6話 東藤高校 部活動見学 [4日目]
今回で4日目です!明日で終わりです!
2年3組教室。
「おはよー」
優月は誰かに言うわけでもなく、ただ挨拶をして教室に入る。その時、誰かが手を振ってきた。
「優月くん、おはよう」
「あ、咲慧ちゃん、おはよう!」
優月に手を振った人物は、加藤咲慧。昨日、入部届けを出したアルトサックスパートの女の子だ。
「…んっ?何書いてるの?」
その時、彼女が小さなノートに何かを書いていることに気がついた。
「ああ、小説だよ」
咲慧はそう言ってにこりと笑った。
「えっ?小説?それは凄いね」
「でしょ?」
優月が頷くと、咲慧は満足げに笑った。
加藤咲慧。面白い人だな、と思った。
そして、今日も勧誘だ。
「…今日は誰も来ないね」
優月が言うと、ゆなは「飽きたー」とスマホを片手にゲームを始める。
鳳月ゆな。彼女は中学時代、和太鼓部に所属し、ドラムを習っていたという異色の経歴を持つ女の子だが、性格に難ありで面倒くさがり屋だ。そんな彼女は無類のゲーム好きで、個人練習中でも遊んでいる。だが、技術は部内でも折り紙つきだ。
皮肉なことにも、実力面なら皆から頼られるくらいだ。
「もう飽きたぁ。久遠の相手」
「久遠?誰?」
優月は初めて聞く名前に、首をかしげる。
「久遠箏馬!ホラ昨日来てたでしょ?」
「ああ、四字熟語使ってた人かぁ」
優月は昨日のことを思い出す。長身で美顔の男子。確かにいた。
「あの子、打楽器入るの?」
「らしー。まぁ、すぐやめるだろ」
ゆなは彼のことを知ってのことなのか、それとも予想なのか、そんなことを言った。
「それは困るよ」
そんな彼女に優月は顔をしかめてそう言った。
その時、噂をすれば何とやら。箏馬が現れた。
「おい、まさか國亥はいないよな?」
「いないと言っている」
そしてもう1人。見覚えのない顔がひとつ。
「こんにちは。失礼しまーす!」
すると部長である茉莉沙が歩み寄る。
「あの、お名前は何ですか?」
彼女が訊ねると、その男の子は、
「諸越冬一です。よろしくお願いします」
「はい。ありがとうございます」
茉莉沙はそう言って、名簿を閉じた。
「あの、クラリネットやりたいです。っていうか、少しだけ吹いていました」
すると、心音が誰かへ振り返る。
「だって!ほのかちゃん」
降谷ほのか。彼女はクラリネットの初心者だが、実力は中の下辺りだ。
「諸越君、よろしくね」
ほのかはクラリネットを手にそう言って笑った。端麗な瞳がより目立つ。
「よろしくお願いします」
諸越はやたら丁寧に頭を下げた。
体験が始まると、やはり体験者は来るものだ。
「美鈴さん、何か吹ける曲とかありますか?」
「えッ?中学校では、色は匂えど散りぬるをって曲やってました」
「えっ?聞いたこと無い…」
茉莉沙はそう言って、少し考え込む。すると美鈴は体験用のトロンボーンを構える。
そして、音を吹き鳴らす。その音はどこか元気をもらえる。何かに勇敢に立ち向かうかのような勇ましいメロディー。その中にどこか優しさが秘められている。
「…ああ、この曲」
茉莉沙は、音楽アプリで音を出す。
『色は匂えど♪いつか散りぬるを♪』
(なんか、聴いたことある)
茉莉沙はその曲が気に入ったのか、プレイリストに追加することにした。
あとで井土に注文しょう、そう思いながら。
そして、諸越はクラリネットが上手かった。
「百花繚乱?すごぉ」
彼の吹いている曲は有名な曲だ。そんな曲を彼は上手く吹きこなす。
「…この曲、大好きで中学の文化祭でやったんですよ」
「へぇ。吹奏楽部だったん?」
ほのかが聞くと、諸越は頷いた。
「はい。まぁ、それほど強い所では無かったですが」
