11話 春isポップン祭り [前編]
今回からついに本番です!
ちなみに、『あの人たち』が登場します☆
5月4日の日曜日。
朝8時から東藤高校は喧騒に包まれていた。
「ふぁぁ〜、眠い」
優月が眠そうに欠伸をする。残り数歩で校門だ、そんな所で、女の子が話しかけてきた。
「小倉先輩、おはようございます」
話しかけてきた後輩は、トロンボーンパートの藤原美鈴だ。
「おはよう」
優月はそう言って、彼女の走る自転車を見送った。
そこへ続々と吹奏楽部員が集まって来た。
「おはよー。箏馬」
「ああ、おはよー」
箏馬は眠そうに、國亥の挨拶を跳ね返した。
「それにしても、國亥」
そして彼は不機嫌そうに、箏馬を見る。
「錦繡綾羅。何だ?その服装は?」
彼の言う通り、國亥は赤いシャツに黒いカーディガン、真っ黒なサングラスに、煌々と光を放つ装飾品を身に着けていた。
「へへ。まぁ、楽器を吹く時は外すよ」
國亥はそう言って、陽気そうな笑いを浮かべた。その様子を見て優月は、
(面白い子達だなぁ)
と思うしかなかった。
9時には楽器の搬入が全て終了した。ドラムは茂華中学校と茂華高校から借りる。故に打楽器はグロッケンや小物楽器のみなので、すぐに終わる。
9時過ぎにはバスが到着した。十数人は乗れるだろう小さなバスだ。
「箏馬君、危ないよ」
「あ、すみません」
バスが止まると同時に、箏馬の肩をゆっくり離す。
「あ、すみません。乗り物が好きなので」
「へぇ。そうなんだ」
優月は箏馬を見守るように見つめながら、スマホを取り出した。
スマホには井土からのメッセージがあった。
《今日1日、久遠くんの面倒よろしくね》
面倒見が良く、井土LOVEな優月にとっては嬉しいことだ。
それにしても…と優月は思う。
何故、井土はここまで箏馬を気にかけているのか?
その理由は間もなく、裏付けされることになる…。
バスが出発するなり、部員は思い思いに話しだした。
『明日、何する?』
『いや、疲れてるから寝るよー』
『ねぇ、コナンの映画見た?』
『えぇ!?まだ見てないー』
様々な話題が飛び交う中、優月は箏馬に話しかけることにした。
「箏馬君って中学生の時は部活は入ってたの?」
すると箏馬が首を横に振る。
「いえ。実は俺…、中学校でも問題を起こしてしまい…」
問題?と優月が首を傾ける。
「はい。問題です」
「そうなんだ。僕、箏馬君が悪い人とは思えないんだけどなぁ」
「松柏之操…」
その時、彼が低い声でそう言った。
「…別に無軌道に問題を起こしていたわけでは無いのですがね…」
箏馬は皮肉げに笑った。
「…問題かぁ」
優月はそう言って、窓の外を見つめた。
「明鏡止水。先輩は問題を起こしそうには見えませんね」
「えっ?そんなことないよ!小さい頃は苛めっ子って…あっ!」
その時、優月が口をつぐんだ。
「えっ?先輩、もしかして…」
「い、いや、そんなことないよ」
優月は誤魔化すように笑った。
そんな彼の脳裏には、ここにはいないはずの優愛の姿が浮かぶ。あとで優愛に連絡するか、と優月は無意識に思った。
優月や箏馬たち以外にも、美羽愛たちも部員と話していた。
「えっ!美羽愛ちゃんと志靉ちゃん、同じ中学校だったの?」
岩坂心音が驚いたように、こう言うと2人は頷いた。
「はい!一緒だったんですよー」
志靉がニコリと笑う。可愛らしいな、と思った。
「ふふっ、志靉ちゃん、本当に可愛い」
そう思う心音を代弁したのは、初芽だった。
「わぁ!」
今までずっと大人しかった彼女が、突然話したことに志靉は驚きの声を上げる。
「ありがとうございます!いやー、お母さんが可愛いからですかね?」
しかし初芽は困ったように目尻を下げる。
「私、志靉ちゃんのお母さん、見たこと無いよ」
すると志靉がスマホを取り出す。
「これです」
志靉は、母とのツーショットを見せる。
「えっ?本当!アイドルみたい!」
「俺も思う」
初芽と心音は称賛の声を送った。
「えへへへ…」
志靉は恥ずかしそうに笑った。
バスが都会面に入る頃には、皆、疲れたように黙っていた。
「根性無いですねぇ」
そう言ったのは、ホルン担当の日心という女の子。そこに氷空が「そうだね」と笑った。
こうして、道の駅色桜へ向かって行った。
その頃、茂華中学校のバスも、色桜に向かって走り出していた。
「莉翔めー!」
友達の横で希良凛が、弟の名を叫んでいる。
