27話 咲慧と優月
「優月くん」
そう話しかけてきたのは、加藤咲慧。優月の親友…というべき存在だ。
「あ、咲慧ちゃん、今日もお疲れー」
すると咲慧は顔を渋める。
「優月くん、さっきのソロ大丈夫なの?」
「えっ?」
「夏祭りのソロ」
そう言われると、優月は少し黙り込んだ。
「……いや、難しいなぁ」
「鍵盤なら私もできるよ。教えてあげようか?」
「えっ?咲慧ちゃん、鍵盤できるの?」
「うん。これでもピアノ検定2級だから」
「へぇ」
それって瑠璃よりも凄いのか?そんな疑問がよぎったが、優月は首を横に振る。
「…あとで教えてくれる?」
優月は困ったように言うと、咲慧は「もちろん」と頷いた。
しかし、そこまで心配してくれるとは優しいな、と優月は思った。まるで、ゆなとは対照的な人物に、胸がこそばゆくなった。
最近は、市営コンクールにて演奏する2曲を中心に進めていたが、今日は違うようだ。
「君が♪いた夏は♪」
井土の歌唱に合わせ、トランペットが進む。
現在、演奏している曲は『夏祭り』。夏には定番の一曲だ。某太鼓ゲームからも人気を誇っている。
「打ち上げ…はーなー…」
すると、祭囃子のような賑やかな音が音楽室へ響き渡る。
なぜこの曲を演奏しているか?
それは8月のお盆前に開催される、東藤町盆踊り大会にて、和太鼓クラブ『天龍』と合同演奏をするからだ。祭りの最後には、仕掛け花火を打ち上げるようだ。
市営コンクールから盆踊り大会までは、2週間ほどしか時間がない。そんな事情があるので、今から合奏が始まっている。
トランペットやサックスの祭りを彷彿とさせるメロディーの裏に、ユーフォニアムやチューバの低音が、重厚さを演出する。ちなみに低音2人は、中学からの経験者だ。だからこそ実力は相当なものである。
「はい!少し別々に聴きたいです。まずサックスから」
そう言って、井土は指導を始めた。
「テナー、お願いします」
すると颯佚がテナーサックスを吹く。その演奏は強豪校顔負けのレベルだ。
「次にアルトです!」
「はぁい」
咲慧がアルトサックスを吹く。柔らかな音。彼女は普段ひとりで練習しているのだが、全く問題ない。素質があるんだろうな、と優月は他人ながらに思った。
だからこそ、今後、ぶつかることになる。
翌日。
『待ち続けよう、輪廻の時を慈しむ心に誓って…』
井土の歌唱と共に、『月に叢雲華に風』を合奏し終えると、次は盆踊り大会にて演奏する曲を練習する。
「じゃあ、次は新しい曲やりますよ。炎」
次は『LiSA』の『炎』だ。有名なアニメ映画のエンディングテーマだ。ちなみに優月はこの映画を見た所、ラストシーンが辛くてエンディングまで飛ばした。一方の咲慧は泣いたらしい。
「まず、イントロのビブラフォンをお願いします。鳳月さん」
するとビブラフォンの前に立ったゆなが、ビブラフォンを打つ。ポン…と優しい音。それと同時にフルートの音が混じり合う。
この曲も優月はドラムだ。転調が少ないという理由で、彼にもドラムが回ってきたのだ。
優月はゆっくりとバスドラムを刻む。ド…ドド…とお腹に響く低い音が、前へと飛び出す。しかし経験が未熟なので、ゆなのように上手くは鳴らせない。
「では、サビにいきましょう。ゆゆ、好きなタイミングで」
「は、はい!」
優月は小さく息を吸う。誰にも聞こえない音で。
パシィン!とシンバルの音が響き渡る。そして右に進む譜面に従い、慎重に打ち出す。
ド…パン!ドド…パン!
