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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
挫折する主人公 市営コンクール始動編
97/208

26話 夏へ向けて

いよいよ7月へと突入した。結局、箏馬どころか、ゆなも休みが続いた。

「…あ、来てる」

それから少し経った日、ゆなが音楽室にいた。コホコホと咳をしている。冷房に当たって風邪を引いたと聞いていたが、本当なのだろうか?

優月は、つい疑ってしまった。マスクをしていないものの、ゆなの表情はいつもより沈んでいた。

「…鳳月さん、大丈夫なの?」

優月はゆなに訊ねる。顔色が悪そうだ。

「ああ、大丈夫」

そう言って、ゆなは黙り込んだ。手元のスマホゲームに夢中な彼女には、何を心配しても無駄だ。優月は放っておくことにした。

しかし、彼の心配は現実のものになってしまう。


ー合奏中ー

ドッドコン!タムタムの音が乱れる。

「おっ、鳳月さん」

井土が途中で合奏を止める。

「大丈夫?」

心配そうに訊ねる。それにゆなは頷いた。

「迷惑かけるわけにもいかないんで、大丈夫です」

「そう?無理しないでね」

「うん」

しかし、いつになく、ゆなは愛想が悪い。本当に体調が悪そうだ。

「…ふぅ」

管楽器の指導が始まると、ゆなは再びゲームを始めた。彼女の視界にはスマホの画面だけ。その中で自らが操るキャラクターが慌ただしく右往左往している。

『…ゆなは上手いわねぇ』

しかし、唐突に嫌らしい声が鼓膜を突き抜ける。

「!?」

その時、ゆなは目の前を見つめる。しかし井土が真剣な表情で指導しているだけだった。

「今の」

ゆなは、先程聞こえた声に水面を揺らぐ魚のように、瞳を大きく震わせた。

「それじゃあ、鳳月さんとゆゆと合わせて、もう一度!」

『はい!』

結局、この日はゆなは珍しくミスを連発した。


ーその頃、茂華町ー

「…えぇ!凪咲、夏祭りに来られないの?」

「仕方ないでしょ。今年は人数難でお囃子やれって言われたんだから」

「だから、最近、一緒に帰ってくれなかったんだね」

「そういえば、末次君も囃子の方に行くらしいよ」

「うん。知ってる〜」

「瑠璃の方は誘われないの?」

「誘われたよ〜。断ってるだけ。毎年、妹がお囃子の方に行ってるから、私は行かない」

「どうして行かないの?」

凪咲は気になったように訊ねる。すると瑠璃は仕方なさそうに笑う。

「…そりゃ、優愛お姉ちゃんと夏祭り、行きたかったから」

「…そういえばそうだったね」

凪咲は優愛の顔を思い出した。確かに、瑠璃は優愛にベッタリだった。

「瑠璃、今年は夏祭り、小林先輩と行くの?」

「…いやぁ。周りの目もあるし、想大くんは優月先輩と行くだろうから、私はさっちゃんと行こうかなぁ」

「そっか」

「今のところはね」

瑠璃はそれだけ言って、夕焼けの空を見上げた。

凪咲も優愛も来ない。どうしようか?瑠璃は少し迷った。いっそ、凪咲とお囃子に参加しようか?

そうよぎったその時、メールの通知音が鳴る。想大からだった。なんだろう、と瑠璃は肩を下ろした。

「んっ?誰から?」

すると凪咲が、瑠璃の方を見る。

「いや、想大くんから」

「えっ?」

「いや、夏祭り、どうするかって」

「一緒に行けばいいじゃん」

凪咲はそう言って、ポンと肩を叩くと足を止める。

「…で、どうするの?」

するとスマホから指を離した瑠璃がこちらを見る。

「夏祭り、お囃子に行こっかなぁ」

その言葉が、瑠璃と想大の結果を物語っていた。

「じゃあ、明日行こう!久城さんと」

「え、いいよ」

そうして、瑠璃は囃子見学に行くことが決定した。


翌日。個人練習前に、瑠璃は誰かに話しかける。

「…ねぇ、美心乃ちゃん」

「あ、瑠璃ちゃん」

そう言って、振り返った人物は、久城(くじょう)美心乃(みこの)

「あの、私、お囃子の見学したいんだけど」

「えっ?彼氏とは行かないの?」

「それが、想大くんは友達と行くって。だから私、今年は誰とも行けなくて」

「それで?」

「良かったら私もやりたいなって」

「いいよ。瑠璃ちゃんがいたら千人力だし」

そう言って美心乃は笑った。

「ありがとう。オーボエ、頑張ってね」

その時、彼女の瞳が剣呑なものに変わる。

「久城のオーボエ、その名も『エリンジウム』」

そう言って、真っ黒なオーボエを手にした。それは美心乃の所有物。因みに彼女の実力は、去年に卒業したオーボエパートのリーダー、新村久奈からの折り紙付きだ。演奏中の集中力が凄まじいらしい。それでも去年は久奈がオーボエソロを務めたのだが。

