7話 東藤高校 部活動見学 [最終日]
今回で、部活動見学編終了です!
ですが、何やら物語の裏で危ないナニカが蠢いているようです。
いよいよ、部活動見学日も最終日に突入した。
そしてこの日は、ミニコンサートの日だ。これを機に入部してくれる者がいるかもしれない、という理由で。
「はい、では開始は3時45分からです。それまでは練習するも良し、誰かを誘いに行くのも良しとします」
井土は職員室で対応に追われているらしく、副顧問の飯岡がこう言った。
「…はぁ」
緊張する、その言葉を優月は舌の中で転がす。
新1年生の前で失敗は許されない。優月はパーカッションセットを前に呼吸を整えた。
すると廊下から、見知った男子たちが入ってきた。数分すると対応を終えた井土も入ってくる。
優月は暇だな、と視線を流していると、出口に数人の人を見つけた。
(しーちゃんと美羽愛さん?)
そこにいたのは、大橋志靉と海鹿美羽愛のふたりだった。
「…もしかして」
優月は、それだけ言って、出口へと駆け出す。
「!!」
すると美羽愛がびっくりしたように、瞳を丸くした。
「あ、あのー、もしかして体験に来てくれたの?」
この2人とは以前、話したことがある。美羽愛は「はい」と頷く。優月はにこりと笑い、
「今日はコンサートあるんだよね。どうぞ」
と彼女たちを教室へ入れる。
横2列に並ぶ椅子の、1番奥に2人は着席した。
そしてもう1人、男の子を連れて音楽室へ入ってきた。
「ほう。これは異な…」
「箏馬、ここではそんな喋り方するなよ」
そう言ったのは、國亥孔雅。そして長身の男の子、久遠箏馬だ。
「なんでだよ?」
すると、彼は冷静な表情を崩す。
「だって、なんか気持ち悪いんだもん」
國亥はそう言って、箏馬の肩を叩いた。
「…戯言を」
「またまたそんなこと言って…」
箏馬はそうぽつりと言ったが、國亥のペースに飲まれてしまう。なので箏馬は冷ややかな表情、そして冷えた石のような硬い声でこう言う。
「唯我独尊。それこそが俺の生き方だ。そして輪廻の輪へ還るんを待つ…」
「…はぁ」
彼の言葉に國亥は大きくため息を吐いた。とても高校1年生とは思えない。
(まぁ、箏馬の過去を顧みれば、当然か…)
しかし、いつものことだと國亥は口説くのを諦めた。箏馬は親の愛を受けたことが無い。こうして、自らを救う仏教間の言葉と共に生きている。
その時、井土がギターを構えて、部員全体を見回す。
「さて、今からミニコンサートを始めまぁす!」
その時、ゆながシンバルを叩く。パシン!と金属音が弾ける。
優月は楽譜を凝視した。今、演奏している曲はYOASOBIのUNDEADだ。この曲は春休み中、皆が練習していたものだ。
ちなみにイントロが優月は大好きだ。
そして、次々の曲が流れていく。止まない手拍子の雨。
「さて、次の曲はMrs.GreenAppleの『点描の唄』です!手拍子をお願いします!」
鍵盤楽器が得意な心音がピアノを弾く。優しい旋律が音楽室内に、ゆらりと流れる。
そして初芽のフルートや颯佚のサックスが、美しいメロディーを奏でた。
優月はドラムスティックを構える。
『いつまでも♪いつまでも♪』
井土は歌いながら、ギターを弾いている。本当に器用な人だな、と優月は不意に思った。
そして、ついにドラムも加わる。
優月はスティックをシンバルへ振る。パシン!と音がした。だが、ゆなほど上手くは鳴らせない。
右手でハイハットを叩き、左手でスティックが淵を打つ。カン!と歯切れのよい音が響く。
緊張でやはり掌は汗に濡れる。
それでも最後まで叩き切った。
タンタ、タタタ!スネアの連打が終わると、心音のピアノの音だけが残る。やはりピアノはいいな、と誰もが思った。
その時、茉莉沙が前へ立つ。
「ありがとうございました。こんな形で色々な曲を吹きます。最初はどんな楽器でも構いません。是非入部を決めてくれたら嬉しいです。今日はありがとうございました」
茉莉沙はそう言って、小さく頭を下げた。彼女の美しい深紅の瞳が瞼に隠れる。
するとパチパチと拍手が鳴り響いた。
「やっぱ、俺、高校でも吹部やろっかな」
國亥がそう言うと、箏馬は「いいんじゃない」と返した。
「千篇一律。お前にぴったりだ」
箏馬が煽るように言う。すると國亥は「どういう意味だ?」と尋ねる。
「深い意味は無い。こうして代わり映え無く続けるのだろう」
最後のひと言は独り言かのようだった。
