18話 楽譜配り
優月は物心つく前、バケツを太鼓代わりにして遊んでいた。しかしその技術は子供離れしていた。
しかし彼にとってこの『記憶』は拒絶すべきものだった。
「あ~、死にたい」
優月はそう言って、数学のテストの解答用紙を受け取る。
「小倉君、大丈夫ですか?」
その時、鎌崎の不安そうな声が聞こえてくる。
「えっ、あっ、失礼しました!大丈夫です」
優月は恥ずかしそうに、解答用紙を受け取ると、机へと広げた。
(はぁ…、ずっと拒絶してた記憶が…)
優月は心の中でぶつぶつと呟きながら、解答用紙を見る。
38点、赤い文字でそう書かれていた。
「やったぁ!赤点回避っ!」
優月がそう言うと、咲慧がこちらへ話しかけてきた。
「赤点回避とは優秀ですな」
と言った彼女の点数は64点。そっちが優秀だろ、と優月は一瞬突っ込みたくなったが我慢した。
優月は小学校上級生の頃から、数学いわゆる算数が苦手だ。人に言えない話、赤点の常習犯でもあった。
「それより、死にたいって言ってたけど大丈夫?」
すると咲慧が先程のことについて、心配そうに聞いてくる。
「あ、いやぁ、嫌な記憶を完璧に思い出しちゃって…」
「嫌な記憶?」
「うん。皆の前でバケツを太鼓の代わりにして叩いてたなぁ、って。思い出しただけでも恥ずかしい」
優月がそう言うと、咲慧は「可愛いじゃん」と言う。
「せっかく10年も、そのこと忘れてたのに、写真を見たせいで…!」
「写真?」
「そう。演奏してた時の写真を、お母さんの妹さんが撮ってたの」
優月が恥ずかしそうに言うと、咲慧は可愛らしく笑い声を上げた。
「それは残念」
「ほんとー。だからドラムも筋が良いって、井土先生に褒められたんだなーって」
「確かに。優月くん、ドラム優秀だもんね」
便乗する彼女に優月は「ありがとう」と言った。
(…はぁ、気持ち悪い)
思い出してからと言うものの、あの大人数の前で演奏した光景が蘇るのだ。だが、その感覚は何故か、怖いくらい心地よいのだ。
部活の時間になると、井土が冊ほどの楽譜を持ってきた。
「はい!今回の市営コンクールは3曲やりますよと言うことで、楽譜を配ろうと思いまーす。練習頑張りましょうね!」
井土がそう言った。
「略して居残り練習」
心音がそう言うと、ゆなが顔をしかめる。
「いや、私、そういうの嫌い」
ゆなが言うと、辺りから笑い声が聞こえる。
「ちなみに本番は、鳳ちゃんが1曲、ゆゆも1曲、ドラム演奏です。では配っていこう!」
「略して絆創膏!」
「いや、名前まで略せてない」
心音とゆながそう言うと、各々の楽譜が配られ始めた。
「今日の所はまだ1曲ですが、あと1曲は部長と選考中です。少々お待ちを」
そう言って渡された楽譜。それは、
『月に叢雲華に風』
だった。その曲名に美鈴が反応した。
「この曲、知ってます。ラストリモートの」
「おいおい、メタ的に二次創作の曲を扱って大丈夫なのか?」
悠良之介が心配そうに言う。
「略してオタ曲」
「まさしく!」
何も知らない心音がボケる。ゆなが突っ込む。そんなかんやで、会話が慌ただしく渋滞している。
「…来たぁ」
優月はそう言って、ニヤニヤと笑う。
この曲が来たらドラムをやりたいと、井土に直談判した甲斐があった。
「この曲は、部員総選挙にて選ばれたものです。鳳ちゃんはきっと名前で選んだことでしょうが、私もすごく好きです」
井土が目を煌めかせる。
(色は匂えど散りぬるをが1番好きだけど)
日心はそう思いながら、スマホで曲を検索し始めた。
すると井土が、ぱんぱん!と両手を打つ。
「はい!このあと配る2曲は、8月にやる盆踊り大会で演奏する予・定です!これから配る一曲は天龍とコラボするんで、よろしくす!」
「天龍かー」
ゆながそう言って顔を渋めた。
「略して、古典」
そこにすかさず、心音が略称する。
「その教科、赤点だった」
その言葉に、ゆながこう言った。
「ええぇっ!?」
それに驚いたのは井土だ。
「えっ?鳳ちゃん、赤点!?」
「う、うん!」
ゆなが、ナントカナルサとカタコトに言う。
「…鳳月っていう先輩、大丈夫なの?」
と美羽愛が言う。
「うーん、まぁ進級できてるから大丈夫だよ」
志靉がそう言って、チューバを撫でた。
「それでは、残りの2曲、配りましょうか!ミックスナッツとコラボの夏祭りです」
そう言って、各々の楽譜が配られた。
優月の担当する楽器は、グロッケンとドラムだ。
「…おぉ」
優月はそう慄いて、ミックスナッツの楽譜を見る。しかし井土の表情は不安気だった。
「ゆゆは、まだ慣れないと思うので、ちゃんと私に聞いて下さいね」
「は、はい」
「あと、月に叢雲華に風は、まだやらなくていいです。6月になったら練習を始めましょう」
「えっ?やらなくていいんですか?」
優月が訊くと、井土は口元に手を置き、
『今は対応に追われているので』
とひんやりした声で言われた。
「わ、分かりました」
「6月になったら教えます。それまでは色々な曲をやって腕を慣らして下さいね」
そう言って、井土は優月から去って行った。
そうして譜読みを終えた優月は、ドラムを練習することにした。
「…むずぅ」
楽譜は簡略化されているとは言え、とても難解だ。これを楽々に演奏できるゆなや井土は、何者なんだ?と気になったが、まずはイントロを練習することにした。
ハイハットを右手に打ちながら、スネアを打つ。
ツッツッツッ…と細かい粒のように響いた。しかし叩いてみて分かる。
この曲が難しいことを。
そんなことを考えていると、合奏の時間になる。
「はい、ではやってみましょう!ミックスナッツから」
意気揚々と始まったものの、優月はいきなり曲を捌けるわけでもない。途中で何度も合奏を止めてしまった。
ドラムの難しい譜面に翻弄されながらも、合奏が終わる。
ドラムは難しいな、優月は改めて思った。
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