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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
挫折する主人公 市営コンクール始動編
85/209

14話 予兆

5月10日の土曜日。

午前中、吹奏楽部内では懇親会が行われた。

今日(きょう)は1年生も交えた豪華(ごうか)な懇親会です」

井土がそう言って、机に広がる菓子を見せた。

「略して木苺(きいちご)

心音が言うと1年生からクスクスと笑いが起こる。

「木苺無いじゃないですかぁー!」

そこにゆなが突っ込む。すると更に笑いは深くなる。

「だんだん慣れてきました」

箏馬がそう言うと「そう?」と優月は言う。久遠箏馬は優月直属の後輩だ。

「これも(また)無常…」

そう言って彼は静かに目を閉じる。

(すごいキャラ濃いなぁ)

普段はそんな事を言う彼だが、優月には気を許しているようだ。

「さてと、改めて…」

すると井土が茉莉沙に目配せをする。

「はい!皆さん、入部ありがとうございます!今年1年頑張りましょう!乾杯!」

茉莉沙が声を張り上げると、皆も各々のペットボトルを突き上げる。

「…あ、そういえば」

その時、優月が箏馬に話しかける。

「古叢井瑠璃ちゃんって知ってる?」

「ああ、天龍(テンロン)にいましたね。先週、会いましたよ」

天龍とは和太鼓クラブのことだ。この地域の学生の半分ほどが所属している。

「で、瑠璃ちゃんがメール繋ぎたいんだってさ」

そう言うと、箏馬は「これも又因果の巡りか…」とスマホを取り出す。光をも吸い込みそうな真っ黒なスマホを上下に動かす。

「大丈夫ですよ」

そう言うと、優月と連絡先を交換した。

「これを瑠璃ちゃんに送って下さい」

そう言って、メールのURLリンクを貼り付けた。

「ありがとう」

優月はそう言って、にこりと笑った。

「いえ」

箏馬はそう言って、ミニドーナツを手にした。

「あの…瑠璃ちゃんってさ、天龍に居たんだよね?」

優月が尋ねると「はい」と答える。

「ただ、あの子はずっと一匹狼でした。1人でずっと叩いてて…」

「えっ?あの子が?」

「はい。一切皆苦。そんな感じでした」

彼の言葉は未だ理解が追いつかない優月だが、それは無視することにした。

その時、井土が突然、話しかけてきた。

「そういえばさ、久遠君は和太鼓やってるんだよね?」

相変わらずフレンドリーだな、とふたりは思う。

「はい。っていっても、締太鼓ですが」

「えっ!凄い!」

優月がつい声を裏返させる。

「あの先生も和太鼓やってたんですか?」

「やったことありますし、できますよ。音楽教諭ですから」

彼が誇らしげに答える。

その度に、優月は井土の過去について気になってしまうのだ。


その日の夜。スポンジの弾ける音と泡が踊る音が耳を撫でる。優月が夕食の食器の片付けをしている時だった。

「んっ?」

ポケットの中から振動音が鳴る。

「誰だ?」

と言いながら、彼は食器についた泡を流水で流し落とす。

        

数週間前の夜のことだった。

皿についた洗剤の泡を洗い落としていると、突然メールの通知音が鳴る。

「ん?誰だ?」

優月は少し気になったが、皿を全て食洗機の中に入れながら我慢した。

そしてキッチンを離れ自室に向かい、部屋のベットに寝転がる。

「そういえば、もう中間テストだなぁ」

そう言って、スマホを起動する。すると、部活のグループメールのアイコンと通知文が飛び込んできた。

「わっ!」

優月は驚きながらも、その通知をタップする。すると画面が一度暗転、直後、メールの会話文に飛びかかる。

《皆さん、市営コンクールにてやりたい曲を投票してください》

茉莉沙の丁寧な文と共に、投票用のツールボックスが出てくる。

「投票?そういえば…」

優月は少し思い出す。

「まぁ、見てみますか…」

そう言ってURLリンクを開く。するとざっと5曲の文字が出てくる。

「花になって、月に叢雲華に風…」

優月にとっては全てが知らない曲だった。

彼はベットの枕元から、黒いイヤホンを取り出す。

「聴いてみますかぁ」

優月は音楽アプリで、投票候補の5曲を聴くことにした。語感だけで選んではいけない。そんな気がしたからだ。

そして2つめの候補曲を聴いた瞬間、衝撃から突然イヤホンが耳から離せなくなった。



翌日。

音楽室に来ると、ゆなと心音が話していた。

「心音、何の曲にしたの?」 

話題は昨日の候補曲についてだった。

「えっ、僕も気になる」

優月も話に入る。

「えっ?花になって…だっけ」

「ああ、そっちか」

ゆなはそう言ってクスリと笑った。そして、

「ゆゆはさ」

と優月に向き直る。

「月に叢雲華に風でしょ?」

と訊いてきた。

「えっ……?」

当たりだ、と言うと、ゆなの笑いが更に深くなる。

「だって、お前の名前、月ついてるじゃん」

と言うと、心音が「そんな理由!?」と優月に詰め寄る。

「いや、違うよ」

するとゆなは、スマホを徐ろに取り出した。

「まぁ、私は苗字に月が付いてたから、選んだんだけどね」

「なんだよ!それー」

ゆなと心音のやりとりを見て(お前かい!!)と優月は心の中で、激しく突っ込んだ。

(…てか、名前の月かぁ。なんか嫌な思い出を思い出してきたなぁ…)


