4話 東藤高校 部活動見学 [2日目]
部活動見学2日目です。
いよいよパーカッションパートにも希望者が来たようです…!
部活動見学2日目になると、1年生の動きも活発になってきた。
「おい!久遠!来たぞー!」
「最早、ここは戦場なり…」
そう言って、長身の男の子は思い切りジャンプし、ラケットを大きく振る。
パン!とシャトルが唸りを上げ、コートのネットを通過し墜落する。
「いてっ!」
しかし、威力が強すぎたのか、それは上級生の顔を叩いてしまうことになった。
「イテテテ…」
額を押さえる先輩に、ふたりの男子が駆け寄る。
「あ、あの!すみません!ほら、久遠!」
まるで子供に反省を促す親のように、男の子が背中を叩く。すると久遠と呼ばれた男の子が、
「すみません」
と硬い声で頭を下げた。
「諸行無常。これもまた無常」
制服に着替えようと、彼らが歩こうとした時、久遠と呼ばれる男の子が、そう言った。
「はぁ…。シャトル割れてる…」
すると男の子が、
「やっぱり、お前にバドは無理だよ」
と苦笑交じりに言った。すると、それが頭にきたのか、彼は、
「悪かったなー…」
と言う。
「んじゃあー、次は吹奏楽部に行くぞ」
「はぁ?國亥、本気か?」
「本気本気本麒麟」
「…これもまた無常」
ふたりの名前は、久遠箏馬と國亥孔雅。このふたりも、また物語に波乱を起こす一欠片となる。
その頃、音楽室。
「先輩、トランペット吹きたいです」
「あ、いいよー」
「フルート吹いてみたいです!」
「いいよ」
「これで吹いてみてー」
やはり、管楽器がてんてこ舞いだった。パーカッションパートの優月とゆなは、暇そうにその様子を見つめる。
「鳳月ってさ、ドラム以外にできる楽器あるの?」
「んなもん…いや、バイオリン弾けるや」
「えっ?バイオリン!?」
暇つぶしの会話のつもりだったが、気になった。
「そ。家にあるから暇な時に弾いてた。まぁ、それでも和太鼓とドラムには敵わないけど」
「ハハハ。ていうか、鳳月さんのいた和太鼓部の同級生ってどこの学校行ったの?」
優月はその同級生、加藤紗慧に会っている。彼女が転校してきたことを、ゆなは知っているのか?
「はぁ。んー、凛西良新高校だけど。今もそこにいるんじゃない?」
どうやら知らないようだ、そう思ったその時。
「あのー…こんにちは」
ふたりの女の子が、音楽室に入ってきた。
「…あ?誰か来た」
「そう言わず、出迎えればいいのに…」
優月はそう言いつつ、1年生の方へと歩き出した。
「あの…どうかしたのかな?」
優月が、ふたりの女の子に近寄る。すると、その女の子のひとりが、
「私、海鹿美羽愛って言います。ユーフォ希望で来ました」
と言う。
「おぉ…。楽器決めてるんだ」
「は、はい」
すると、もう1人の女の子が、もじもじとこちらを見る。
「えっと、君は何の楽器やりたい?」
「だ、打楽器やりたいです」
「あ、僕と一緒だ。お名前は?」
「大橋志靉です」
「えっと、何て呼べばいいかな?」
思春期の女の子は、「ちゃん付け」を嫌うらしい。多分、ちゃん付けが許されるのは優愛だけだ。
「し、しーちゃんで…」
「了解」
優月はそう言って、志靉を打楽器の群れへ連れ出した。
「えっと、打楽器の経験はある?」
優月は、パーカッションセットの前に立ち、彼女に訊ねる。
「はい。チューバとパーカッションやってました」
「おぉ…。ふたつも?」
「はい。私のいた中学校は、人数少なかったので」
「そうなんだ」
すると志靉がわざとらしくため息をつく。
「いやぁ、誰もチューバやりたがらないんですよー。いい楽器なのに」
「そ、そだね」
優月は打楽器一筋で、チューバには全然詳しくない。だが、志靉のきらきらと光る目を見せられると、満更でもなくなる。
「…だから、私、高校ではチューバやろうと思うんですよ」
