8話 今後へ向けて…
今回は自己紹介と今後を決める重要な回です!
ただ、茂華中学校のトランペットパートが何やら不穏なようで…。
東藤高校。部活動見学が終わったこの日、初めて1年生が集結した。
「1年生、7人も入ったね」
音楽室への廊下を歩きながら、優月は咲慧と話していた。
「そうだね。僕にも新しい後輩ができそうで、本当に良かった」
「私は友達いないからなぁ…。まぁ細々と頑張ろっと」
その言葉に優月の心臓が、キシリと痛んだ。
「…ぼ、僕は友達じゃないの?」
「えっ…?」
その時、2人の足がピタリと止まった。しばらく、気まずい沈黙が流れる。
「えっ…と、友達だけど?」
あっけらかんと返す彼女に、優月は思わずため息を吐いた。
「よ、良かったぁ」
と言う彼に、咲慧はふふっと笑った。
「1年生は7人ですか。今年はいっぱい入りましたね」
音楽室に入るなり、井土が満足げに頷いた。
「…では、早速1年生から自己紹介をしてもらいましょうか!それが終わって、今後の方針を決めたら今日は解散にします」
そうして今日は、1年生から順の自己紹介をすることになった。
自己紹介は、名前、担当するパート、そして好きなものまたは特技を話すことになった。
「えっと、國亥孔雅です。パートはトランペットです。特技は天龍で和太鼓をやっているので和太鼓です。よろしくお願いします」
「藤原美鈴です。パートはトロンボーンです。特技は口笛を吹けることです。よろしくお願いします」
「海鹿美羽愛です。パートはユーフォニアムです。好きな食べ物はチョコレートパフェです。よろしくお願いしまぁす」
「諸越冬一です。パートはクラリネットです。好きな食べ物はトウモロコシです。それと名前からよくトウモロコシって文字られます。よろしくお願いします」
その時、國亥が「トウモロコシかぁ」と言う。
「これもまた何かの因果…」
箏馬も誰にも聞こえない声でそう言うと、前に一歩踏み出す。
「久遠箏馬です。パートは…だが…パーカッションです。好きな言葉は、諸行無常。この世は常に代わり続けるという意味です」
箏馬は切れ長の、サファイア色の瞳を煌めかせる。
「三拝九拝心掛け、よろしくお願いします」
その自己紹介を聞いて、初芽がむつみの肩を叩く。
「面白い子だね。頭が良さそう…」
「四字熟語が好きな後輩かぁ。キャラ濃いなぁ」
お互いそう言うと、箏馬を見つめた。
すると、女の子が前に歩みだす。
「大橋志靉です。パートは打楽器……では無く、チューバです。特技は薬草を作ることです。いつも図書室にいるのでよろしくお願いします!」
そうして、残りのひとりが自己紹介をして、1年生は終わった。
次は2年生だ。心音から自己紹介が始まる。
「えっと…岩坂心音です。パートはフルートです。特技はピアノを弾くことです。よろしくお願いします」
次はの自己紹介はパーカッションパートの、ゆな、優月だ。
「はい、鳳月ゆなです。パートはパーカッション…って言うより、ドラムをやってます。趣味はスマホゲームをやり込むことです。宜しくね」
すると、むつみが『鍵盤ができないだけでしょー?』と煽ってくる。
「そうですが、何か?」
しかしゆなは華麗にスルー。むつみは悔しそうに唇を歪めた。それを見て井土はクスリと笑う。
「鳳月さん、ご安心を。今年は沢山、鍵盤を回してあげるので」
「いや、結構ですよ」
井土の有り難いお言葉をも、ゆなはスルーを決め込んだ。
次は優月だ。緊張で心臓がバクバクと波打つ。優月は震える足を制し、なるべく高い声で言う。
「小倉優月です。パートはパーカッションです。趣味は本を読むことです。仲良くしてくれると嬉しいです。よろしくお願いします!」
すると、井土が「おっ!」と感嘆の声を上げる。
「今のいいですねぇ。仲良くしてくださいって…。この子の親友君、先日退部しちゃったんですよ。仲良くしてくれる人募集中らしいので仲良くしてあげてくださいね」
井土が援護射撃をすると、優月は誰にもバレないように口角を上げた。
小林想大。優月の親友で1年間、ずっと一緒にいた男の子だ。
彼の発言、普通なら癪だが、井土LOVEな優月にとっては、寧ろありがたい言葉だった。
「降谷ほのかです。パートはクラリネットです。趣味は…こほッ…歌を歌うことです。よろしくお願いします」
ちなみに、ほのかは喘息持ちだ。だがクラリネットの腕はそこそこ高い。
次にサックスの颯佚とトランペットの氷空だ。
