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君から貰った花束  作者: 五菜みやみ
四章 後悔と前進
16/17

16話


 二日間の休日を終えてオフィスに着くと、鞄を定位置の足元横に置いて、椅子に座ると同時に机に倒れた。


 (どうしよう……。美菜ちゃんが暗い……。直ぐにフォローを麗子に頼んだけど大丈夫かしら)


 ビルの入り口からエレベーターに乗り込むまでの距離は本当に気まずかった。

 それでもチラリと受付けに座る美菜を見れば、いつもの爽やかな優しい笑みを浮かべるでもなく、どんよりとした雰囲気でぼぅと机上を見つめているのが窺えた。

 流石に不味いと結希が慌てるくらいにはいつも通りではない様子に、エレベーターに乗り込んだ箱の中で直ぐに直属の上司であろう麗子にメールを送ったのだ。

 机に項垂れていた結希は頭を抱えて「あぁぁ」と大声を上げたかった。

 仕事処でなく、パソコンの電源を点けることも忘れてただ自己嫌悪に明け暮れた。

 すると何を勘違いしたのか、奏恵が席に着く前に心配して話しかけてくれた。

 

「先輩、どうしたんですか? 夏バテですか?」

「違うけど……。気分は最悪ね……」


 顔を上げずに言った結希の様子に、奏恵は何かがあったのには気づいたのだろう。それでも詳しい話しを聞こうともせずに一言、「相談でも愚痴でも何でも聞きますよ」と呟いてから向かいの席に向かっていた。

 後輩の出来過ぎたとても優しい対応に、結希は安堵と泣きたい気持ちが湧き上がる。


(本当に奏恵ちゃんは、あたしの欲しい反応をくれる)

 

 先輩思いの子に恵まれて、結希はパソコンの電源を点けた。ウィンドウが立ち上がる時間を結希は考える時間に使う。

 ちゃんと分かってはいるのだ。これは自身で撒いた種で、刈り取る作業をしなくきゃいけない。

 美菜は真面目だから尚更、早くしないと可哀想なことになるだろう。

 それでもメールの一つも送れないのは、この恋を終わりにすることが嫌だからだ。

 美菜とまだ行ってみたい場所が沢山ある。もっと美菜のことを知りたい。

 どうしようもなく惹かれているこの気持ちを終わりにしたくない。


(だけどこれは、あたしの独り善がりな気持ちでしかない。失恋を受け入れなきゃ、次に進めない……)


 溜め息を零す。


(自分がこんなに女々しい性格をしてたなんてね……)


 気持ちに区切りをつけて顔を上げると、メールを確認して予定表を見ながら返事を返す。

 班長が出勤すると、朝礼が始まって各々の仕事へと取り掛かった。

 午前中は特に何もなかった。集中出来ていたと思う。

 けれど、問題は午後にやろうとしたコピー機で、何度も設定を間違え、紙を無駄にしたことだ。

 プラス、いつも見逃さない誤字脱字もあったり、お茶を零したりと散々なことを引き起こし、情けない姿を連発した。

 まだ取り返しのつく失敗で良かったけど、散漫になっている仕事振りに、見ていられなくなったのだろう。

 晴樹が肩に肘を乗せてグリグリと力を加えて来た。


「何やってんだよ」

「イッたい! 晴樹、何よ」


 マッサージどころじゃない痛みに音を上げると、晴樹が怒っているような若干不機嫌な顔で「何よ、じゃねぇだろ」と言ってきた。


「今夜暇だよな? つーか空けろ。飲み行くぞ」

「うぐっ……」


 自分でもこれはいけないと分かっている分、晴樹の命令には逆らえず、「分かったから、仕事戻って」と呟く。


「絶対だからな。逃げたら承知しねぇし、何考えてるか洗いざらい吐いてもらうからなっ!」

「分かったから怒らないでよ! まだミスを指摘された方がマシだわ」

「お前に優しくする分けねぇだろ」

「チッ」

「──舌打ちしな?」

「してない、してない。ほら、ちゃんと後で話してあげるから定時で終わらせて来て」

「それはお前だっつの!」


 喧嘩腰の会話に、周囲の戸惑っていた雰囲気が少し和んだのが肌で感じた。

 視界の隅では班長が晴樹に親指を立てているのを捉えつつも見なかった振りをしてあげて、結希は定時で仕事を片付けるべく作業に勤しんだのだった。



 