その時、箏馬たちが音楽室に入ってきた。

「こんにちは」

「こんにちは!」

箏馬と孔愛が挨拶をする。

「こんにちは」

それに返したのは、優月と近くにいた初芽だけだった。

「先輩、今日は何やるんですか?」

箏馬は開口一番、優月にそう言った。

「えぇ。どうしょうね。本番終わっちゃったしー」

優月が笑って返しながら、スマホを見る。そしてメールの会話文を見てゲッと顔を歪める。

《ゆゆは久遠くんのドラム見てあげて。他の楽器でもいいよ♪》

実は井土と個別に連絡先を交換しているのだが、まさかこんな会話文が見られるとは。

《鳳月さんにしてはどうですか?》

失礼な物言いにならないよう、優月はゆなのことを尋ねる。するとものの数秒で既読がつく。

《面倒くさいって言ってたので。今から5時まで職員会議なのでよろしくですー》

何とも適当な返事だが、井土LOVEな優月は従うことにした。

それに箏馬のことを放ってはおけない。そう思ったからだ。



その頃、茂華中学校。

「先生」

瑠璃こと古叢井瑠璃が、顧問の笠松に話しかける。

「はい、古叢井さん、どうしましたか?」

「あの末次くん何ですけれど、何させれば良いですか?」

ふたりは、木造の厳かな廊下を歩いていた。

「うーん。鍵盤の早打ちの練習ですかねー。まぁ、ドラムとかをやらせるのも有りですね」

「はぁ…」

すると笠松が瑠璃に言う。

「後輩ふたりの面倒、ちゃんと見て下さいね」

「はい」

瑠璃はそう頷いた。

「…そうだ。入学式でやった曲の楽譜、まだ持ってますか?」

「ドラムの?」

「はい。鍵盤をやる気が出ないなら、コンクール練習になるまでは、好きな風にやって良いですよ」

笠松が優しそうに言うと瑠璃は小さく頭を下げる。

「ありがとうございます」

そう言って、瑠璃は音楽室に入って行った。


そんな笠松の脳裏に数ヶ月前のことを思い出す。文化祭から少し経った日、卒業した優愛と話した時のことだ。

『今年のドラムソロ、凄かったですねー』

笠松が優愛と、文化祭のソロについて話していた。古叢井瑠璃と指原希良凛。互いの信念と技術がぶつかり合った結果、紙一重で希良凛が選ばれたのだ。

『古叢井さん、落ちてから大丈夫だった?』

笠松が彼女の精神状態を心配して、そう訊くと、

『いや。泣いてました』

と優愛は返す。

『あの子、ティンパニ破壊したのも、すごい後悔してて…』

『そうなの?』

笠松が言うと、優愛は頷いた。

『…あの子、和太鼓やってたみたいですよ。私たちには隠してましたけど』

『ああ。そういうことか』

『和太鼓やってた時の感覚が残ってたみたいですね』

『あははは…』

笠松は合点が行ったように笑った。

『先生、瑠璃ちゃんをお願いしますね』

優愛はそう言って頭を下げた。優愛は引退してからも瑠璃のことが心配だったのだ。


最後くらいは瑠璃に…、笠松はそう思っていた。

それが奇跡を引き起こすとも知らずに。


東藤高校。

そうして優月は、箏馬にドラムを教えていた。最初の数分はグロッケンシュピールを教えたが、本人の希望でドラムをやりたいということで、ドラムに付くことになった。

「うーん、箏馬君、足が力んでるから、もう少し弱めに踏んでいいよ」

優月が助言すると箏馬は頷く。

報恩謝徳(ほうおんしゃとく)。ここまで感謝します」

「いいのいいの。僕も教えてて楽しいし」

「では…」

そう言って箏馬が大きくスティックを振り下ろす。あとで注意しなければ。

因みにゆなはスマホを見てチッと舌打ちをしている。スマホゲームのガチャにでも外れたんだろうということはすぐに分かった。

タタタ…ドドッ…ドドッ!…ドンドン!

箏馬がスティックを雑に振りかぶる。まるで何かを殴るかのような打ち方だった。ん、殴る?

「箏馬君!振りが大きいよ」

「へ?」

突然止められ、箏馬がきょとんとする。

「…そんな振りが大きいと、間に合わなくなっちゃう。もう少し振りを小さく」

「分かりました」

「殴るみたいな打ち方は楽器には良くないよ」

すると箏馬が小さく頷いた。

「すみません。癖かもしれません…」

「癖?」

「あ、いえ。何でも…」

箏馬は意味深そうに言う。

「1回、見本見せようか?」

優月はそう言って、スティックを手に取る。

「…え?良いんですか?」

箏馬が言うと、優月はにこりと笑い頷く。


その様子を見て、初芽とむつみは笑った。

「ゆゆって、優しいよね」

「本当、去年までは大人しかったのに」

当時入部した優月は、穏やかで特定の人としか話さないような人だった。そんな彼がここまで思いやり溢れる先輩になるなど誰が予想したか?