すると箏馬は席を立つ。そしてこう訊いた。
「國亥は楽器の体験はする?」
その声があまりにも普通だったから國亥は反射的に頷いた。
一方、優月は志靉と話していた。今からドラムの体験をすることになっている。
「…今日で体験は最終日だし、何しょう?」
優月が尋ねると、志靉は、
「曲を教えてください」
と言った。
「いいよ」
優月はそう言って楽譜を捲る。とは言え、任された曲は少なかった。
「おお、優月」
その時、飯岡がこちらへ歩み寄ってきた。
「あ、飯岡先生、こんにちは」
するとつられたように志靉も「こんにちは」と挨拶する。その2人の反応に飯岡は、お辞儀で返した。
「そっか。優月も先輩か…」
飯岡は感慨深そうに言う。
「…はい」
優月はそう返事することしかできなかった。すると飯岡は「頑張れよ」と言い去っていった。
彼を見送った優月は、再びドラムと向き合う。
「…じゃあ、点描の唄やろっか」
優月が言うと、志靉は「はい!」と頷いた。
「えっと…じゃあ、最初からやってみようか」
「はーい」
志靉は早速、優月のスティックを握る。持ち方や軸が安定している。流石だな、と思った。
すると彼女がスティックを振り下ろす。打たれたシンバルはパシン!と音を立てる。そしてスティックを垂直に振り下ろす。その先はスネアの打面。皮を大きく打つ。
「…あ、しーちゃん、ちょっとごめんね」
「へ?はい?」
多分こちらが謝ることではない。がつい謝ってしまった。
「あの…ここはね、スネアの淵に当てるんだよ」
「あっ…」
すると彼女は思い出したのか、ばつが悪そうに笑い出した。その声があまりにも可愛らしいものだから、優月はつい気が抜けてしまった。
「…そうでしたねぇ。ごめんなさぁい」
と言うと、再び彼女はドラムを演奏し始めた。
その刹那…。
『あの…すみません』
優月の耳の中へ、流水のように声が流れ込んでくる。
「わっ!そ、箏馬君!びっくりした」
優月は、目の前の長身に驚いてしまった。久遠箏馬は「すみません」と一礼すると、用件を述べる。
「あの…楽器の使い方が分からなくて…」
「ああ!分かった。少し待っててね」
「すみません」
優月から離れた箏馬は、再びパーカッションセットの方へと戻って行った。すると志靉が「あのー」と話しかける。だが優月は、
「…ちょっとエイトビートとかやっててね」
とだけ残して、箏馬のあとを追うように歩いていってしまった。
1人残った志靉は、小さくため息をつく。
(パーカッションとチューバ兼任できるか聞こうと思ったんだけど…)
しかし、仕方がない。志靉は黙って、基礎であるエイトビートを刻み始めた。
優月は、箏馬のいるパーカッションセットに到着するなり、
「どうしたの?」
と聞いてくる。
「…その、この目の前にある楽器はどう使えばいいかと…」
と言う箏馬の声は、少年らしいものになっていた。優月はスッと肩を落とし、スティックを握る。
「えっと何からやってみたい?」
「あ、じゃあ、この太鼓みたいなのを…」
「それは、ボンゴだね」
優月が言うと、小物台にスティックを置く。
「これはね、手で基本叩くんだよ」
と言って、彼は基礎の連打を繰り返した。繰り出される繊細な音に、箏馬の眉間が僅かに上がる。
(ほう…。面白い)
箏馬は心の底から興味を持ったようだ。
「手で叩くって言っても、指先だけを当てる感じだよ。皮が手の平全体と密着しないようにね」
「はい」
箏馬が素直に返事をすると、優月はクスリと笑った。いい子だな、と思う。
「やってみて。今はできなくても毎日やればできるようになるよ」
優月が笑う。すると、その笑顔に感化された箏馬がこくりと頷いた。
「日進月歩。やってみます」
そう言って叩くが、上手く音が進まない。左手の太鼓から右の太鼓を打つ際に、もつれてしまうのだ。
「難しい?」
優月が尋ねると、箏馬が「いえ…」と言う。そして数分ほど見守っていると、ようやくスムーズに叩けるようになっていた。
「うんうん!上手いよ」
優月がそう言って、ぱちぱちと拍手をする。
「それは…ありがとう…ございます」
その時、彼は初めて赤面した。人に褒められたことが無い彼は、少し嬉しかった。
「じゃあ、次はシンバル系やってみるか!」
優月がにこりと笑い、スティックを手にする。
「まずね、シンバルはそれぞれ役割があるの」
優月はそう言って、右側にある大きなシンバルを叩く。するとカァン!と豪奢な音が響いた。