「へぇ。いいじゃない」
優月がニコリと笑うと、志靉は「でも」と言う。
「…打楽器もやりたくて!どっちにしょうか?」
「まぁ、やりたい方にしたら良いよ。でもこの学校、打楽器はすごく活躍するよ。色んな楽器もできるし、いい経験になると思うよ」
優月は、迷う彼女に、ありのままの言葉を伝える。
「先輩、中学校でも打楽器やってたんですか?」
「ううん。僕の中学校は、茂華中学校って言って、凄く強いみたいなんだけど、そこにいる打楽器の子に憧れちゃって始めたの」
すると、志靉は何か察したのか、両手で口を押さえる。
「罪ですねぇ!その子!」
何だか興奮しているようだ。
その頃。
私立凛西良新高等学校。ここは県内でも生徒数が多いと有名だ。
そこに通う榊澤優愛は友達と話していた。
「えっ?中学校のぶか…ハックシュン!!」
彼女がくしゃみをすると、友達は心配そうに、
「えっ?大丈夫?」
と訊いてくる。
そんな噂の弊害も知らずに、優月と志靉はそのまま会話を続けた。
「…それで、中学校では何の楽器をやってたの?」
「えっと…、タンバリンとかの小物楽器です。ほら、皮が張られているやつです」
ああ、それか、と優月は言いながら、楽器庫に1人入っていく。
間もなく、彼は皮の張られたタンバリンを持ってきた。
「…これのことかな?」
「はい!」
「これね、タンブリンっていうらしいよ」
「えぇ!初耳!!」
志靉は本当に知らなかったようだ。少し可愛いな、と思いつつも、
「先輩、楽器に詳しいんですねぇ」
「そんなことないよ」
ただネットで調べただけだ。
「それよりもね、ここでは、これを使うの」
そう言って、優月は赤いタンバリンを手にした。
「えっ…?これはどうやって打つんですか?」
「ああ、これはね…」
優月は、タンバリンを右手に、シャカシャカと振り、左の掌に打つ。
しゃかしゃかぱん!しゃかしゃかぱん!
「へぇ…!」
優月は更に手首を振る。
しゃかしゃかしゃかぱん!しゃかしゃかしゃかぱん!
今度は細かい粒のような音が響く。その音は器用に速度を変える。タンバリンの細かい正確な音は、志靉の目を煌めかせた。
「…こんな感じかな。やってみる?」
「はい!ありがとうございます!」
優月に渡されたタンバリンを志靉は、楽しそうに叩く。何だか瑠璃に似てるな、と思う。
「他には何があるんですか?」
「他にはね、これかなぁ」
優月が手で音を出したのは、ボンゴという楽器だ。低い音と高い音が器用に響く。
「…あっ、やったことありますよ」
「そうなんだ」
「あの、お手本見せてくれませんか?」
すると彼女がそう言った。優月は「いいよ」と頷いた。実は定期演奏会でも使っている。その時はかなり手が痛くなったが。
優月は右の太鼓を両手で6発叩く。その音は速くて、1発にも聴こえる。そして5発目の左で皮を打つと同時に、右手で左の太鼓を叩く。
ポコポコポコパン!ポコポコポコパン!
途切れなく、絶え間なく響く音に、志靉は再び目を輝かせる。
「まぁ。これが基礎リズムらしいよ」
「そうなんですね!先輩、上手すぎませんか?」
唐突にそう言われて、困ったように笑う。
「そ、そんなことないよ」
「少なくとも、茂華中学校でも通用しますよ」
「なんか言われたことある…」
そう言って、優月はスティックを渡す。
「はい。手が痛くなっちゃうからこれ使ってね」
「わぁい。ありがとうございまぁす」
そう言って志靉は、ボンゴを叩く。
しかし、彼女も経験者だ。ただ音を鳴らすだけではなく、ひとつのリズムを刻んでいる。
「それ、何かの曲?」
「いえ。オリジナルです」
「へぇ」
オリジナルとはいえ、上手いからか、どこかで聴いたことある曲だと錯覚してしまう。
「さて、他にはやりたい楽器ある?」
「えぇー…」
志靉は少し迷ってしまう。何の楽器をやろうか?