「じゃね」

「ありがとー」

美心乃が去ると、瑠璃は音楽室の方を向く。

「…さてと、やりますか。ティンパニ」

そう言って瑠璃は、ティンパニの佇む音楽室へと歩き出した。

こうして、夏へ向けて茂華中学校も動き出した。

ティンパニを初めて早2週間。やはり全然叩いていなかったので、コツを掴むまでに時間がかかる。

「うぅ、難しい」

瑠璃はマレットを小さく振る。すると空気の振動が窓を震わせる。

「古叢井さん」

その時、女性が話しかけてきた。

「あ、中北先生…」

その女性は中北楓。この吹奏楽部の副顧問だ。人当たりが良く優しいので、男女問わず生徒から人気だ。

「…古叢井さん、少しチューニングがズレてますね。もう少しペダルを踏んでくれる?」

「はい」

瑠璃は頷くと、シューズの踵から体重を乗せ、ペダルの高度を下げる。

「ストップ!それが丁度いいです」

「ありがとうございます」

「あとは、分からない所とかはある?」

「あ、じゃあ、この連符なんですけれど…」

そうして、30分ほど瑠璃は、中北からティンパニの指導を受けていた。


ー30分後ー

「はぁー」

疲れた瑠璃は壁にもたれかかる。身体がガチガチだ、と呟くと「お疲れ様」と中北は声を掛けた。

「そういえば…」

瑠璃の疲れ切った顔を見て、中北は話しを変える。

「夏祭りは誰かと行くの?伊崎さん?」

「いえ。凪咲は、人数難だからって、お囃子の手伝いに行くみたいなので」

すると中北はカラカラと笑った。

「まぁ、最近はお囃子とかやる子減ってるもんね」

「そうなんですか?」

瑠璃はよく分からなくて首を斜めに傾ける。

「うん。私が子供の頃は、沢山いたんだけれどねぇ」

懐かしむように言う彼女を見て、瑠璃はふぅん、と感心した。

「…だから、誰と行こうかな?って」

「えぇ。伊崎さんとお囃子すれば良いじゃない」

やはりそう言うか、瑠璃は心の中で絶叫した。

「…だから今日の放課後、見に行くんですよ」

「おっ!いいじゃん♪」

中北がそう言うと、音楽室にぞろぞろと人が入ってきた。瑠璃は中北から教わった内容を反芻しながら、埋まりゆく音楽室を見守った。

「それでは、まず、フルートからやってみましょう」

笠松がそう指示をする。すると、数人の生徒がフルートを構える。

「音は泡沫(うたかた)、音楽室はまほろば。吹けること故、無上の悦びよ」

鈴衛音織はそう言って、細い指をフルートへ絡める。美しいその姿も相まって、その言葉は真剣な響きへ変わる。

「今日も凄く難しいこと言ってますね」

秀麟が瑠璃にそう言うと、瑠璃はふふ、と苦笑した。

「まぁ、音織は元々そういう子だから」

それだけ言って彼女は黙り込む。するとフルートの音だけが、辺りの音を支配する。

「はい、鈴衛さん以外でもう1回」

『はい!』

いつもと同じ光景。普段は厨二病臭いと言われる音織でも、フルートの実力はかなりのもの。前部長の香坂とほぼ同じ実力の彼女の実力は相当なものだ。

「…さて、次はオーボエですね。久城さんと大貫さん、お願いします」

『はい!』

美心乃のオーボエも相当なものだ。自らのオーボエを『エリンジウム』と名付け、ずっと練習をしている彼女の実力は、笠松ですら一目置く。

全日本吹奏楽コンクールへ進むべく、茂華中学校吹奏楽部は邁進している。


そして、部活が終わると、瑠璃は、凪咲、音織、美心乃に連れられ、囃子見学へ向かった。

「この面子、修学旅行でも一緒だったよね!?」

美心乃が興奮するように訊ねると、3人は頷いた。

「本当だ!」

「誇るべき因果。良きかな。良きかな」

「全くー」


今年は違う夏祭り。

そして夏祭りは思わぬ方向へと結末を迎える。


ありがとうございました!

良ければ、

ポイント、リアクション、ブックマーク、感想

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【次回】

小倉 グロッケンのソロに引っ掛かる&咲慧の恐ろしき本性…


お楽しみに!

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