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君から貰った花束  作者: 五菜みやみ
四章 後悔と前進
15/17

15 話


 講義終わりの彼女を連れて、当時住んでいたアパートのベッドに寝転がって、結希は彼女と動画を見ていた時に、ふと何かの話題で晴樹に恋人が出来たことを伝えた。


「……え、晴樹先輩に?」

「うん。めでたいよねぇ」

 

 結希は彼女に晴樹が同性愛者だと云う話しをしていなかった。

 晴樹自身が彼女に教えるつもりはないようだったので、結希も自分と付き合っている恋人だからと、彼女には関係のないような気がして、プライベートな話しはそっとしておいたのだ。


「…………うそ、……そんな……」


 隣りの彼女がボソリと呟いたことに、結希は動画から視線を外して彼女を見つめた。


「──どうしたの?」

 

 俯いた横顔からはキュッと閉じた口元しか見えなくて、身体が小さく震え出したことに結希は慌てふためいた。


「え、なになに!? いったいどうしたの……!?」

 

 携帯を手離して彼女の肩に触れようとした時に、彼女はぶつぶつ何かを言いながら起き上がった。

 そして足をベッドから投げ出すように端に座ると、突然声を荒げた。


「あり得ないよ!!」 

「あり得ないって……、何が……」 

「私が近くにいたのに。なんで他の人なの!?」

「……何を、言ってるの……?」


 本当に理解出来なくて、身体を起こす結希の隣で彼女は溜め息をついた。

 

「最悪じゃん。せっかく晴樹さんと連絡先交換したのに、いつの間にか彼女が出来たなんて」

「そ、それって、どう言う意味? 私と付き合ってるでしょ? なのに、まるで晴樹のこと……」

「え、本気で私と付き合ってるつもりだったたんですか?」

「──え?」


 その時、たった一瞬、数秒間だけ、時間の流れが止まった気がした。

 彼女が男性を目で追いかけてることは日常茶飯事で、晴樹と話していても気にかけたことなんてなかった。

 他のイケメン男子に夢中になっていても、それでも私の側にいて、キスだって応えてくれたから。 

 だから最初は冗談かと思ったのに……。

 彼女がベッドから起き上がってテーブルの脚に置かれた鞄を拾う仕草はどこか投げやりで、部屋から出る前に振り返った彼女が結希の様子に気付くと、口角を上げて高らかに笑った。


「えぇ、結希さん本気だったの?」


 彼女が向けてきたのは滑稽なものを見るような嘲笑う表情で、頬が引き攣った。


「……ずっと、遊びだった……?」


 震えた声音が喉から出る。

 彼女の本音なんて聞きたくなかった。

 “彼女は人を騙すようなことはしない”って信じたかったし、今までの態度が嘘だったなんて認めたくなかったから。

 崩れかけている希望に縋る思いで聞けば、彼女はぷっと吹いて、残っていた僅かな期待さえも裏切ってくる。

  

「女の子同士で付き合うなんて本気にするわけないじゃないですか。──あ、もしかして今までキスして来たのも本気で好きだったからなんですか?」


 頭が可笑しくなりそうなくらい耳が痛い。彼女が返してきた質問は遊びだったんだと裏付けるようなものだ。

 ナイフのような鋭利な言葉が結希の心臓を抉るように突き刺さって、口の中では鉄の味が広がっているような苦味を感じた。

 もう目の前に立つ彼女を見ることも出来なくて、ベットの上で座り込んでいた結希は俯いて、握った手にぎゅっと力を込める。


(この子にとって、あたしとのキスはなんだったんだろう……。今までの時間も、ただの遊び感覚だったの……?)