その時だった。
「こんにちはー!」
「るせー」
やたらうるさい声の主が入ってくる。
「…あの、トランペットありますか?」
そのうるさい声の主が言うと、黒嶋氷空がトコトコとトランペットを手に歩み寄る。
「ありますー」
「あの中学でもトランペットやっていて」
「入部者?嬉しい!」
氷空が笑顔になる。
そしてもう1人の男の子は、ツカツカとドラムを占領しているゆなの方へ歩み寄る。
「あの…すみません」
「あ?1年生かぁ。どうしたの?」
「…体験したいです」
「えっ?ドラム?ゆ…」
その時、ゆなは初めて、優月が志靉を相手していることを知った。
「名前は?」
「久遠箏馬です」
「経験者?」
「いえ。和太鼓しか」
「あーん、私と一緒だ!じゃあまずは基礎リズムから!」
ゆなの指導のもと、久遠箏馬という男の子は、ドラムを刻み始めた。
「愛を込め〜て花束を〜」
その時、志靉は優月とグロッケンを打っていた。優月の歌唱に合わせ指で、志靉に叩く位置を指示している。
とその時だった。
「うっ!」
ドラムの爆音の波がこちらへ襲いかかる。
「…すげぇ音」
「えっ?ドラムあったんだ。私もやりたい」
しかし、結果、志靉がドラムをやることになった。
優月は、自分が使っている小さな黒いドラムに、腰掛ける。
「じゃあ、まずは基礎リズムからね」
「はぁい」
最初、志靉には慣らすべく、適当に叩かせているが、すぐに飽きたようで優月に基礎を教わっている。
基礎のエイトビート。そこにバスドラ2連打ち。
優月は平然とドラムを叩く。
「先輩、本当に凄いですね。習ってたんですか?」
「だと良かったんだけどねぇ」
優月は残念そうに、ゆなの方を見る。
習っていたのはゆなだ。
そうして、優月が志靉にドラムを教えていた時だった。
「曲がりくねる♪はしゃいだ道♪」
その歌声は美しく、優月のドラムに合わせるように響いた。
優月は、ド、ドドンとバスドラを右足で踏みながら、真上を見る。
「あっ…」
そこにいたのは顧問の井土広一朗だった。
「青葉の森で駆け回り♪」
すると優月がドラムを叩く手を止める。
「井土先生」
すると、志靉が「こんにちは!」と頭を小さく下げる。
「はい、こんにちは」
井土はそう言って、ニコリと笑う。柔和な表情を見ると誰もが安心する。
「ゆゆのドラム、上手でしょ?これでも初心者なんだよ」
井土がそう言うと、
「はい!」
と志靉は頷いた。
「う、上手いですかねぇ…」
優月が頼りなさそうに言うと、井土が頷く。
「優月先輩、すごく上手いですよ!多分、ここの打楽器レベルが高いだけですね」
「そ、そんなことないと思うけど…、そう思うことにする!」
優月はそう言った。
「しかもね、曲を始めたの、最近なの。それまではずっと基礎練習してたんだよ」
「へぇ…」
優月は、えへへと笑った。
井土にそう言われると嬉しい。
「あ、大橋さん、そろそろ見学終了時間なので、また明日にでも」
「分かりましたぁ。明日は曲を教えてくださいね。優月先輩!」
「いいよ。しーちゃん」
すると井土が愉しげに笑った。
「先輩、先生、さようなら」
「はい、さようなら」
井土が言うと、優月も「またね」と言い手を振る。すると彼女も手を振り返してきた。
それを皮切りに、1年生は全員帰っていった。
「ゆゆ、これから大変だね」
「えっ?」
井土は意味深に言っていたが、優月はイマイチ分からない。
そしてこの後、優月はとんでもない才能を発揮させるのだ…。
〈3日目に続く〉
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【次回】
優月と志靉
優月が本気のドラムソロ
そして…ゆなと咲慧が再会してしまう…!!




