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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
[1年生編]入部&春isポップン祭り編
9/172

古叢井瑠璃の涙の章 

演奏の描写の際、オノマトペが使われることがあります。ご了承下さい。


※また、今回から回想と日常シーンが交差します。

回想シーンの会話は『 』が使われます。

ご注意下さい。


この物語はフィクションです。

人物、学校名は全て架空のものです。

私にはいつもそうだ。

『瑠璃ちゃん、今回もグロッケン頼むねー』

先輩は、嫌なことを押し付けるかのように、私に鍵盤楽器を押し付けてくる。

それが、嫌だった― 

私は、鍵盤だけをやりたくて吹奏楽部に入ったわけじゃないのに…。

憧れの優愛先輩と同じ楽器を演奏したいのに―

声は、出してもすぐに消えていった…。



現在。

ツツ…とイヤホンから音が漏れる。

ここは、私鉄の電車の中だ。

「…はぁー…」

高校1年生の小倉優月は、つい先程まで、部活の練習をしていた。

「…楽器に名前かー」

優月は独りごちる。

優月がそう言うと、同時、聴いていた曲が終わってしまった。曲と曲のつなぎ目は、なんだか孤独に感じる。

「…あ」

その時、SNSの通知が画面の頭上に表情される。

[Yu-a My'Melody]

親友の優愛の投稿をタップする。

「…あぁ」

榊澤優愛(さかきさわゆあ)は、優月の後輩兼親友の女の子だ。

「…取り敢えず、いいねしとくか…」

投稿された内容は、自らの指にネイルチップを付ける、という思春期の女の子なら必ずやりそうなものだった。

しかし彼にとっては、あまり興味はない。

それでも、親友として、いいねはしておくべきかな…と毎回いいねをしているのだ。

すると、メールの、通知がいくつも来ていることに気が付いた。

「…誰からよ?」

優月は指で、メールのアイコンをタップする。

「あっ!」

相手は、家族からだった。

(…やべぇやべぇ)

気づかなかった。

[ゆづき、送りとか、大丈夫?]

相手は父からだった。

「はいはい…」

優月は、画面に指を走らせる。

[あとで日程表、撮って送ります]

返信した彼は、スマホをシートに置く。

疲れた…。



翌日、顧問の井土が優月たちに本番の日程についての連絡を呼び掛ける。

「…はい!日程表を見た人は分かると思いますが今回は他校の子と合同で2曲、演奏します」

はっ!忘れてた!と優月は独り口をポカンと開ける。

「…確か、茂華中と…」

昨日も帰りに話していた気がしたが、何故かすっかり忘れていた。


恐らく昨日、例の会話が気になったからだろう。

『最近は、あの男に付きまとわれてない?』

『半年は、何もなかったし、大丈夫だよ』

フルート担当の初芽結羽香とトロンボーン担当の明作茉莉沙の会話だ。

茉莉沙は誰かにストーカーされているのか、と偶然聞いてしまった優月は気になっていたのだ。

しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。


「今回も茂華中学校と冬馬高校の人たちが一緒に、演奏に来てくれます。くれぐれも失礼の無いようにお願いしますね〜」

井土がそう言って、訝しげに部員を見回した。

「先生、なんすか?」

チューバ担当の朝日奈向太郎が、彼の不信に満ちた目を見て言う。

「それって、私のこと言ってますか?」

パーカッションパートの鳳月ゆなも、堪らずそう訊ねる。

それを聞いた優月と颯佚が「言ってるね」と突っ込んだ。

「…オリオンはいいとして、鳳月さんは、正直過ぎますからね…。それ故心配です」

それを聞いたゆなは不満そうに言う。

「悪かったわね…」

すると、彼は間髪入れずに、

「レミリン、ちゃんと面倒見てくださいねー」

と言って、ゆなと美心の方を見た。

「…ちょっ…!私のこと、奏音のホルンの愛称で呼称しないでください!」

そう言ったのは、同じパーカッションパートの田中美心だ。

どうやら、向太郎の『楽器に名前をつける風習』は伝染しているようだ。

「ああ、間違えた…」

井土はそう言って、ばつが、悪そうに笑った。

その姿が優月には、わざとらしいな、と見えた。



その頃、茂華中学校。

「タタタンタン!」

榊澤優愛がスティックを、小太鼓(スネアドラム)の縁に打ちつける。

カカカンカン!

と、鋭い音がした。

「…瑠璃ちゃん、やってみて」

「うん」

古叢井瑠璃(こむらいるり)は、言われた通りに、腕一杯にスティックを振る。

パパパンパンッ!!

と空気を震わせるような音が響く。

「瑠璃ちゃん、和太鼓じゃないんだから、そんなに叩きつけなくても良いんだよ」

優愛が、苦笑しながらそう言った。

「…よく分かんない」

その言葉に、瑠璃は投げ出すように言う。

「…う、うーん…」

優愛は目を細めて、彼女を見る。

「ちょっと、譲って」

そう言って、優愛はドラムセットにスティックを構える。

「よーく、見てて」

「うん」

優愛は、手首に込めた力を一瞬で、脱力させる。

そして、手首から落ちるように,スティックが皮を震わせる。その反動でスティックが跳ね上がる。

タタタンタン!!

