5話 東藤高校 部活動見学 [3日目]
部活動見学3日目です!5日まであります!
『…ゆなっ子、和太鼓部って入部してもいいの?』
冬馬中学校。ある女の子がゆなに話しかける。
『えっ?まぁ、私の負担が減るなら良いや』
ゆなは悪びれもせずにこう言った。
『本当?私入る部活がないの』
『へぇ。別に良いけど』
『やったぁ』
するとゆなが口角を上げ彼女を歓迎した。
『よろしくねぇ。咲慧』
その後だ。ゆなの設立した和太鼓部に部員が入ったのは。
ー部活動見学3日目ー
風に揺られ桜が散る。白い小麦粉のような雲は太陽を優しく覆っていた。
「…はぁ」
ため息をつく優月に、ゆなが歩み寄る。
「何緊張してるの?昨日、タンバリンで後輩にカッコつけてたくせに」
「ひどい…」
ゆなは何事にも正直だ。だから、こんなひどいことでもサラッと言えてしまう。
グサリとその言葉は優月の胸に深く突き立てられる。ああ、これからもこんなことを言われ続けるのか、と思うと死にたくなるほど嫌になる。
「鳳月さんこそ、昨日、後輩来たんでしょ?」
「ああ。アイツか。私と同じ中学校だったな」
「えっ?じゃあ、冬馬?」
「そうだよ。まぁ私が3年の時、来たんだけど」
ゆなはそれだけ言ってスマホを手に取る。
そしてアプリゲームを起動した。全く、いつものことなので優月は放置することにした。
それにしても小林想大。彼が退部してからは、何かつまらないな、と思う。
自分を見守る為にわざわざ入部した。本意がそれだと知ると、想大の優しさに感奮する優月だった。
その時だった。
「こんにちは」
音も無く、誰かが入ってくる。
「あ?」
優月は振り返り、その誰かを見る。
そこにいたのは、黒髪に青みが混じった美少年だった。身長も160超えとゆなと同じくらいの身長。そして瞳は青みを纏っていた。
「三拝九拝と失礼します」
彼はそう言って頭を下げる。
「堅苦しいなぁ」
優月が、彼を苦しそうに見つめる。何だかこちらまで緊張してしまう。
「長幼之序を守ったまでです」
「あ、あははは」
優月は苦笑するしか無かった。全くどういう人間だ。
「鳳月先輩、今日もドラムをやりたいのですが…」
「ああ。オッケー!」
ゆなはそう言って、箏馬を手招きした。
優月はもうひとつのドラムセットから、毛布を剥ぐと、スティックを手にする。
そうして演奏しょうかと考えていると、また誰かが音楽室に入ってきた。その人物にゆなの瞳が大きく開く。
「は?…咲慧?」
「ゆ、ゆなっ子。ひ、久しぶりだねー」
咲慧は気まずそうに手を振る。
「何であなたがこんな所に?」
「転入してきたの…。私立はやっぱり遠いし」
ゆなの問いに咲慧は苦笑混じりに答えた。
「あぁ…。そりゃそーだな」
優月も会話に入ることは無かったが、そう口に出してしまった。ちなみに、彼女が転入してきた理由は優月も知らない。
「だから、あれほど止めたのにー」
ゆなが大げさそうに言うも、
「云うても1回だけでしょ?」
と咲慧にはあしらわれてしまった。
「あの…」
優月が咲慧に話しかける。
「結局は、入部するの?」
それを聞いた途端、反応したのは咲慧ではなく、ゆなだった。
「えぇ!?入部?」
「う、うん…」
咲慧が頷くと、ゆなはあくどい笑みを浮かべた。
「まぁ、菅菜が抜けちゃったし、丁度いいや」
ゆなは、友達を見つけたと思わんばかりに、咲慧を見つめた。
「えっ?齋藤先輩、抜けちゃったの?」
すると咲慧が訊ねる。
「そーだよ」
《今度は客として応援するから》
去年度、最後の部活で齋藤菅菜に言われた言葉が、今になっても蘇る。
「そっか」
咲慧はどこか残念そうだった。しかし、ゆなは素知らぬ顔でスマホを片手に、指を慌ただしく動かし始めた。
その時だった。
「こ、こんにちはぁ」
「こんにちはぁ」
ふたりの少女が入ってきた。海鹿美羽愛と大橋志靉だ。美羽愛はユーフォニアム経験者で、志靉はチューバとパーカッション経験者だ。ふたりは小学校からの仲らしい。
「あっ!しーちゃん、こんにちは」
優月は待ち合わせたかのように、彼女に歩み寄る。すると志靉はにこりと笑い、
「こんにちはぁ」
と言った。
「…じゃあ、ドラムやる?」
昨日の約束通りに優月が誘うと、志靉は大きく頷いた。
そして、個人練習用のドラムに優月は、志靉を案内する。
「そういえば先輩、このドラム、何て名前ですか?」
すると志靉が突然、そんなことを訊いてくる。
「え…ええ…?名前?」
「えっ?楽器に名前を付けないんですか?」
「しーちゃんは付けてるの?」
「はい!私の中学校のドラムはアビスって付けてました!因みに私が使うチューバにはマーメイドって呼んでました!」
ドラムにアビス、チューバにマーメイド。まず茂華中学校では、楽器に名前を付けることすらないだろう。
「名前、何にするんです?」
そんな事を思っていたら、彼女が優月に詰め寄る。
「あらあら…」
咲慧が心配そうに、優月に歩み寄ろうとした。だが、ゆなの手に止められてしまった。
「え…えっと…」
その時、バスドラムの打面に書いてあったロゴを思い出す。
「パ、パールちゃん…とか?」
優月は、恥ずかしくて仕方が無かった。すると、志靉は目を煌めかせる。
「へぇ!女の子なんですね!」
「え、ええ!」
優月は井土を真似るように頷いた。
「命名、パールちゃんですね」
そう言って喜ぶ志靉を見て、優月は少し気が抜けた。変わった子だな、と思いながら。
その時、井土が休憩室からのドアを開けてきた。
「あら!今日は乙女が多いわねぇ」
「また口調どうにかなってるぞ!」
井土とゆなのやり取りに、その場にいた優月たちはクスクスと笑う。
「ああ、それで、加藤さんは入部届け持ってきましたか?」
「はい。持ってきました」
咲慧はどうやら吹奏楽部に入部するようだ。まさか自身のクラスメートが最初に入部するとは。
すると、箏馬がゆなに話しかける。
「先輩、打楽器パートはいっぱいですか?」
「えっ?まだだよ」
ゆなが答えると、箏馬は少し考えるように、黙り込んだ。
しばらくすると、体験3日目が始まった。
ゆなは箏馬に基礎リズムを教えていた。
「ハイハット8回叩くのに入れるバスドラは2回だよ」
「はい。右にやっつ、下にふたつ…」
彼は特殊な言い回しで、ドラムのエイトビートを覚えていく。
そして優月も志靉にドラムを体験させていた。
「いつまでも♪いつまでも♪」
優月は歌いながら、ドラムのリズムを刻む。
タタドン!