 そう思ったら胸から吐き気が襲ってきて、胃液が逆流しているような熱さが喉に走った。

 熱くなった目頭は指先を押し当てないと、涙が溢れて来そうで、泣いた顔を見られなくない一心でぐっと我慢する。


「……そ、う」

「あれ。もしかして先輩、泣いてるんですか?」


 そう聴こえて来る彼女の心配するような言葉はいつも通りで、やたらと甘く鼓膜に響いて頷きたい衝動に駆られた。

 頭では起きている状況が理解出来ているのに、感情が邪魔をして、今直ぐに嘘だって言って欲しかった。

 頭を撫でて冗談ですよって、いつもの日向みたいな笑顔を向けてくれたらって今でも思う。

 けどそう思っているのは、想ってしまうのは結希だけなのだろう。


「……あ、……あな、たに取っては、同じゼミの、仲の良い先輩なんでしょうね……」  

「へぇ、なぁんだ。分かってるんだぁ。まぁ本気で付き纏われても困るんですけど。ホント同性の結希さんを恋愛対象にするつもりはないですって。冗談キツイですよ」


(あぁ……)


 顔を見なくても彼女から伝わってくる感情はどれも冷めたもので、熱かった胸もスッと冷えるように落ち着いてきた。

 吐き気は相変わらず引いてくれなかったけど、それでも幾分かマシになって、ゆっくりと呼吸が出来る。

 溢れそうだった涙もすっかり鳴りを潜めて、結希は溜め息をついてから、こめかみを揉むようにマッサージをした。


(あぁ、どうしよう。苦しかったのに、あたし彼女と話せる)


 鼓動が少しずつ平常に戻ってしまう。


「ねぇ。何で告白を受け入れたの? キスをした時、どうして何も言わなかったの……?」

「えぇと、告白は単純に友達の延長線みたいなものかと思ってぇ。まぁキスされた時は、もしかしてって思ったけど、今更で断われなかったし。それに晴樹さんの近くにいるのに、結希さんと付き合ってるのは都合良くて。なんかごめんね、先輩」


 悪気なく答える彼女に結希の中の想いが沈静化していった。

 全く気づかなかった、彼女の強かさに。

 相手の好意をこんなにも簡単に踏みにじって、軽々と利用する。そんな子だったことを結希はずっと気づくことが出来なった。


 (あぁ、信じたかったな……)


 普通とは違くても上手くいくのだと思っていたのに、現実はそう簡単じゃないことを知ってしまった。


「けど、ガッカリですよ。連絡先交換まで漕ぎ着けて、せっかく他の女子より仲良くなれたと思ったのに、全然会ってくれないし。そのうえ彼女まで出来たなんて、時間無駄にしたぁ〜」


 そう最後に嘯いて部屋を去っていく彼女の背中を見ながら、遊ばれたことに怒りを覚えるよりも、口の中に広がる苦さで呆然としていた。

 しばらくして玄関先から扉が閉まる音が聞こえてくると、結希はベットの上で倒れた。

 ポロポロと溢れる涙を脱ぐわずに、シーツに顔を押し付ける。

 それから昼夜泣いても気持ちは晴れなくて、失恋の痛みは侵食を広げていった。

 誰かに相談したかったけど、両親は論外だったし、晴樹にも言えない。

 今はまだ、彼女に振られた理由を晴樹に伝えたら責めているように聞こえるだろう。

 彼女の(そんな)ことで友情を壊したくなかった。

 けれど一人だけじゃ消化しきれなくて。

 あても無く街を彷徨って、ふと目に入った歩道橋から道路を眺めていたところを、偶々通り掛かった高鎚さんに拾われたのだ。



 ✽✽✽



 サァァと流れるシャワーのせせらぎに、ぼんやりしていた意識が戻って来てハッとする。

 手短に入浴を済ませると上半身は下着の姿のまま、タオルを首に掛けてキッチンで冷たい水を飲んだ。

 まだ少し気分は悪いが、二日酔いはだいぶ軽くなった気がする。

 後で気分転換に散歩へ行こうと決めた結希は、熱くなった身体が冷めるまでの時間を、映画を見て消費しようとテレビを点けた。



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