諸越が言うと、ほのかはクラリネットを構える。
「ここね、すごいポップス多いの。だから入ったら絶対に楽しめると思うよ」
「降谷先輩がそこまで言うなら…」
諸越はふふっと笑った。
その頃、咲慧は颯佚とサックスを吹いていた。
「百花繚乱だってさ」
「私も吹けるよ」
と言って、咲慧は淡々とサックスを吹く。
すると、皆が知る音が空気を震わせる。
「どーれ」
颯佚もサックスを吹く。同じ音が出る。だがここで経験の差が出る。やはり、颯佚の方が上手かった。
「…上手いね。優秀な奏者だ」
咲慧はそう言って、サックスを撫でる。だが颯佚は首を横に振る。
「…そんなこと無いよ。演奏だけが奏者の価値じゃないから」
「そぉ?」
咲慧は少し疑問そうに首を傾げた。
「てか、吹部だったのか?加藤さんは?」
「うん。凛西良新高校で1年ね。元々サックスは小さいころから趣味で吹いてた」
「だからか。でも音程は甘いな。あとで教えよっか?」
「…あとでね」
それだけ言って、咲慧はサックスを吹き始めた。
そして、打楽器パートの優月は、今日は箏馬の相手をしていた。
「えっと、箏馬君!ドラムやりたいんだっけ?」
ゆなは、勧誘に行くと出ていった。
押し付けたなあの人は…、と優月は出そうなため息を、吸い込み彼に話しかける。
「はい…。よろしくお願いします」
箏馬の声は地を這うように低い。その理由はきっと警戒しているからだろう。
「…じゃあ、エイトビートからやっていこうか」
エイトビートはドラムの奏法の基本だ。優月が言うと、箏馬はスティックを握る。そして、小さく息を吸い込む。
「一意専心…」
彼はそれだけ言って、スティックを大きく振り下ろす。シンバルにスティックの腹が食い込む。
そしてハイハットが大きく揺れる。彼の細い脚が隆起する。その度にバスドラからはドン!と音が鳴る。
「お…おお…」
優月は少し驚愕した。良く言えば豪快、悪く言えば爆音。彼の叩くドラムは、ゆなとは違う意味で暴走していた。その上、途中で途切れたりズレたりと初心者マークを見るより明らかだ。
(…なんで、鳳月さんは丁寧に教えないんだ)
そこで入部初日のことを思い出す。あの時、ゆなはドラムを教えてくれた。教え方は丁寧だったが、すぐに放任された。
「どうですかね?」
箏馬が自嘲するようにこちらを見てくる。
「えっとね…、基礎リズムが出来てるのはすごいよ。でもね…」
優月は自分のスティックを手にする。
「少し良いかな?」
「はい」
優月はドラムを前にスティックを構える。
このドラムは最早ゆな専用だ。卒業式以降、このドラムは使っていない。
小さく呼吸をする。しかし呼吸音は全く聴こえない。
彼はスティックを振り下ろす。シンバルが一瞬のうちに震える。パシン!と金属が震える音。
優月は、踏むようにペダルを蹴る。椅子が高いから足が届かない。
ハイハットは粒のように鳴り、スネアはパン!と正確にハイハットのリズムに食い込む。
「いち、に、さん、し、ご、ろく…」
リズムを刻みながら、優月がカウントをする。
「ほう…、泰然自若…」
箏馬は感心する。彼は気づいている。
優月は、分かりやすいようにカウントしている。この後何を言われるか、それはすぐに分かった。タムを叩きシンバルで締めくくると、晴れ晴れとした顔で優月は、
「こんな感じで、正確さと落ち着きが無いと、駄目なんだよ」
と言った。
「はい!才徳兼備。先輩はすごいですね」
「え、そ、そう?ありがとぉ」
優月は照れる少女のように笑った。
「てか、才徳兼備は言い過ぎだよ!才覚なんて無いよ」
「…そうですか?」
「1年間、ドラムをずっと個人練習してたからかな」
優月が言うと、箏馬は「ほう」と頷く。
