20話 自由曲決定
《茂華中学校吹奏楽部員 3年生》
古叢井瑠璃
主人公。打楽器パートリーダー。皮楽器が好き。
伊崎凪咲
クラリネットパートリーダー。瑠璃の親友。
矢野雄成
部長兼トランペットパートリーダー。冷たくスパルタ。
鈴衛音織
副部長兼フルートパートリーダー。変な話し方をする。
坂井澪子
トランペット。雄成をコントロールしている。
《2年生》
指原希良凛…瑠璃の後輩。小物楽器が得意。
《1年生》
末次秀麟…打楽器パート。小学校からの経験者。
《顧問》
笠松明菜…顧問。優しくも厳しい。
中北楓…副顧問。優しく気さくなので生徒から人気。
「…ふふっ」
嬉しそうに瑠璃が笑みを零す。
「どうしたの?」
そんな彼女に凪咲が覗き込む。すると瑠璃が赤らめた頬を更に深める。
「いや、想大くんから、元気?って」
「ふーん。彼氏か」
そう言って凪咲は苦笑いした。
「…てか、まだ付き合ってたんだ。半年は経つよね?」
「うん。そりゃ、好きだもん」
瑠璃がそう言って笑った。彼女と出会った時の瑠璃とは、全く違っていた。
『なに?』
『凪咲ちゃん、良かったら、一緒に帰ろう』
こんな言葉を暗い表情で言う少女だった。人は変わるものだな、と凪咲は思った。
音楽室に入ると、ふたりは雰囲気の異変に気付く。
「ねぇ、なんか雰囲気暗くない?」
凪咲が言うと「だねぇ」と瑠璃も同意する。
その目線の先には、ひとりの少年。彼は矢野雄成。現吹奏楽部部長兼、トランペットパートリーダーだ。そんな彼の放つ雰囲気は、どんよりと重い、ならば良かったのだが、重厚な分かりやすく言えば高級感さえ感じる覇気を纏っていた。
「ちょっと、矢野!」
凪咲が矢野へと歩み寄る。
「伊崎か。どうかしたか?」
彼は開口一番こう言った。あまりの仏頂面に凪咲の方がワナワナと震える。
「どうかした?じゃないの。凄い怖いんですけど」
「怖いって、何のことだ?ミスをすることか?」
凪咲に言われようと、硬い表情は崩さない。これなら前部長の香坂の方が良かった、凪咲は心から思った。
「…ミスしたら怒るアンタのほうが怖い」
渋々彼女が言うと、矢野の瞳にギラリとした何かが宿る。
「そりゃそうだろ?ルーズばっかで全国大会に行けるのか?」
「…厳しすぎても行けないよ!!」
その時、瑠璃が入り込んできた。普段は自分に全く話さない彼女が、話しかけたことで効いたのか、矢野は少々面食らう。
「…古叢井。お前に何が分かる?」
「…うっ」
瑠璃は、彼の凍りついた視線に、思わず視線を逸らす。優愛や香坂たちとは真逆の冷たい眼差し。
「ちょっと!瑠璃にまで、そんな態度取らないでよ!」
「別に勝手に入ってきたから、そのまま返してやっただけだ。会話の意味も理解しない人間が、急に突っ込むな」
「分かってないのはアンタでしょ」
その時、音織が澪子を引き連れてくる。
「坂井!奴ら勝手なことを」
「その言葉、今、使うものじゃなぁい」
澪子の表情を見るにヤレヤレと言った様子だ。
「ちょっと、後輩の前で喧嘩しなぁい」
「してません」
矢野はそう言って、楽器室に入って行った。
しばらくすると、凪咲が澪子に歩み寄る。
「ねぇ、矢野がコレで本当に大丈夫なの?」
「私も先生も注意はしてるんだけど。部長だからって」
部長権限とは厄介な、と音織が言う。それに瑠璃も頷いた。
楽器室に入った瑠璃は、小さく溜め息をついた。
「間違いなく、雄聖の天下になってる。技術が上がっても、これじゃあ…」
と悩む彼女に、誰かが肩を叩く。
「ん?」
「先輩、何悩んでるんですか?」
その人物は指原希良凛。
「さっちゃん。雄成のこと。本当に困ったなぁって」
「それ、海咲ちゃんも言ってました。ユーフォニアムの」
「2年生だよね?」
学年伝いまで広がってるのはマズイ、瑠璃はそう思った。だが、自分は顧問でも、部長でも副部長でも無い。彼のスパルタ教育を自分が止められるわけが無い、と諦めるしか無かった。
「トランペットもギスギスしてるみたいですよー」
「はぁ。横堀先輩いた時は穏やかだったのに」
「ホントですよー。未久先輩、優しかったなぁ」
遠い過去を見る彼女の目は、どこか物憂げだった。
「でも、過去は変えられ…」
その時、瑠璃が、希良凛の頭に手を置く。
「過去を変えてどうするの?」
「あっ、そうだった」
「未来を変えなきゃ」
「はーい。練習してきまーす」
瑠璃の元を離れた希良凛を見て、瑠璃は穏やかに笑った。1年前の自分みたいだ、と。
「瑠璃お姉さん、今日は自由曲が配られるみたいですよ」
そんな瞬迅は一瞬で掻き消される。今度は1年生の末次秀麟が話しかけてきた。
「自由曲?コンクールの?」
「そうです」
「あ、そっか。秀麟君は笠松先生の担任か」
「はい」
今年の自由曲は何だろう?瑠璃は思った。内心、鍵盤ばかりでなければ良いが。
その数分後、笠松が部員を招集した。
「みなさん、こんにちは」
『こんにちは!』