スネアドラムとロータムの音がひとまとまりとなって響く。
「やってみて」
「はい」
志靉はそう言って、優月からドラムスティックを受け取る。優月のスティックは、最近変えたばかりで、ローズウッドを使った物だ。井土曰く、高級品みたいだが、ゴールデンウィークまでは持たせるしか無い。
「…よいしょ」
志靉は小声でリズムを取りながら音を鳴らす。なんだか可愛らしい。
「…うー、できましたぁ!」
すると優月はニコニコと笑う。
「そうだね。上手いね」
優月が褒めると「ありがとうございます!」と志靉はお辞儀をした。
そうしていると、再び井土がこちらへ話しかけてくる。
「ゆゆのドラムソロ見たい?」
そして開口一番言ったのはコレだった。
「えっ?ソロ…?僕…」
優月は突然の無茶振りにたじろぐ。ただでさえ、本格的に始めてからまだ1カ月なのに…。
「パーカスに1人、後輩が入るかもしれないよ」
「へへ、入るかもしれません」
井土のみならず、志靉までも退路を潰してきたので、こうなればもうやるしか無い。
優月は志靉にドラムの前の椅子に座らされる。
「…すーっ」
優月が叩こうとスティックを握る。すると井土は何かを取りに、休憩室へ戻って行った。
刹那、彼の手首からスティックが振り下ろされる。鳴ったのはサスペンドシンバルだった。
パシィンと鋭い音が空気を裂く。
(まぁ、あれやるか)
優月は平然と、高速のシャッフル演奏を繰り出す。タン!タンタン!タッタン!とスネアの皮が打たれる度、鋭い音が響く。
この奏法は入部した時から、真似してすぐにできた。ハイハットシンバルも思い切り打つ。
そして、その合間にもシンバルを数発ほど入れる。
(…やっ!)
心の中で合図すると、スティックは横に移動。3つのタムを打つ。
ドコドガドゴ!ドコドガドゴ!
とタムの音が響く。アクセントが強いこの奏法が優月は大好きだ。完全にマスターしているわけでは無いが。
(すごーいっ!)
ただゆなや茉莉沙の真似をしているつもりの優月に、志靉は尊敬の視線を向ける。そして、いつの間にか井土は志靉の後ろに立って、優月を見守っていた。
そんな事も知らずに必死な優月は、ハイハットのオープンクローズをやる。
ツツゥーツツゥー…と跳ねる2枚の円盤。そこへスティックの先端を打つ。
スネアの音は空気を切り裂き、タムは鳴り響く度に震え、シンバルは雷霆のごとく鳴り響く。
スネアを連打し、優月はサスペンドシンバルを打つ。そうして独奏を終えた。
すると志靉が優月に詰め寄る。
「先輩、めっちゃ才能ありますね!」
「えっ…ええっ?」
優月は必死に叩いていたので何が何なのか、全く覚えていない。すると、美羽愛が優月に駆け寄ってきた。
「…確かにですよ!」
「えっ…?あ、うるさかったならごめんね…」
優月が謝るも、美羽愛は笑って否定する。
「いえ。後ろのドラムの方がうるさいので」
「パールちゃん、ちっちゃいから音は気にならないよ」
2人がそう言って、初めて、後ろのドラムに音が鳴っていることに気づいた。
(なるほどね…。才覚はあるみたいだ)
その様子を見て、井土は満足げに笑った。
(けど…課題はまだまだだね)
「優月先輩、めっちゃ上手いですよ!」
「え…ええ…」
「あのハイハットがツゥーってなる所!」
優月は意味がよく分からなかったが、志靉と美羽愛が喜んでいるのなら、それでいいだろう。
そうしていると、体験時間が終了した。
「あぁ~、疲れたぁ」
優月がそう言うと、井土は、
「あの1年生、入りそう?」
と訊いてきた。
「…うーん。もしかしたらチューバに入るかもしれないですね。チューバが大好きって言ってたので」
それを聞いた井土は「そうですか」と何度も頷いた。
今年は沢山、新入部員が入りそうだ。
優月はそう思うと、自然と笑みが溢れた。
だがそんな優月に、高い壁が待ち構えていることは、この時の彼は思いも寄っていなかった…。
〈4日目に続く〉
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【次回】
久遠箏馬。優月と邂逅!!