「まぁ、頑張ろう!」
「尽善尽美。頑張ります」
そう言って箏馬は、再びエイトビートを刻み続けた。
しかし、彼が爆弾男だということを、優月は後に知ってしまう。
部活動が終わると、優月は少しの時間、ドラムを練習していた。
スネアの連打が完璧と判断したことで、個人練習は終わった。次の便までは20分。まだまだ時間があるが、まぁいいだろう。優月はそう思いながら、帰ることにした。
やはり想大がいないと寂しいな、優月はつくづくそう思う。だが、そう思う度、想大の最後の言葉が脳裏に蘇る。
『優月君は辞めないでね』
そう言っていた。その時決めた。誰かを追うのでは無く、自分の未来を追う人間になると。
そう思っていると、誰かが話しかけてきた。
「優月くん」
優月は声だけで誰か分かった。
「どうしたの?咲慧ちゃん」
長い髪を垂らした少女、加藤咲慧だった。彼女と優月は並んで帰ることにした。
「優月くんは家、そっちなの?」
「ああ、家はね茂華町にあるの」
「え?キミ、ここら辺じゃないんだ?」
「そうだよ。東藤駅まで行くの」
すると了承したかのように、咲慧は頷いた。
「ねぇ、1個聞きたいことがあるの」
咲慧はあることを優月に訊く。
「あの…春isポップン祭りって何?」
「えっ?春isポップン祭り?ああ、道の駅色桜でコンサートをやるの。色んな学校と合同演奏とか…」
「ああ…。凛良でも合同演奏やったよ。確か、クリスマスコンサート!」
「あ、うん」
優月はそれ以上、何も言えなくなった。定期演奏会の準備で参加できなかったとは言えまい。
「それで、どこと合同演奏するの?」
「うーん、去年は茂華中学校と冬馬高校だったね。あ、茂華中学校は僕の母校だよ」
「へぇ。意外だなぁ」
ふたりはその後も、色々な事を話していた。そんな中で、とある話題が出た。
「そういえば、あの久遠君とはどう?」
「ああ、箏馬君!すごく入部する気満々だった」
「…あの子、天龍にいたらしいよ」
「へぇ。天龍ねぇ」
天龍は東藤町内にある大規模な和太鼓クラブだ。向太郎や瑠璃が元々いたクラブだ。
「…天龍かぁ。そういえば、咲慧ちゃんも和太鼓部だったんでしょ?」
「そうだよ。今でも叩ける」
自信満々に言う彼女がどこか眩しい。
「どうして始めたの?」
「えっ?…忘れちゃった」
しかし、咲慧は優月の質問をひらりと躱す。しかし、優月は気付いてしまった。
恐らく聞いたらマズイ。
「…そっか。そういえば、鳳月さんのあの性格は前からなの?」
優月は話しを変えるように、ゆなのことを訊ねる。
「えっ?まだあの子の過去聞いてないの?」
しかし、咲慧はあっけらかんと疑問を疑問で返した。
「ごめん。鳳月さんの話しなんて聞いてない…」
「結構、話し長くなるよ」
「そんなに?」
「うん。あと結構、『あの人たち』のことを悪く言っちゃうかもしれない」
「えっ?あの人たち?」
「まぁ!きっといつか話してくれるよ!」
「咲慧ちゃんは知ってるの?」
「うーん、先っちょだけ。ソフトクリームの1番美味しい部分を舐めたくらい」
「それ、出だしだけじゃないの」
すると咲慧はふふふふ…と笑う。
「そうだね」
しかし、そこでふたりは別れることになった。
「またね!」
優月が手を振ると、咲慧は満面の笑みで、
「バイバイ!」
と返し、帰路へついて行った。
(…鳳月さんの過去ねぇ)
ゆなの過去。少し気になる。
だが、彼女の過去は思ったよりも複雑そうだ。
〈最終日に続く〉
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【次回】
いよいよ最終日!新入部員は何人入った?
裏で蠢く箏馬のカゲ…。悲劇の始まり