「夏矢颯佚です。パートはアルトサックスからテナーサックスに変えました。ちなみにアルトとテナーどっちも吹けます。よろしくお願いします」
「黒嶋氷空です。パートはトランペットです。好きな映画は火垂るの墓です。あれを見る度、大泣きします。やっぱり平和が1番価値あるものだなと…あっ!すみません!」
するとシーンとした空気から、どっと笑いが起こる。氷空がここまで話すことは、あまりない。
「よ、よろしくお願いします!」
最後に咲慧だ。エメラルド交じりの細い髪が、ふわりと揺れる。柔和な雰囲気を与える人相は、誰が見ても癒やされる。
「加藤咲慧です。パートはアルトサックスです。特技は、小説を書くことです」
その時、ゆなが咲慧を睨む。
「はァ?アンタ、私より和太鼓上手いくせに、何ですかそれは?」
その時、音楽室から『ええぇ!?』と声が沸く。その感嘆の声の中には、不信も紛れ込んでいた。
「えっ?加藤さん、鳳ちゃんより和太鼓上手いの?」
井土が訊いてくる。すると咲慧は「は、はい」と言う。だが、とても信じられない。
ゆなは、ドラムと和太鼓なら県内で右に並ぶ者はいない、と思っていたからだ。
なのに、ゆなを超える実力って?と部員一同が気になった。
「でも、ドラムは訳わかんなかった。何?ハイハットって?」
訳わからなさそうに訊く咲慧に、ドラム経験者の優月と志靉は力なく笑った。
「あの!足で音変えるやつ!」
ゆなが必死に回答するも、
「はいはいー!帰るの遅くなっちゃう!3年生どうぞ!」
半ば強引に井土に、遮られてしまった。
そうして3年生の自己紹介も始まった。
「初芽結羽香です。ちなみに、初芽が名前で苗字は何?ってよく訊かれますが、初芽が苗字ですよ。パートはフルートです。趣味は友達とお喋りすることです。よろしくお願いします」
「河又悠良之介です。パートはユーフォニアムです。水泳が得意です。よろしくお願いします」
すると、井土が「最後に部長と副部長」と手の平で2人を示す。
「まず、副部長から」
すると井上むつみが前に立つ。白い髪がきらびやかに靡いた。
「副部長の井上むつみです。あ、この髪はアルビノ体質です。パートはオーボエです。趣味は弓道です。よろしくお願いします」
そして茉莉沙が前に立つ。
「部長の明作茉莉沙です。パートはトロンボーンです。好きな言葉は『月に叢雲花に風』です。よろしくお願いします」
大きな拍手を前に、自己紹介は無事終了した。
「月に叢雲花に風…?そんな曲があった気が」
その時、美鈴がそう言った。それを聞いて、箏馬は「ほう…」と目を細めた。
すると、井土が前に立ち、話を始めた。
「はい!皆さん、吹奏楽部への入部ありがとうございます!今年もたくさん入ってくれて、本当におめでたいです!」
すると箏馬が「慶賀夢彊…」と呟いた。
「さて、今年の方針を決めたいと思います!」
そうして、東藤高校吹奏楽部は再始動した。
その頃、茂華中学校吹奏楽部は、4月の中旬頃を過ぎると、本番へ向かっての活動が始まった。
「初心者はいるか?」
冷ややかな男子生徒の声に、部員が集まってくる。
「はい…」
手を挙げた人数は3人。
「…はぁ。こんなにいるのか…」
男の子が頭を押さえる。すると、隣の女子が、
「いいじゃない」
と言う。まぁいい、と男子は、後輩である1年生の前に立つ。そして放たれた声はとても冷たかった。
「俺の名前は、矢野雄聖です。トランペットのパートリーダーです。今年、トランペットの人数は去年に比べて、1,5倍増えています。頑張りましょう」
矢野の迫力に、1年生は小さく震え上がった。
「私は坂井澪子です。初心者が8割ですけど、頑張っていきましょう」
澪子はなるべく柔らかな視線を、1年生に当てる。矢野とは対照的な温かい眼差しに、1年生の肩はすっと下りた。
「今年、茂華中学校吹奏楽部は、東関東大会金を穫る。その為にはそれぞれの働きが重要です」
矢野はそう言うと、更に目を細める。
「頑張りましょう」
そしてその一言には、何故か冷酷さが混じっていた。
その様子を遠目に見ていた、希良凛は瑠璃に話しかける。
「ねぇ、瑠璃先輩」
「ん?」
「あの、矢野先輩、少し怖いんですけど」
「矢野…?ああ、雄聖かぁ。パートリーダーでしょ」
「なんか不穏な予感がするんですよね…」
希良凛の表情はいつになく憂鬱そうだった。
「えぇ…。何もないと良いけれど…」
瑠璃はそう言って、表情を硬くしたその時、誰かが楽器室に入ってくる。
「瑠璃お姉さん、希良凛先輩、こんにちは」
「あ!秀くん!」
希良凛が言うと、男の子は「こんにちは」と頭を下げた。