 何とか一日を乗り越え、夕礼が終わると素早く晴樹が離れた壁に腕を組んで寄りかかっている様子に肩を落とした。


「班長、お先に失礼します」

「うん。明日は期待してるよ」

「はい」


 そう言って、同じ班の皆にも声をかけて晴樹と外へ出る。

 こう云う時、向かう場所は決まっている。

 結希と晴樹のことを良く知り、大ぴらに会話が出来る所は、あの人の奥さんが営む居酒屋しかない。


「高槌さんの居酒屋って久しぶりね」

「そうだな。最近は特に話すこともなかったし」

 

 最後に寄ったのは年末年始だったっけと、結希は記憶を巡らせた。

 肩を並べて歩く時の口数は多くなく、小料理屋の居酒屋に向かう途中の小さな公園が視界に入った時、初恋の彼女と別れた後に晴樹と心の底から話した数年前の時間を思い出した。



 ✽✽✽


 

 結希と付き合っていた彼女が、好意を寄せていたことを知ったらしい晴樹が、今日みたいに強引に誘って来たことがあった。何を話したいのかは予想が着いて、公園に着くまでの距離は殆ど無言に近かった。

 案の定、晴樹は彼女の話しを持ち出して来て、それはもう気まずそうに、罪悪感を感じていますとひしひしと伝わってくる表情で口を開いたのだ。


「結希の元カノの……、アイツの件、本人から聞いた」

「──そう、本人から」


 その頃の私は高槌さんに拾われて立ち直りかけていて、晴樹と話すことに少し抵抗があっても、自分と友人と向き合いたい一心で晴樹のそばで話そうとしていた。

 だから、晴樹が謝るのを遮ったのだ。

 

「その、何だ……。なんか、悪かっ──」

「はい、ストップ!!」


 そう言って手を翳すと、晴樹は居心地悪そうに身じろいだ。

 そんな晴樹の様子に結希はふっと微笑んで、腰掛けていたブランコの囲い格子から立ち上がる。


「あの子に好かれたていたからって晴樹が謝ることじゃないでしょ。彼女が好きだったのはあんたで、あたしは振り向かせるための魅力が足りなかっただけ。別に好かれなかったことを晴樹のせいにするつもりはないわよ」

「……本当かよ。俺は結希のこと結構気に入ってるんだ。だから友達を辞めるつもりはなくて、馬鹿みたいに遊べる関係でいたい。そのためならお前から殴られる覚悟はあるんだが……」

「えっ、あんたエムだったの!?」

「オイッ!」

「冗談よ。殴らないわよ、化粧が出来なくなるじゃない。それに、不愉快極まりないけど晴樹と同じ気持ちだしね。だからガチファンに巻き込まれて最悪な初恋になったとしても、ちゃんと現実を受け入れるわよ」

「本当に殴られなくて良いんだな!?」

「そう言ってるでしょ。けどね、ムカつくものはムカつくからこれから飲みに行く場所に付き合って。そんで愚痴らせろ」


 ──と、晴樹の胸ぐらをつかんだ結希は凄んだのだ。



 ✽✽✽

 

 

(あの後、ボロクソ晴樹の悪口言って、失恋したことを泣き喚いて、晴樹とは未だに友人関係を続けているのよね。ほんと懐かしいなぁ……)


 昔ばなしを思い出していると、晴樹が腰を肘で突いて来た。


「何笑ってんだよ」

「別に何でもないわよ。て言うか、彼氏さんは大丈夫なの?」

「急遽ドタキャンしたわ。本当は向こうの家で手料理をご馳走になるはずだったのに」

「うわ、可哀想。ごめんね」

「ホント可哀想な俺。許さん」

 

 返事にプッと吹き出すとお互いに声を上げて笑い合った。

 ひとしきり笑った後に晴樹が溜息をついて、「どうせ、猪みたいに告ったんだろ」と呆れた様子で言われた。


「しょうがないじゃない。お酒が入ってたんだから」

「まぁ、鈴原とデートしてた時点で何か起きそうな予感はしてたけどな」

「あたしはね、晴樹みたいに器用じゃないの。上手く世間を利用出来ないわ」

「別に俺だって器用じゃねぇよ。ただ同性愛に寛容的な家族を持てただけで、俺と結希の一番大きな違いだろうな」

「そうね。はぁ、羨ましい」


 本音を打ち明けると、晴樹は呟くように聞いてきた。

   

「まだ無理そうなのか」


 会話に主語がなくても、それが“家族と”なのが察せられる。

 

「一生無理ね。お母さんとはそれなりに連絡を取り合ってるけど」

「そうか」


 晴樹は他人事なのに、本気で心を痛めてくれるのが細められた目から感じられる。

 だから結希は立っていられるのだろうと思った。

 家族には恵まれなかったけれど、幸い友人や職場環境はとても良い。

 それに血の繋がりはなくても、結希を受け入れてくれた夫婦が味方にいてくれるのだから。

 


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