そう部員が返すと、彼女はにこりと笑う。
「今日は楽譜を配ります。いいですか」
『はい!』
確認が済むと、笠松は大量と言い難い量の楽譜を出した。
そうして楽譜が配られた。
「この曲…」
曲名を見て、希良凛が目を丸めた。
「知ってる曲なの?」
瑠璃が訊ねると、はいと頷いた。
「…マードックからの最後の手紙。3年くらい前に、御浦中学校がやってたので」
「へぇ」
希良凛は元々御浦市に住んでいた。だが、中学校進学と同時に引っ越してきたのだ。
「知名度が少ないみたいなんですよね」
「そうなんだぁ」
瑠璃は、吹部歴3年だが、未だ曲には詳しくない。
「少し難しい曲ですが、頑張りましょう。それではパート練習を始めてください」
笠松の言葉を最後に、皆は解散。パート練習へと移った。
「そういえば先輩、修学旅行って来月ですか?」
楽器を決めようとした瑠璃に、秀麟が話しかける。
「えっ?どうしたの?急に」
「いや、凄く気になりまして」
秀麟の表情を見るに、その言葉は嘘では無さそうだ。
「来月かなぁ。確か、京都だっけね」
瑠璃はそれぞれの楽譜をまとめる。
「いいなぁ」
秀麟が羨ましそうに言うと、希良凛も「いいですねぇ」と便乗する。
「いやぁ、さっちゃんと秀麟君だって3年生になれば行けるよ」
瑠璃が諭すように言う。その時、丁度手元の楽譜の整理を終えた。
修学旅行か、と瑠璃は口の中でその言葉を転がす。それが終わればコンクール、そう考えると自然と溜め息が溢れた。
「…難しいですねぇ」
フルートパートの教室では、音織が顔を沈めて楽譜を見る。沢山の音符。果たして吹き切れるまでにどれくらいの時間がかかるのか。
半月でできれば良いな、そうごちりながら、フルートを構えた。
「先輩、ここの譜読みが、分かんないです」
「初手から分からぬとは。良いだろう、来い」
「あ、はい」
1年生に対しても、彼女の変わった口調が乱れることは無い。そうして各パート、自由曲の練習が始まった。
だが、打楽器パートは未だ修学旅行の話をしていた。しまいには、お土産は何が良いとリクエストする所まで行った。
「先輩、八ツ橋っていろんな味があるの知ってますか?」
「えっ?友達から聞いたことある」
その時、瑠璃の背後に誰かが現れる。
「古叢井さん」
「笠松先生」
それは笠松だった。無関係な話をしていたふたりもすぐに口をつぐんだ。
「もう楽器は決めましたか?」
「あ、いえ、楽譜の整理をしていたのでまだです。すみません」
すると笠松がにこりと笑う。
「今回は古叢井さんが中心になって決めてもいいですよ。最後ですし」
その言葉には絶対的な瑠璃への信用、その中には優しさが隠されていた。
「は、はい」
瑠璃はやや面食らいながらも頷いた。
「では、今日は合奏をしませんので、ごゆっくり」
そう言って、彼女は霞のように消えた。
「…決めるか」
瑠璃は数枚の楽譜を手に取る。
「えっと、一応聞くけど、やってみたいっていうか、得意な楽器はある?」
「…えっ」
すると希良凛がふふっと笑う。
「どうしたの?」
「瑠璃先輩こそやりたい楽器はないんですか?」
「えっ…?私はいいよ」
本音が顔にも言葉にも出ないように言う。
「…じゃあ」
希良凛はトライアングルなどの楽譜を手に取る。
「去年もこれやったので」
と彼女は満足げに笑う。
「瑠璃お姉ちゃん、本当にやりたい楽器は無いんですか?」
だが、秀麟は言葉を返す。
「…本当はね」
瑠璃は怖かった。
2年前のティンパニ破壊事件。それが瑠璃の世界を変えた。ティンパニを破壊してから、鍵盤しか出来なくなった。いや、正確にはアンサンブルコンテスト以外の曲は、ほとんどグロッケンやビブラフォンだった。そんな過去がありながら、再びティンパニを選ぶ。
それは瑠璃にとっては、とても怖かった。
「…ティンパニやりたい」
瑠璃がそう言うと、ふたりは何も言わなくなった。瑠璃は黙って希良凛の方を見る。
「…いいかな?」
声は掠れ掠れだ。
「全然いいと思いますけど」
その時、秀麟があっけらかんとした様子でそう言った。
「…てか僕自身、瑠璃先輩はティンパニが良いと思いますけど」
「えっ?」
「私もそう思いますよー」
そのふたりの言葉は瑠璃の背中を押す。
「…分かった。ありがとう」
2年前のトラウマを乗り越える。そうした時、茂華中学校吹奏楽部に強さがもたらされるのだ。
ありがとうございました!
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【特報!!!!!】
ぜっっったいに聞いてほしい情報があります!
6月28日付けで吹奏万華鏡の公式ページを作成しました!重要なのはこの後です!
なんと、今回の話に出てきた『修学旅行編』が投稿されます!普段の吹奏楽の世界とはまた違う物語を楽しんでくれると嬉しいです!!
是非、#吹奏万華鏡♪公式ページ へ!!
以上、幻想奏創造団からでした!




