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君から貰った花束  作者: 五菜みやみ
三章 酔い想い
11/17

11話


 食事を勧めていると、晴樹が立ち上がって早速部長たちの所へと向かっていた。結希はこれから起きることをひっそりと伺う。

 

「部長、お酌しますよ」

「いい! いい! お前、零すまで入れるだろうが!!」

 

 相変わらずの名物ともなった会話に、吹き出しそうになるのを我慢する。

 隣りの晴樹は「まだ言ってるんですか!」と口を尖らせながら、瓶ビールを注いでいた。

 そんな会話が莉乃の耳にも入っていたらしい。チラリと部長と晴樹を見てから、「あの」と言って結希に視線を送ってきた。


「ハル先輩って以前、部長に何かしたんですか?」

「新入社員の頃に柄にもなく緊張して、お酌で零しただけよ」

「えぇっ、ハル先輩が!?」

「そそ。それを飲み会で揶揄う伝統行事みたいなものね。晴樹も楽しんじゃってるし」

「ユウ先輩はお酌しなかったんですか?」

「したわよぉ。白石さんと黒木さんに。まぁあたしは零さなかったけど、永遠とも云える時間を酔っぱらった各部長の相手をすることになったわ」

 

 あれは地獄だったな、と結希は天井を見上げて未だに覚えている懐かしい記憶に意識を飛ばした。

 あの時は途中で晴樹と麗子が来てくれたから良かったけれど、新入社員に酔っぱらいの相手は僧侶の苦行でしかない。

 良くぞ堪えたと褒めてもらいたいところだ。


「……お酌って、私もした方が良いですかね?」

「平気平気。したい人がすれば良いのよ。あたしと晴樹は当時、気に入られたくてやっただけだから」


 出世欲のあった当時の結希たちは、先輩に強要されてやっていた分けではなく、進んでやっていたに過ぎない。

 あの苦行を成して得たお陰で、“サブリーダー”と云う肩書きを与えられたと思えば、成果は十分にあったと思う。


「だから、おじさんたちに捕まらないためにも他の部門の子と飲んでなさい。せっかくの機会だから他部門の人たちと親交を深めておく方が良いと思うわよ」

「えぇ、話し掛け辛いですよ。先輩は白石さんと黒木さんの所に行くんですか?」

「後でね。先に食事を楽しみたいから」


 そう言って結希は串焼きに手を伸ばした。

 後輩と食事を楽しむのも理由の一つだが、少しでも酔わないようにしているのももう一つの理由だ。

 残念ながら結希の身体はいきなり強い酒を飲めるほど、酒豪体質ではないことを従順承知している。


(酒癖は悪くないと思うけど、奇行に走って後輩に幻滅されるのは嫌だからね。何よりこの可愛い女子たちに囲まれた席と言うのは、男性でなくてもやはり良いものだと思う。そう、この両手に花と言うハーレムタイム。マジ最高!!)


 串を持ってない手をコッソリ握り締める結希に、奏恵が二個目の唐揚げを取り皿に移していた。

 どうやらこのお店の料理がお気に召したようで、幸せそうにかぶり付いている。 

 

「──セーンパイ! ここ、私も混ざって良いですか?」


 後ろから声を掛けて来たのは奏恵の同期で、クロスワード部門の芽衣(めい)だった。

 コップを持っている手や言動はしっかりしていても、既に出来上がっているのか顔が赤く、会社で話す時よりもテンションが高くなっているようだった。

 

「いらっしゃい、芽衣ちゃん。全然オッケーよ」

「ありがとうございます! あれ、先輩はサワーなんですね」

「ビールかと思った?」

「いえ。ビールに限らず結希さんならアルコールが強いお酒でも普通に飲めそうだなと思って」

「普通には飲めないわね。後で沢山飲むから今は押さえているのよ。何か食べる? 串焼き美味しいよ」

「いただきます!」


 急に現れた芽衣に、両手でお酒を飲んでいた莉乃は口を閉じて様子を伺っていた。そんな莉乃の視線に何も気にしてないかのように芽衣は笑い掛ける。


「楽しんでいるところ急にごめんねぇ。クロスワード部門を担当している芽衣と申します。因みに奏恵の同期です」

「うん、不本意ながら」

「不本意て。奏恵、ひどくない?」

「いつものことでしょ」

「はぁ、安定の塩対応はどこでも健在ね」


 芽衣と奏恵の話しに莉乃は笑顔を取り繕うと、芽衣はふと莉乃の顔を覗き込んだ。

 びくびくしながらも、じぃと見られているのを堪えていると、ボソリと芽衣が呟いた。

 

「あなたの肌、とても綺麗ねぇ……」


 突然の褒め言葉にきょとんと呆けていると、莉乃の隣りに座った芽衣はコップを机に置いて、莉乃の頬を包み込む。


「やっぱりコスメ部の女性陣は化粧品の扱いが上手いのね」 

「そ、そんなことないですよぉ……。でも、ありがとうございます。芽衣さんの爪、ジェルネイルですよね。可愛いです」

「可愛いでしょ」


 気付いて貰えたことが嬉しかったのか、見せびらかすように手をかざす芽衣に、やっと警戒心の取れた莉乃が笑った。

 

「本当に可愛いです! お店でやってもらったんですか?」

「そうそう。✽✽駅の近くにある美容院でね──」


 芽衣の話しに結希も加わり話していると、一人、また一人と他部門の後輩たちが集まって来て、エステやパン屋の話しで盛り上がっていた。



 

 話しの切りの良いところで結希は空になったコップを数個持って立ち上がる。


「あ、先輩行っちゃうんですかぁ〜」


 先に気付いたのは芽衣だった。頬をぷっくりと膨らませて惜しむ様子に、思わず微笑む。

 

「拗ねられる前に行ってくるわ。後は若い子で楽しんで」

「先輩も若いのに何言ってるんですかぁ!」 

「帰って来てくれますよね?」


 瞳を潤ませて言う莉乃に思わず手が伸びて頭を撫でる。

 

「もちろん。デザートの時間には帰ってくるわよ」


 渋々「いってらっしゃい」と送り出してくれる二人に軽く手を振ると、お酒が入っても変化のない奏恵は「待ってます」と言って静かに見送ってくれた。

 空コップを店員が出入りする戸の隅に置いてから、白石さんと黒木さんが宴をあげている席に近づいた。



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