「秀麟君、こんにちは」
彼は、新入部員の末次秀麟だった。
「こんにちは。あの先輩方、矢野っていう先輩知ってますか?」
すると秀麟がそんなことを尋ねてくる。
「えっ?雄聖?知ってるよ。さっきさっちゃんと話してた」
すると、秀麟が不満げに頬を膨らませる。その様子はタコのようだ。
「その先輩に、さっき怒られました」
「えっ?どうしての?」
瑠璃が訊ねる。矢野は無口な方だ。
「なんか、譜面台の上に、配られたプリントを置いたら…」
数分前、秀麟は配られたプリントを手に音楽室に入ってきた。
『あ、しまった!』
しかし、彼は気づいていなかった。その手にプリントがあることに。仕方ないと彼は、譜面台の上にプリントを挟むことにした。
(無くしたら、まずいやつ…)
そう思っていたら、背後から『おい』とナイフで刺されるかのような冷ややかな声が聞こえてきた。振り向くと、鬼の形相をした矢野がいた。
『末次。譜面台にプリントを置くな。もう小学生じゃないんだぞ』
と言う矢野の目は絶対零度だった。そして声は冬の夜の海のように冷たかった。
『ううっ…すみません…』
慌てて、プリントを抱える。
『バックに入れてこい』
そうして矢野の言う通りに、プリントをバックの中へ仕舞ったのだ。
…と事の顛末を話した秀麟は小さく震える。
「いやぁ、凄く怖いです!」
「先輩の前では平身低頭だったのに…」
希良凛がそう言うと、瑠璃は「はぁ」と小さくため息をついた。
(どうしよう…)
後輩が怖がっているのは明確だ。
そして、この一件が大きな波乱を生む…。
ー東藤高校ー
自己紹介が終わった東藤高校は、現在、方針決めをしている。
「えぇ、部費は2000円。コンクールやコンサートのあった月には、少し多めに徴収します」
『はい』
そして、次の話へ進む。
「次にコンクールです。去年は銀賞を獲りました」
「そういえば、そうだった」
ゆながこう言った。恐らく、演奏会が印象的で、そこまで覚えていなかった。
「さて、今年は出ますか?」
すると、疑問符を掲げた1年生が、手を挙げる。
「コンクールって、出なくても良いんですか?」
國亥が訊く。すると井土は「はい」と頷いた。
「はっきり言って、出てない高校もあります。一昨年は冬馬高校が出てませんでした」
その時、箏馬の目の色が変わる。冬馬…と恨めしげに言ったが、誰も気付かなかった。
「それに、うちの高校はコンクールに重きを置いていません。どちらかと言えば演奏会に集中しています」
すると、ゆなが不満げにに指を鳴らす。パチン!と音が空気を裂く。
「それに、去年、定期演奏会でも、百年祭はやらなかったよね?」
「ええ」
井土が頷く。去年は自由曲に『百年祭』を演奏したのだ。だが、他の曲の負担が多かったので、腫れ物を触るように最後まで扱われることは無かった。
「演奏会では20曲はやります。そんな中で、さて今年はやりますか?」
その時、部員たちの意思が統一した。
「やりたい人」井土がそう言うと、誰も手を挙げなかった。
定期演奏会。その言葉が1年生を縛った。
「今年はいいかなって言う人」
その時、まばらに手が挙がる。18人全員だ。
「すぅ…。分かりました。今年はコンクールに出ないことにしましょう。ただし、7月の市営コンクールは、金を獲りますよ!先の大会に進めるわけじゃないですけど」
井土がそう言った。
市営コンクールで金賞。市営コンクールは、県内から吹奏楽部が集まるコンクールだ。小学校、中学校、高等学校で一括りに監査される。
大体は地区コンクールでの自由曲を演奏するのだが、東藤高校は違う。ポップスの曲をふたつ演奏する。
「練習は厳しくなります。ですが、頑張りましょう!」
すると、部員全員が『はい!』と返事をした。
「さて、今日はこれにて、終了です。明日からは来週の春isポップン祭りの練習を始めます!以上!」
すると、茉莉沙が「起立!」と号令をかける。
「これで今日の部活動は終わりにします。お疲れ様でした!」
『お疲れ様でした!』
部員も繰り返す。そうして、部活動は終わった。
(市営コンクールで金賞…)
優月は少し考え込んだ。だが、どんな曲をやるのだろう?
『市営コンクールで金賞』しかしこの目標に、優月は苦しめられることになる…。
ありがとうございました!
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【次回】
東藤 いよいよ初合奏!
茂華高校も動き出す!