すると、音が1つの固まりとして、空気を張るような音が響き渡る。

「…す、すごいっ」

それと同時、ズルい…とさえ思ってしまった。

優愛にばかり、太鼓を任せられる。だからこそ、ここまで差が開いてしまったのかな…と。

「…できそう」

すると、瑠璃が笑いながら

「おねーちゃん、舐めすぎだよ!」

と叫んだ。

「…ご、ごめん」

優愛が謝ると、瑠璃は自棄になったようにスネアを連打し始めた。先程よりは穏やかな打ち方だ。

優愛は知っている。瑠璃がこの部活に不満を持っていたことを。



合奏の休み時間、瑠璃に部長の香坂白夜が話しかける。

「瑠璃ちゃん、ドラム、上手になったね」

「…そりゃあ、おねーちゃんに、沢山教わったからですね…」

「優愛ちゃんのこと、本当に好きですね…」

香坂がそう言うと、瑠璃は「はい!」と返事をした。

優愛を『おねーちゃん』と呼ぶ理由が2つある。1つは瑠璃が転校してきて、すぐのことだった。


1年前の春…

彼女は小学校までは別の場所に住んでいたのかだが中学校に上がる時に、この茂華中学校に転校してきたのだ。

『古叢井…って、何て呼ぶの?』

『…こ、こむらい…だよ』

『へぇ…。ダサ…』

『…そ、そうかな。だったら、るりって呼んで』

『うん』

(可愛いからって調子乗るなよ…)

女の子は、内心そう思いながら、去って行った。

転校生の彼女は友達もいないので、部活動見学は1人で歩き回っていた。

そして、疲れてしまった彼女は、室内のベンチへ腰掛けた。

その時に、話しかけてきてくれた人物が榊澤優愛だった。


音楽室で打楽器を体験した瑠璃は優愛に話しかける。

『…こむらい…るりって言うんだ』

優愛がそう言うと、『うん』と頷いた。

『いい名前だね』

『…えっ?ほんと?』

『…ほんとう。瑠璃ちゃん、吹奏楽部に入ってほしいなぁ…』

その言葉は嬉しかった。

『…じゃあ、私、ふたつ、お願いがあるの!』

それを聞いて優愛が『何?』と目を細める。

『…優愛先輩のこと、おねーちゃんって呼んでもいい?』

『…おねーちゃん…。いいよ』

優愛が快く了承する。すると、瑠璃の目が爛々と輝く。

『…あとひとつ…なんだけどね…、私、太鼓を沢山やりたい』

『…何?楽しかったの?』

優愛がケラケラと笑いながらそう訊ねると瑠璃は満面の笑顔で『うん!』と笑う。

そこまで言う人は初めてだ、と優愛は微笑む。

『いいよ。できそうなやつは回してあげる』

すると瑠璃は『やったぁ!』と両手を挙げる。

内気な少女だと思っていた優愛は『わっ!』と驚いた。


という経緯で優愛と太鼓を叩きたい理由で吹奏楽部に入った。

その後、明るい彼女に伝染したかのように明るくなったのだ。

そして1番の理由は、あの事件にある。

瑠璃は、コンクールに向けてティンパニを叩いていた。

優愛は、先生と話していて不在だった。

瑠璃は、腕いっぱいに、マレットを振り下ろす。

ドドドドドド…

強烈な音圧が、窓を震わせる。

その時だった。

『ギュッとしてドーン』

トガッ!と何かが破裂したような音が耳をつん裂く。ビクリと震えながらも手元をみると、ティンパニの皮が破れていたのだ。

それをみた優愛は顧問の笠松と息を呑んだ。

『こ、これで、3枚目…』

笠松がそう言うと優愛が『はい…』と困ったように頷いた。


それ以降、太鼓類をやらせてもらえることは、めっきりなくなり、皮肉なことに、いつの間にか鍵盤楽器の方が上手くなっていた。


『はぁ…』

"Vibraphone"と書かれた楽譜を見て、瑠璃はため息をつく。優愛とお揃いの黒い楽譜入れには、鍵盤楽器の楽譜しか無い。 

「ビブラフォン…か」 

最近、これしか渡されていない気がする。

『太鼓とかやりたいなぁ』

それに引き換え、優愛は、小太鼓(スネアドラム)やティンパニ、ドラム等、瑠璃がやりたがっていた楽器ばかりだった。


そんなある日、廊下で瑠璃は、こんな会話を耳にしてしまった。

『…やっぱり、新しい子1人、パーカスに入れたほうが良いですかね』

顧問の笠松がそう言うと、副顧問の中北も 

『…かもしれませんね』

と言った。

『鍵盤楽器は、古叢井さんに任せるとして…榊澤さんに負担が多そうですし…』

笠松がそう言った瞬間、瑠璃は何かに殴られたかのような強いショックを受ける。

自分のことは、忘れられているのか?


