8話
マップを見ながら街中を歩いていると、ふとショーウィンドウに飾られた小物入れや、人形が目が入り立ち止まってしまった。
「可愛いですね」
「コホン。急に足を止めてごめんね」
「いえ、大丈夫ですよ。見て行きますか? 私も気になるので」
「ありがとう。私、可愛い物に目がなくてね。雑貨屋見つけると除きたくなるのよね」
「そうなんですね。じゃぁ次は一緒にショッピングに行きませんか?」
「もちろん行くわ! 美菜ちゃんから誘ってくれるなんて嬉しいな」
三階建てビルの一階に構えているらしい雑貨屋は、こじんまりとした広さで、小物以外にも駄菓子も売っているようだった。
店内では親子や三人組で来たらしい男の子たちがお菓子を選んでいる声が聞こえる。
見渡せば昭和の面影が残る時代がかった内装で、この空間だけはゆったりした時間が流れていた。
「あれ、先輩?」
入って直ぐ目の前にある棚を見ていた癖の強い黒髪ショートの女性が振り返ると、そこに立っていたのは奏恵だった。
驚いた顔をして、後から入って来た美菜が現れると、「あぁ」と言うような表情になる。
「今日だったんですね」
「うん、そうよ。奏恵ちゃんは一人?」
「はい。先週このお店を知って、見に」
「そうなんだ。この店、雰囲気良いわよね」
「分かります。先輩が好きそうだなと思ってましたけど……、勧める前に来ましたね」
「あらそうなの。来ちゃったわね」
クスと笑う奏恵につられて、結希も小さくフッと吹いた。
すると後ろにいた美菜が「あの……」と言って、結希の袖を引いて来た。
そんな美菜にとって無意識であろう仕草に、結希は胸がときめくのを堪えられなかった。
自然と緩んでしまった頬が元に戻せないまま、手で覆い隠して振り向く。
「あぁー、お互い今日がはじめましてよね。こちら私と同じコスメ部の奏恵ちゃん」
「良く一緒に外周りされている方ですよね」
「そうそう。奏恵ちゃんは知ってるかもだけど、この子が受付嬢の美菜ちゃんです」
「鈴原美菜です。よろしくお願いします」
「後輩の土屋奏恵です。一つ違いだから気がねなく話してくれていいよ」
奏恵が手を差し出すと、美菜は照れくさそうに「ありがとうございます」と言っていた。
「先輩、小物入れ探してましたよね。奥の方に可愛いのあったので良いのが見つかるかもしれませんよ」
「そうなの。ありがとう。美菜ちゃんはどうする? 好きなように見てても良いけど、一緒に来る?」
「付いて行きます」
奏恵ちゃんに手を振って別れ、指差していた方の棚まで歩く。
勧められた小物入れは本当に結希好みの淡い色合いの容器で、価格も良くその場で買うのを即決した。
他にどんなのがあるか二人で商品を見ていると、先に買い物を終えた奏恵が来て、「先輩、先に失礼します」と言って帰って行った。
「私たちも行こうか。お昼大分遅くなっちゃったわね」
「ですね。今日は予算オバーでしたけど、実用的な物が多くて良いですね」
「そうだね。デザインも可愛いし、こんなお店があったなんて盲点だったわぁ……」
笑う美菜を近くで待たせて精算を終え、結希たちは目当てだったカフェレストランへと向かった。
◇◇◇
歩いて五分の場所にあるのが木造建築を改装したらしい一軒のお家だった。
建物を囲うように観葉植物が植えられて、窓から見る限りでも賑わっているのが分かる。
ごく最近開店したらしいカフェは、既にSNSではかなりの好評ぶりで、和らぎの空間が広がっているのが特に良かったと呟かれている。
結希も初め来るので少しドキドキしながら入店すると、扉に付けられた鈴がチリンと涼し気な音を鳴らした。
それから間もなくして一人のウェイターが迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。二名様でよろしいですか」
「はい」
メニュー表を持って現れた男性は、ボストン眼鏡を掛けたパーマの掛かったヘアスタイルのウェイターで、優雅さのある大人な雰囲気を漂わせる人だった。
「只今テーブル席が満席で、カウンターでしたら直ぐに案内できますが、いかがしますか」
そう聞かれて、結希は後ろにいる美菜を見る。
「美菜ちゃんカウンター席でも良い?」
「大丈夫です」
「では、カウンター席にご案内しますね」
カウンター席には小瓶に挿された花が彩りを持たせていて、初めてでも緊張感せずに過ごせる空間が保たれていた。
貰ったメニュー表から料理を選ぶと注文する。時間をおかずに飲み物が運ばれて、料理が来るまでの時間を話しをして待っていた。
「そう言えば高槌さん……、例のおじさんとは大丈夫?」
「あ、はい。先輩と結希さんのおかげで打ち解けました。高鎚様って面白い方ですね、来るたびに笑わせて来るんですよ。最近は結希さんのことについて良くお話されてて」
「私!?」
「はい。それで、ずっと気になっていたんですけど、高槌様とはどう云ったご関係なんですか?」
まさか関係性を聞かれるとは思ってもみなくて、頭を抱える。
(あのおじさんは、一体何の話しをしてるのよ!)
ややこしい話を美菜に聞かせていることを知って項垂れる。
「関係となるとちょっと複雑なのよね。あ、不倫とかじゃないからね。断じて」
「大丈夫です。ちゃんと分かってます。けど、主に大学の頃だったり、お家でのことを話されるんですけど、同じ家に住んでいるんですか?」
「本当、余計なことを話してたのは良く分かったわ……」
大学と家の話しをしてるなら、ちゃんと話してあげた方が良いだろう。
結希は「うーん」と唸ると、いつの頃から話そうかと頭を悩ませた。
「大学生頃に一時期ね。精神的に追い詰められた時があって、その時に高槌さんが保護してくれたのよ」
「保護、ですか?」
「夜中に出歩いたりしていたから……」
この話はあまり人様に言いるような話じゃない。
楽しい話しではないし、自身も面白おかしく出来るような話でもないからだ。
「だからね、高槌さんはもう一人のお父さんと言うか……、親戚みたいなものかな。保護された先の家で奥さんに話を聞いてもらってからってからは立ち直ってるけど、黒歴史だから誰かに言えた話じゃないのよね。高槌さんには感謝してるけどさ」
「結希さんはそうなんですね。高槌様はとても楽しそうで、娘の自慢話をするお父さんみたいでした」
「えぇ、そう見えたの。私からしたら、毎日揶揄ってくるし、絡みがウザいしで、自慢したくないなぁ」
「ふふっ。結希さんと高槌さんのいる家庭は楽しそうですね」
何を想像したのか、クスクスと面白そうに笑う美菜の様子に結希は複雑な心情を抱えた。
(そんなに高槌さんと仲良さそうに見えるかな……)
まぁ暗い話しになってないならそれでも良いかと、結希は数少ない楽しかった過去の記憶を掘り返して、高槌夫婦と過ごした日々を語った。
しばらくすると料理が運ばれてきて、注文していたデミグラスソースのオムライスとミートスパゲッティが並んだ光景に、「美味しそうだね」と二人は興奮した。
記念に写真を取ってから、手を軽く合わせて「いただきます」と言い、結希はオムライスを口に運ぶ。
濃厚なソースに「これはイケる」と何度も頷き、ここに来て良かったと思えた。
「──結希?」
料理を味わっていると、後ろから掛けられた声に口に運ぼうとした手を止める。