そして瑠璃は、トランペットパートの澪子と隣の席だった。
「えっ?雄聖が厳しい?」
瑠璃が口にしたのは、トランペットパートリーダー、そして部長の矢野雄聖の名だった。彼は後輩にさえも厳しいと有名だ。
どうしたものか?と思っていたその時、
「…何を悩んでいるの?」
女の子の低い声が聞こえてきた。
「音織ちゃん…」
話しかけてきた人物は鈴衛音織。3年生のフルートパートリーダーだ。
音織に助けを求めるように、澪子が、
「いやー、矢野が厳しくてねぇ」
と愚痴をこぼす。
「それこそ、奏者の嗜み…。良いではないか」
音織には友達が少ない。その理由は、その喋り方に癖があることだ。それでも成績優秀なのでクラスメートからは2つの意味で注目を浴びている。
そのうえ、彼女は部活中はより一層、その会話癖が悪化するのだ。
「嗜みって…」
澪子は、相談することを諦めた。
ちなみに実力面は、前部長の香坂白夜とほぼ同じくらいだ。
その会話を聞いて、希良凛はある人物を思い浮かべた。
(誰かと似てるんだよなぁ。その話し方…)
その時、希良凛の脳裏に浮かんだのは、弟と話していたトランペットを持った少年。
『美しく吹くことこそ、奏者の誉れ…』
同じ話し方。
そう言ったのは、片岡翔馬。御浦の吹奏楽団に所属しているトランペット奏者だ。
この時、そんな彼と音織が『あんな関係』で有ったことを、この時、誰も知る由もなかった。
道の駅色桜。桜は既に散り、新緑の蕾が咲いていた。これから夏が始まる、と暗示するかのように。
「はい!皆さん」
茉莉沙が声をかける。それほど大きい声では無いのに、皆が集まってくる。
「トラックから楽器を下ろします。ステージの裏の大きなテントまで運んでください。今日は暑いので、熱中症にならないように」
『はい!!』
「海鹿さん、マイクスタンド持てる?」
初芽がそう言って、マイクスタンドとそのケースを美羽愛に出す。
「勿論です」
美羽愛はマイクスタンドを両手で持ち上げ、歩いて行った。
「重ーい…」
腕にのしかかる重圧に、美羽愛は重そうに顔をしかめた。
優月は箏馬と話しながら、トラックへ戻っていた。
「先輩、次は何を持ちましょう?」
「うーん…打楽器じゃない?」
優月はそう言って、トラックの先を見つめた。
その時、誰かが重そうに物を運んでいた。
(あっ…!美羽愛さん)
見覚えのある苦しそうな顔に、優月は美羽愛に駆け寄る。
「美羽愛さん、大丈夫?」
優月が尋ねると、あっ!と美羽愛が目を煌めかせる。真意を理解した優月は、
「それ、僕が持っていくよ」
と言う。
「あっ、ありがとうございます!」
美羽愛はそう言って、優月を見送った。
(お、重ぉ…くは無い)
優月は、楽器運搬に慣れすぎているせいで、マイクスタンドごとき、重くはなかった。
そうして往復を繰り返すうちに、楽器は更に重いものへと突入した。
「やっぱ、スネアは軽いなぁ」
優月は、初芽から渡されたスネアドラムを運ぶ。
その時だった。
ブースから手拍子が鳴り響いた。
「始まったな」
茂華高校吹奏楽部の発表だった。
8人とは言え、全員が精鋭。大盛り上がりだ。
それぞれがそれぞれの役目を果たす。それ以上もそれ以下もない完璧なパフォーマンスだった。
「はぁ…、茂華高見たかったなぁ」
むつみが肩を下ろす。
「いいじゃん。一曲聴けたし」
そこに、河又悠良之介が話しかけてきた。
「そういうことじゃないの!悠良之介は分かってないなぁ〜…」
むつみは悠良之介の頬を両方につねる。
「イタイイファイ…」
ここでようやく、むつみがご立腹なことに気づいた悠良之介が「ご、ごめん」と言う。
「…はぁ。まぁいいや」
むつみは棘混じりの声を抑え込むと、準備中のブースを見つめた。
次は茂華中学校だ。
『さて、次は毎年皆勤賞!茂華中学校です!茂華中学校も強豪校で、去年は地区・県大会で金賞、その後も東関東大会っていう超すごい大会で、銀賞を獲得しました!』
素晴らしい実績なのだが、説明が適当であることに、箏馬はプッと笑う。
「こーら、久遠」
そこに、美鈴が話しかけてきた。
「いや、なんか…説明がふわふわだから…」
「ま、確かに」
『今日は全員では無く、全部員の半分以下のようですが、いい演奏を響かせてくれることでしょう!それでは宜しくお願いします!!』
顧問の笠松が、瑠璃に目配せをする。
すると瑠璃が、深呼吸をする。そしてスティックを振り下ろす。
タカタカタカタカタカタ…!!