「これは、チャイナシンバルって言って、曲が盛り上がるときに使うの」
「華やかなる音。良いですね」
「でしょう?」
そして、今度は少し小さいシンバルを叩く。ポシン!とくぐもったような音が放たれる。
「これがスプラッシュシンバル。他にもあるけど、吹奏楽部に入ったら使うから覚えておいてね」
「一諾千金。価値ある教養ありがとうございます」
そう言って箏馬は大きく頷いた。
「というかその話し方、すごく独特だね」
優月が言うと、箏馬が「ですよね」と眉をひそめた。
「実は、俺、片親なんです」
「か、片親?そうなんだ」
優月は心臓がキシリとなる。なんでかは分からない。
「その親が心底酷くてですね…」
その時だった。
「…先輩」
そう言って、美羽愛が手を振ってきた。その横には志靉がいた。
「はぁい」
優月は去り際、「ちょっとごめんね」と言って、彼女たちの方へ戻って行った。
その様子を見て、箏馬は小さく肩を竦める。
「…取り敢えず、続けるか」
箏馬はそう言ってボンゴを、指先で打つ。
「百折不撓。それが自らに涅槃をもたらす…」
彼は集中するように、練習し始めた。まるで自らの煩悩の火を消すように。
一方、優月は志靉の元へ戻った。
「どうしたの?」
優月が尋ねると、志靉はニコリと笑う。
「あの…私、吹奏楽部に入部したいです。でも相談がありまして…」
「ん?何か?」
すると志靉は目を細める。
「あの…チューバとパーカッション、選べるのは1つだけですか?」
「うーん。例外はあるけど…」
その時、茉莉沙のことを思い出す。明作茉莉沙は元々プロレベルのパーカッション奏者で、丁度抜けたパーカッションの田中美心の代わりに、打楽器も請け負ったことがあった。
「基本は無いかな」
「…分かりました」
すると、志靉は決意を宿した瞳を彼に突きつける。
「じゃあ私、チューバやります!今までパールちゃん貸してくれてありがとうございました」
そう言うと優月はそっか、と言う。
低音は貴重だ。それもいいだろう。
ー部活終わりの音楽室ー
優月はそのことを、部活終わりに咲慧に話した。
「結局、打楽器は久遠君だけが入ったんだ」
「うん。まぁ今年の新入部員は7人。多い方だね」
すると咲慧は首を傾げる。
「えっ?7人で?」
「いや、凛良と比べないでね。あそこ100人単位でしょ?」
「うん」
凛良高校は生徒数が500人以上いる。吹奏楽部も人気なので相当数いる。
「でも、久遠君、扱いが大変ってゆなっ子から聞いたよ」
優月はゆなの方を見る。
「むっつん!あのゲーム、新しくコラボするらしいよ!」
「えっ?またゲームやってたの?」
「えへへ…」
どうやら、ゆなはむつみと話していた。
優月は慎重そうに、
「そっか…」
と言う。ゆなは信用に値しないが、少し心配になった。この胸騒ぎ、本当にならなければいいが。優月はそう心の底から願った…。
その頃、久遠家。
古びた日本庭園のある家から、トントンとくぐもった音が聞こえてきた。
「…銀之進、今日もあの高校生に虐められたのか?」
箏馬が言うと、銀之進という弟が頷いた。
「だから冬馬高校には近づくな…いや、もういい…」
箏馬は、淡々と人参を切っていた。ストンストンと刃が野菜を切っていく。綺麗な断面をいちょう切りにする。そして怒りに塗れた声でこう言った。
「…そいつらは俺が…」
「えっ!?駄目だよ!お兄ちゃん、吹奏楽部に入ったんでしょ?今、人を殴っちゃったらまずいよ!」
「……ううっ!」
その時、人参の断面が荒々しく現れる。
「分かった。逃げるか、耐えてくれ」
その時、彼が眼前の壁を睨んだ。
「隠忍自重…」
そして怒りを抑え込むように、何度もその言葉を自分に言い聞かせる。
「銀之進、一切皆苦。少し待ってろ…」
その時、彼の胸中にあったのは、肉親である弟を傷つけられた悔しさ。そしてそれに対する者への怒りだった。
これをキッカケに、箏馬は地獄を見ることになる…。
ありがとうございました!
良ければ、
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【次回】
東藤…金を狙う。
部員の意外なハナシ
[今後の予定]
6月19日 [木]東藤。市営で金を狙う…!
地獄のはじまり
6月20日 [金]茂華高校が動き出す。
朱雀美玖音現る!!
6月21日 [土] 東藤&茂華&冬馬の合同練習
一同に集結!!




