手な振る舞いはどうかと思いますが、快適に過ごされているようなら何よりです。イレーネ様といえど、あまり傷ついてほしくはありませんから」

「……そなたは優しいな。昔からそうだった」


 コルネリアの瑞々しい新緑の瞳を見つめながら、オリフィエルが大切な思い出の扉を開ける。


 まだ十歳の子供だった頃、お忍びで出かけた街で出会った同い年の少女──エレン。彼女と共に過ごしたのは、たった二日間だけだった。けれど、そのほんのわずかな交流でオリフィエルは心のすべてを奪われた。


 その頃は皇太子として、常に感情を揺らすことなく一定に保たねばならないと思っていた。そう教えられ、それが正しいあるべき姿だと。ずっと冷静な自分を保つよう努力しているうちに、感情の起伏はなくなり、理想に近づけたと思った。


 でもエレンに出会って、それは間違いだったのだと知った。そして、彼女と一緒にいると自分の心が大きく揺さぶられることに気がついた。


 こんな風に心が動く相手には、もう二度と会えないのではないか。エレンこそ自分の運命の相手だ、彼女を生涯守り抜きたい。そう強く思った。


 しかし、エレンは平民の少女だった。皇太子である自分とは大きな身分の差がある。どうすれば彼女と結婚できるのか悩み、解決策を探した。そして、高位貴族の養子になってもらえばよいのだと気づいたとき、エレンは町からいなくなっていた。


 絶望だった。どうして彼女に見張りをつけなかったのかと何度も悔やんだ。大切な人を掴みかけながら逃してしまった悔しさと悲しさに押しつぶされそうになりながら、どうにか平静を装って日々を過ごした。心の奥底ではエレンだけを想いながら。


 そして八年後の舞踏会の夜──。

 あのときほど驚いたことはない。

 目の前に、成長したエレンが伯爵令嬢として現れたのだから。


 優しい色合いの亜麻色の髪。そして新緑にわずかに金色が混じった、まるで木漏れ日のような瞳。

 幼い頃に綺麗だと見とれたエレンの色彩そのものだった。

 顔立ちにも昔の面影が感じられ、心に閉じ込めていた密かな想いが一気に溢れ出した。


『──エレン、私だ。覚えているか? 昔、君に街を案内してもらった……』


 エレン──コルネリアは突然の声かけに驚いて目を丸くしていたが、やがてにっこりと微笑んで返事をしてくれた。


『もちろん覚えておりますわ。あの日のことを忘れたことはありません』

『ああ、エレン……ずっと会いたかった』


 それから二人で話をして、当時は彼女も平民の生活を知るために身分を偽って過ごしていたことがあり、名前も本名のコルネリアではなくエレンと名乗っていたのだと教えてくれた。


 その夜、彼女と手を繋いで踊ったダンスは、人生で最も幸せなダンスだった。


『そなたは私のことをどう思っている?』

『幼い頃からあなたのことばかり想っていました』

『そうか……』


 エレンは平民ではなく伯爵令嬢。それなら、なんの問題もなく結婚できる。翌日すぐに父──今は亡き前皇帝に会いに行った。エレンとの婚約の許可をもらうために。


 しかし、父からエレンとの婚約を許されることはなく、代わりに別の女との結婚を命じられた。

 公爵令嬢イレーネ・アルテナとの政略結婚を──。


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