ハイハットシンバルの細かい音と同時に、スネアドラムの跳ねる音と、バスドラムの切れ良い音が、音に深みを増す。
「はい!大丈夫です!」
しばらくすると、井土が合奏を止める。大丈夫か、優月はひとり呟いた。
「では、月に叢雲華に風をやってみましょうか!」
そうして、優月は再びドラムスティックを構えた。何だか今日はドラムを使うことの方が多いな、と思いながら。
この曲は、井土が歌いながらギターを弾く。指揮は居ないのだが、彼らからしたら皮肉にも日常だ。
「…何だか仕上がってきたなぁ」
そんな優月だが、自分の演奏に満足しきれないでいた。何かが物足りない。技術も少しずつ上がってきたのだが、そこだけでは無い。
ハイハットのオープン・クローズを刻み、曲全体を彩る。
(…何とか、安定してきた気がする)
テンポの安定は、優月自身も克服したと思った。
「はい!大体は良くなってきましたね。じゃあ、今日も細部を見ていくよ」
そう言って、今日も細かい指導が始まった。できるまでの繰り返し。その間、関係ないパートは楽譜を凝視していた。
そんなかんやで、部活が終わる。
今日も優月は咲慧と帰ることにした。
「…今日も疲れたなぁ」
「優月くん、疲れたね」
「ほぉんと」
咲慧と話すのにも慣れてきた優月は、徐々に隠していた感情を出すようになった。
「…てか、ちゃんとソロやった?」
「まだでぇす」
「ちゃんとやんなきゃ駄目でしょ?」
咲慧は子供を注意する親のように言う。優月は、それに驚きながらも、こくりと頷いた。
「ってか、間に合うの?」
しかし、咲慧の説教は始まったばかりのようだ。
「えっ?間に合うって」
「いや、ただでさえ、色んな曲をやんなきゃアカンのに、そんなのんびりしてて」
「あ、や、それは…」
「お前、このままだとできんくなるよ」
咲慧が硬い声でそう言った。それは誰にも言われたく無かった本音だ。
「ごめん…」
「いや、謝れ言うてるわけじゃないよ。ただ、出来ないんなら出来ないって言ってくれればええのに」
「…できません」
優月は根折れする…というより早く、自らの現状を潔く認めた。
「本当に教えようか?去年より数段難しくなってて、ついていけんとちゃう?」
心配の言葉とは裏腹に、表情は鉄仮面のよう。普段の彼女からは考えられないくらいの態度だった。
「…お願いします」
「いいよ」
その時、彼女の長い髪がなびく。その姿は、美麗そのものだったが、今の優月には気付く由もなかった。
「本当に落ちるよ。実力」
「うん。ってか、急に話し方、変わったね」
「ああ、真剣な時になるとそうなるの。お母さんから受け継いだのかな?」
「咲慧ちゃんのお母さん、怖…」
優月が口にしたのは紛れも無い本音だ。
いつもは笑って接してくれる彼女だが、表情を変える。怖いな、と優月は思った。
翌日、そのことを想大に話した。
「加藤さん、優月君のこと、好きなんじゃねぇの?」
「ちょっと、変なこと言わないで。本当、怖かったぁー」
甘い表情をした彼女が、まさか本音をズバズバと言う怖い少女だっただなんて。
「やっぱり、冬馬は変わり者、多いよなぁ。鳳月さんと言い、久遠君と言い…」
想大が他人事のように言う。
「…はぁ。それで教えてもらう事になったんだけど」
「いいじゃん。そのまま付き合っちゃえよ!」
軽口を叩く想大は、咲慧の本性を知らないようだ。優月からしたら、接するのが怖い。
「…はぁ。想大君が思うほど、優しい相手じゃないんだよ」
「…ふぅん」
想大はそう言って、窓の外を見つめた。雷雲いわば遠雷を秘めた灰の塊が、遠くの山を覆っていた。帰るまでに通過すれば良いが。
そんな心配も虚しく、町内には竜巻注意報が発令された。今年だけで何回目だ、と誰もが思いながら部活動が始まった。
灰色の雲と、レモンの果実に泥を塗ったような色の雲の下、運動部は平常通り活動していた。
「ここのミとファは♭付いてるから、ここ打つんだよ」
咲慧は約束通りに優月を指導していた。焦り混じりのグロッケンの音が響く。
「落ち着いて、一呼吸置いてから打つと良いよ」
「うん」
咲慧の言葉には無駄が無かった。
「あ、ここは♭…なのか?」
しかし咲慧にも分からない所はあるらしい。
「ううん。違うと思う」
優月はその度に、教え合い、少しずつ完成へと近づけていく。
「あと、ソロって言えば、夏祭り以外にも…」
その時、咲慧の体がぎゅうと引かれる。そこにいたのは、先ほどまで井土と話していたゆなだった。
「咲慧、何してんの?雑魚に構うな」
言っていることは最悪だが、ただの冗談だ。それを知っている優月は呆れ顔で返す。
「雑魚は酷いなぁー…」
すると咲慧が代弁するようにそう言った。
「…そうだ。咲慧は聞いた?夏祭りは、私と和太鼓やるって」
「えっ?知らないよ」
突然、咲慧が驚いたように目を丸める。しかしゆなは何も気にしない。
「なんか、当日来る天龍の人数が少ないから、太鼓できるならやれーって」
ゆなは閉じた手をパッと開く。
「…えっ?じゃあ、私のサックスは?」
「なっつんに任せなってことで、和太鼓を出すのを手伝ってー」
「い、痛いよ!ゆなちゃん!!」
「あ、ゆゆはドラムやってって。それとオプクロ追加で〜」
突然の事態に優月はやや驚く。そんな中、注文するようにゆなが言う間にも、咲慧が呻く。これでこそいつもの咲慧だ。と優月は思った。
しかし、その考えは甘かったと知ることになる。
その頃。
「…明日、部活に行く」
箏馬は家で、ひとり決意していた。
「諸行無常。この世のすべては…夢幻なり」
遠雷が響く中、箏馬は調理に使う包丁を手にした。
ついに…箏馬が動き出す。
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[次回]
『月に叢雲華に風』
歌詞と重なる主人公。 歌詞の本当の意味。
お楽しみに!