その日の個人練習時間。

優愛が小太鼓(スネアドラム)を演奏し終えると、隣に瑠璃が居ないことに気付く。

『あれ?』

瑠璃は嫌々ながらも、優愛が大好きだという理由でいつも一緒にいる。

何かあったのか?と優愛が音楽室を見渡すも、中北ひとりだった。

『中北ちゃん先生、瑠璃ちゃん、見ませんでしたか?』

すると中北は首を横に振り『見てないね…』と心配そうに言う。

瑠璃を捜しに、優愛が音楽室の隣にある楽器室に入る。

『瑠璃ちゃーん…』

その時だった

『う…う…っ』

嗚咽が聴こえた。この声は、瑠璃のものだとすぐに気が付いた。

『瑠璃ちゃん…』

次に名前を呼んだ時には、彼女の元気さは、しぼんでいた。

楽器のない薄暗い空間。そこで瑠璃は腕に顔を沈めて泣いていた。

『…だ、大丈夫…!?どこか痛い!?』

優愛は咄嗟に駆け寄り、瑠璃の肩を優しく叩く。

『…お…おねえ…ちゃん……。ううっ…』

彼女の瞳は自身の涙で歪み、体を震わせていた。あの元気な彼女が、ここまで泣くとは、余程のことがあるのだろう、と優愛は思う。

『…待っててね』

そう言って、優愛は、音楽室へと戻って行く。

『中北先生!瑠璃ちゃん、体調悪そうなので、保健室に連れていきます!』

優愛の剣幕に『ええ…』と中北は狼狽の声を上げる。 

優愛は、瑠璃の肩を持つと、中北に言う。

『…私1人で、大丈夫なので…笠松先生に言っておいてください…』 

優愛はそう言って、瑠璃を保健室に連れて行った。


保健室の先生に話しを通した優愛は、瑠璃をベットに寝かせる。

『…大丈夫?』

優愛が訊く。

『私…部活辞めたい』

すると優愛が悲しそうに目を細める。

『何か、あった?』

すると、瑠璃がこくりと頷いた。

『先生がね…言ってたんだ。来年入ってきた子にパーカスやらせるって…』

『…もしかして、太鼓やらせてもらえないことに不満を持ってる?』

そう彼女が訊ねると、彼女が首を縦に振る。

『…私、鍵盤やりたくて、入ったわけじゃないのに…』

すると優愛が

『それは、仕方ないよ。吹奏楽なんだから』

と宥めるように言った。

その時、瑠璃の顔が真っ赤になる。

『…おねーちゃんに、何がわかるの!?』

『…!』

『私がやりたい楽器をやらせてもらえなくて…どれだけ悔しかったか。どれだけ辛かったか…』

『…うん』

優愛はその一言に、出そうとした言葉を沈める。

『…辛かった…の?』

優愛がそう訊ねると、瑠璃はハッ!としたように瞳孔を大きく開かせる。

『ご…ごめんなさい…。私…』

『不満があるんだね』

『うん…。私もおねーちゃんと同じ楽器をやりたいのに…』

『そっか』

こう言うことしかできなかった。

『ごめんね』

こう謝るしかできなかった。

今まで、笑って交わしてくれた彼女がここまで辛かったんだとは。

『…でもね』

その時、優愛の目が、鋭くなる。

『…最後にそれを決めるのは、笠松先生たちじゃないんだよ』

『…え?』

『私たちが決める、いや決めなくちゃいけないの!!』

その言葉に瑠璃が『本当?』と訊く。

『本当だよ。それにその未来を変えるのなら、瑠璃ちゃんも変わらなくちゃいけない』

それを聞いた瑠璃は枕に顔を蹲る。

『…辛かったよね。私のせいで…。私がバカな先輩だったせいで…』

優愛がそう言って、瑠璃の頭を撫でる。

『…ううん。私が悪いの』

すると瑠璃がそう言って顔を上げた。

『おねーちゃん、ごめんなさい。私、言い過ぎた…』

『…そう』

優愛はそう言って、瑠璃の頬に伝う涙を,指で拭う。

『分かった…。私、先生に、太鼓やらせてもらえるように頼んどくよ』

『あ、ありが…とう…』

『言ってくれて、ありがとね』

すると、瑠璃は優愛にしがみついた。

『…うん』

自分の我儘に寄り添ってくれる優愛が先輩で本当に良かった…と瑠璃は思った。


現在。

その日の帰り道、学校の外のベンチに腰掛けながら優愛はそう言った。

「部活に入った理由…教えてくれたよね」

瑠璃が驚いたように「えっ?」と言う。


その時、優愛が誰にも見せないような笑顔を見せる。

「…太鼓、できるように、頑張ろう」

その言葉は、瑠璃の胸に深く突き刺さった。

「うん!!」

こう言われ、瑠璃は改めて思った。

この人が、私の先輩で良かった…と。


そして、本番に向けての物語が始まる。

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