雑音のような音が空気を切り裂く。瑠璃はそこからエイトビート、管楽器隊は激しい音を響かせる。
曲名は『Ado』の『クラクラ』だ。
(…古叢井さん、上手くやれてる)
優月はそう言って、ドラムを叩く瑠璃を見守る。
優月も最近、舞台でドラムを叩いてみて分かった。プレッシャーが凄いことに。
ドコドン!とタムの音に、シンバルが連なると同時に、トランペットの音が慌ただしく跳ねる。
サビも管楽器隊は完璧に吹き切る。一切ブレないその演奏に辺りの観客は舌を巻くことだろう。
希良凛は、グロッケンとタンバリンの往復だ。1年前は瑠璃がそこに立っていた。そう思うと感慨深いものがあった。
演奏が終わると、矢野が仏頂面で前に立つ。そしてマイクへ向かって、トランペットを構えた。
「皆さん、こんにちは。茂華中学校吹奏楽部です。僕は部長の矢野雄聖です。さて、次は皆さん大好きな…」
そして、彼がトランペットへ息を吹き込む。
その音は、全員の注目を集めるほどに、綺麗な音で曲の輪郭を象っていた。
「ダンスホールです!」
彼が声を張り上げると、後ろのトランペットたちがイントロを吹き出す。
パン!パン!とトランペット、サックス以外の部員は手拍子をする。
希良凛もドラムスティックを構え、イントロに合わせ、スティックを打ち合わせる。瑠璃はタンバリンを叩く。打楽器パートも完璧に音を出す。
「いつだって大丈夫♪」
何故か、井土がノリノリに歌を歌っていた。
「先生、」
優月より先に箏馬が、彼の歌を中断させる。
「はい?」
「この曲、好きなんですか?」
「好きですよ。今年はウチらもこの曲をやろうか…」
「井土先生、そしたらミセス3曲目です」
「…ふふ」
井土は嬉しそうに笑った。
「もしかして、市営はミセ…」
「いや、紅やります」
その時、井土が放ったその言葉は、優月と箏馬を硬直させた。
「えっ…?エッ…クスの…?」
「いや。決定してないですよ。ただ今年は、鳳ちゃんをヒイヒイ言わせたいので」
それを遠くで聞いていたゆなが、不満げにこちらへ歩み寄る。
「おーい、やめてくださいよ。私、ただでさえ、ドラム大変なんですから…」
ゆながため息をつく。しかし、そんな彼女を井土は手で制する。
「安心なさい。2曲中、1曲は絶対に鍵盤楽器を任せますから」
「えぇ…。それも嫌だ」
どこまでも我儘な彼女に、優月と箏馬は呆れ笑いを浮かべた。
その時だった。
「井土先生〜」
誰かが元気な声で、井土の名を呼ぶ。
「おっ…。朝日奈向太郎君!」
井土が嬉しそうにする一方、箏馬は首を傾げる。
「誰ですか?」
「去年、チューバやってた先輩」
優月はそう言って目を細めた。
「えっと、河又君と鳳ちゃんに頼まれて、来ちまいました!!」
朝日奈向太郎はそう言って、ニコッと笑った。
「社会人になってどう?」
井土が聞くと、向太郎はげんなりと顔を沈める。
「いやぁ、皆と笑い合ったあの時に、戻りたいなぁ、そう思いながら出勤しています」
彼が朗らかに笑うと、ゆなが、
「朝日奈、あめ部長も来てるんでしょ?」
と訊いてきた。因みに、彼女が先輩を呼び捨てする性質は今に始まったことでは無い。
「ああ。今メイさんと話してるぜ」
「おお!」
その様子を見て、箏馬は「いいな」と誰にも聞こえない声で言った。
その頃、茉莉沙は元部長の雨久朋奈と話していた。
「茉莉沙ちゃん、部長になってどう?」
「ま、まぁ。何とか…」
「ごめんね。押し付けるように任せちゃって」
雨久の声色は、部員時代の時とは全く違う。穏やかなものだった。まるで『部長と言う名の鎖』がほどけたかのように。
「いえ。結羽香や井上さんが手伝ってくれるので」
「ホント!やっぱり茉莉沙ちゃんに任せて良かったぁ」
「あの…何で初芽じゃなかったんですか?部長」
茉莉沙は、ふと気になったことを、雨久へぶつける。
「それはねー、やっぱり演奏会見て思ったの。茉莉沙ちゃん、すごく責任感強いなぁって」
「は、はぁ」
「ほらさ、トロンボーンも大変なのに、ビブラフォンやったり、笑顔でドラム叩いたり、大変だろうに。で茉莉沙ちゃんは、凄く責任感と忍耐力があると思ったから、部長にしたわけ」
「にん…忍耐力…」
茉莉沙は顔を少し渋めた。
ビブラフォンは付け焼き刃だったし、ドラムに限っては、『狂気的な集中力』の感覚を戻したから、楽々に演奏できたのだ。
その時、茂華中学校の演奏は、最後の曲へと差し掛かっていた。
〈後編に続く〉
ありがとうございました!
良ければ、
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[次回]
茂華中学校、東藤高校演奏。
合同演奏へ…