7話
テレビ局の一室。あるモデルの控え室で結希は挨拶を済ませていた。
「──それでは出来上がり次第、事務所の方に送りますね」
「はい、お願いします」
「結希さん、また食事しようね!」
「うん。今度誘うわね」
元気の良いスタイル抜群の彼女は、最近モデルから女優として人気浮上中の悠蘭だ。
今日は雑誌に載せるリップクリームのモデルを頼んでいて、数分前に撮影が終わったばかりだった。
マネジャーの三枝にお辞儀をしてから部屋を出ると、近くのリフレッシュエリアに立ち寄った。
休憩スペースには自動販売機がニ台並び、いくつかのテーブル席があった。
窓際はビルの隙間から降り注ぐ正午の陽射しが、物陰を濃くしている。
携帯を取り出すとカメラマンを見送っているはずの奏恵に、居場所をメールで伝える。
仕事が一段落した結希はフォルダからファイリングした写真を眺めていた。
珈琲店の一件から美菜とは何度か、店内で待ち合わせるようになっていた。
その時に話しをしていて知ったことは、同じ大学の卒業生だと言うことだ。
他にも誕生日は12月の冬生まれで、年は22歳。家族構成は両親に、兄と妹がいるようで、兄が結希と同い年だと知ると「お姉さんですね」と美菜は笑った。
その笑顔が可愛いくて、キュンッと胸が苦しくなったけれど、どうにか平常心を装えたと思う。
一ヶ月も経つと珈琲店以外にも近くのレストランに食事に行ったりして、今では気軽に話せるような友人関係を築けている。
基本的に食事は和風料理が好きな美菜に合わせて店を選んでいる。
つい最近の話しだと、定食も扱っている居酒屋に連れて行った。その時はお酒の酔も含めて、美菜は終始上機嫌だった気がする。
美菜はお酒に強くもないが、数杯くらいなら窘めるほどには耐性があるようで、来月は色んな種類の酎ハイを扱ってる酒屋にでも誘ってみようかなと、フォルダに保存されている料理や、美菜の映った写真を見ながら思い出し笑いをしていると、別行動していた奏恵がいつ間にか戻って来たようだった。
「先輩、お待たせしました」
休んでいる結希のもとへ寄って来る美菜に、飲み物を一本買ってあげて少し休むことにした。
「三塚さんの見送りありがとう。写真はいつ頃出来そうだって?」
「3日後には現像した写真を届けてくれるそうです」
「よし。じゃぁ、戻ったら記事の作成しようか」
「はい」
三塚さんは男性のカメラマンだ。結希と奏恵はカメラの心得がないため、撮影には写真家の協力が必要になってくる。
会社には数人の契約カメラマンがいて、私たちはその人たちに雑誌に載せるコスメ写真を撮ってもらっていた。
「マネージャさんとの話しは大丈夫でしたか?」
「大丈夫よ。日付けを変更したことへの御礼だったから」
「それなら良かったです」
テレビ局を後にすると、途中のファミレスで昼食をとってから会社へと向かった。
ロビーを通ると美菜と目が合って手を振る。すると微笑んで軽い会釈で返ってきた。
その様子を見ていた奏恵がエレベーターに乗り込んだ辺りで聞いて来た。
「最近、受付け嬢の方と仲いいですよね」
「家の近くの珈琲店で偶然会ってから連絡先交換しててね。それから何度か会ってるのよ」
「そうなんですね。どんな子なんですか?」
「どんな子……。性格は見た目通りって感じかしら。優しくて、大人しくて。けど、趣味は意外なものだったな。奏恵ちゃんも気になるようなら紹介してあげようか?」
「いえ、この先まだ関わる機会はあると思うで」
「それもそうね」
奏恵の話しに、結希は何気なく思っていたことを打ち明けてみた。
「本当はもう少し仲良くなりないのよね」
「──会ってるのは平日だけですか?
「うん。主に食事をしてる」
「休日は遊ばないんですか?」
「……休日か。今度誘ってみようかしら」
「きっと喜ぶと思いますよ」
きっと奏恵は結希から指導を受けていた頃のことを思い出したのだろう。
奏恵の教育係としてコンビを組んだ時、直帰する際に親睦を深めようと映画を観に映画館へ行ったり、近くのデパートでショッピングを楽しんだことがある。
最近は会社に戻る日が続いているが、直帰のタイミングがあれば今でも食事にいっているし、社内では誰よりも奏恵と過ごす時間が多いだろう。
そんな奏恵が「喜ぶ」なら一度くらいは誘ってみようかなと、結希は口元にそっと手を当てて考えてみた。
エレベーターがコスメ部の階層に着くと、降りてフロアに向かう。扉を開く時になって「うん」と決意すると、奏恵のアドバイスに通り、メールで美菜をゲームセンターに誘ってみた。
驚いたことに10分もしないで返事がきて、次の休日で昼間の時間帯に遊ぶことになった。
◇◇◇
当日は朝から連絡を取り合いながら、美菜とは一駅違いで同じ電車に乗ると車内で合流した。
「伊波さん!」
「美菜ちゃん、おはよう」
隣の車両からやって来た美菜は仄かに甘いピンク色のワンピース姿で、灰色のカーディガンを羽織っていた。
小物はブラウン色に統一されているようだ。
肌白い美菜にぴったりな淡いコーデにときめいて、胸が躍る。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
会って早々、礼儀正しく頭を下げる美菜に、普段着に感動していた結希は苦笑いを零した。
「硬いことは考えず、今日は楽しく過ごそうね。そのためにまずは、今日一日名前で呼んでもらいます」
「え……!? 名前でですか……」
「そうよ。みんなからはユウ先輩って呼ばれてるけど、美菜ちゃんはどうしようか」
同じ部門じゃないしなぁと、悩んでいると美菜が照れくさそうに頬を赤らめながら呟いた。
「えっと、じゃぁ……。ゆ、結希さん……、でも良いですか」
勇気を出して呟く美菜に、結希はキュンとする矢に心臓を射止められて悶えそうになるのを何とか誤魔化した。
親指を立てて「いいね!」と頷くと、美菜は花が咲くように頬を赤らめる。
決して美菜に言うつもりはないが、本当に結希の好みをドストライクに貫いてくるものだ。
ゲームセンターに着くと、最初に音楽ゲームやシューティングゲームを楽しんでいた。
その後はバスケットボールのシュート数で対決して身体を動かしたりして一緒の時間を過ごす。
美菜は普段から家で遊ぶだけじゃなく、休日はゲームセンターでも遊んでいるようで、新しいゲームを幾つか教えてくれた。
気づいた時にはあっという間に時刻は1時を指していて、結希はあらかじめ調べておいた近くのカフェで休憩しようと携帯でマップを見ながら案内した。