「じゃあ…」

優月がスティックを握ったその時、真後ろから「ねぇ」と聞こえてきた。

「…はい?」

「今から少し練習する。邪魔なの」

ゆなが冷たい声でそう言った。

「はいはぁーい…」

優月は仕方なさそうに、箏馬を連れて他の楽器へ移動した。

その刹那、ゆながドラムを刻み始めた。

「…冷たい先輩ですね」

箏馬が言うと、優月は小さく頷いた。

「じゃあ、グロッケンやろっか」

「分かりました」

優月はそう言って、上鍵盤と下鍵盤を交互に素早く打つ『早打ち練習』を始めた。しかし、マレットが関係のない鍵盤に当たる。その度に優月は冷や汗をかきそうになる。

「先輩、大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫」

その時、ドコ!ドゥン!と空気を唸るような音が空気を切り裂く。見ればゆながタム打ちの練習をしていた。普段なら、細かい箇所の練習をしない彼女が珍しい、そう思ったその時…。

(この音…、どっかで…?)

タム特有の音が唸る音。どこかで聴いたことがある。その時、優月の頭の中が真っ白になる。

「先輩、やはり難しいですか?」

箏馬が心配そうに聴いたその時、

『何言ってるの?』

と少し苛々した様子で彼はそう言った。その声色はいつもと違って低い。箏馬の心臓がきしりと痛む。

「…ちょっと最近ミスが多いわぁ…」

と言う優月の目は、いつもの柔らかな瞳とは打って変わって、硬質な瞳だ。

「集中したら、すぐてきるから」

優月はそう言って、マレットを握る。親指と人差指に力を入れ、他3本の指は添えるように構える。

そして手首が跳ね回る。

ドレミファソラシド♪ドレミファソラシド♪

グロッケン特有の涼やかな音が、空気に突っ込むように響く。

誰も話しかけるな、と言わんばかりの硬い表情をした彼の奏では完璧の一言だ。

「…うん、これは手応えアリだわ」

優月は成功を確信すると、高音階から低音階へと打ち返す。

「こんなん、返せるだろ」

その言葉からは余裕が伺い知れる。だが、その言葉はこの演奏に、裏打ちされている。

「…まぁ、簡単だったよ。次に行こっか」

優月がそう言って、上鍵盤にマレットを構える。

「先輩、凄く上手いです!」

その時、箏馬が珍しく興奮した様子で言う。

「何言ってんの?次の上下の鍵盤の早打ちも…えっ?あっ?」

その時、彼の声が間抜けなものになる。

「あの僕、今、できてた?」

我に返った優月があたふたと箏馬に訊ねる。

「才徳兼備。できてました。しかも簡単と言って」

それを聞いて、優月は分かりやすく落ち込んだ。

「あ、あー…、もう嫌だ。変なこと言ってた?」

「いえ。簡単だ、と言ってましたよ」

「嘘!?そんな…」

優月はそう言って、頭を抱えた。

(今のやつ…)

箏馬は優月を見て、険しい顔をした。

もし、彼が最大限に集中させていれば、さっき話しかけなければ、彼はできていたのか?

(はぁ。またかぁ。集中すると変なこと言っちゃう癖)


「!?」

その時、優月の脳裏に何かが浮かぶ。

(…!?)

その時、優月はある記憶がフラッシュバックした。

『絶対許さねぇ』

不良少年のような声。ああ、自分の声だ。

優月が思った。

…すると

『もうやめて!!』

女の子の声が叫ぶ声。

聞きたくない。今まで隠していた『過去』が時を超えて蘇る。

「は、はぁ…はぁ…」

湯水のように沸く過去の光景を忘れようと、優月が頭を押さえる。

「先輩?」

箏馬が心配そうに覗き込む。彼の切れ長の瞳が少し丸まる。

「だ、大丈夫!ちょっと休むね」

優月がそう言って立ち去るのを箏馬は不安そうに見つめた。


その時、井土がひょこりと入ってくる。

「あっ、ゆゆ、ごめんね」

井土が礼を述べると「いえ」と優月は返す。そしてドサリと椅子へ腰掛けた。頭が痛い。

(…はぁ。何で『あの時』の感覚が今になって、戻ったんだろう?)

背後からは、井土と箏馬の話し声が聴こえてきた。

「ゆゆからは、鍵盤やドラム教わったの?」

「はい。報恩謝徳。感謝してます」

「そっか。じゃあ、明日は…」

その時、優月は髪をくしゃくしゃにかき回す。

「僕って何で、こんな優しい性格になったんだっけ?」

小倉優月の過去。それは壮絶そのものだったのだ。



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