3話 東藤高校 部活動見学 [1日目]
東藤高校吹奏楽部の勧誘が始まります。
さて、今年はどんな部員が入るのかな?
《追記》
投稿日である今日の6月14日は新部長でもある明作茉莉沙ちゃんの誕生日です!
日日遅れても良いですから誰か祝ってくれませんか?by茉莉沙より
東藤高校。
4月の中旬頃になると、1年生は部活に入らなければならない。だが、この高校は部活動の勧誘にそれほど力を入れていない。
「来ないなぁー」
鳳月ゆなが、悶々とした様子でスマホを片手に、慌ただしく画面を打っている。
「…ホント」
颯佚もそう言って、サクスフォンを撫でる。
「やっぱ、去年が黄金期だったのかなぁ」
「それなー」
初芽とむつみもそう言った。
「黄金期…。それはめちゃくちゃ部員が入ってきた時」
悠良之介もユーフォニアムを抱えつつ、諦めていた。
「あれ?ゆゆとメイさんは?」
するとゆなが、初芽たちに訊いてくる。練習熱心なふたりがいないのは珍しい。
ちなみに、ゆゆとは優月の愛称。メイは明作茉莉沙の苗字から取っていた。楽団時代は、こう呼ばれていたらしい。
「あの2人なら、勧誘するって出ていったよ」
「えっ!?やったぁ!ゆゆめ、演奏下手なんだから、こういう時くらいは役に立ってもらわなくちゃ!」
ゆなが目の色を変えてそう言うと、
「ゆゆはちゃんとやってるよ。少なくともアンタよりはね」
とむつみが返してきた。
確かに、練習継続時間は優月が圧倒的だ。ゆなは、できてしまえば、すぐに遊びに走るので、優月の方が真面目だと見られる。
「ゆゆねぇ…」
心音がフルートケースを膝の上に置きながら、そう言った。
その時、茉莉沙は、裏庭でトロンボーンを吹きながら、去年のことを思い返していた。
スライドが伸び縮みする。それがトロンボーン。
温かい音が、外の空気に揺られ、どこまでも響いてくれる。
去年もそうだった。
岩坂心音。彼女が茉莉沙に話しかけてきてくれたのだ。彼女は最初、全く吹奏楽に興味など持たなかった。それでも何故か今に至るまで入って練習している。
去年は来てくれたが、今日は流石に来ないだろうな、そう思ったその時、
「…音、綺麗ですね」
誰かが話しかけてきた。いたのは可愛らしい女の子。だが1年生ではない。
「…恐れ入ります」
茉莉沙はぺこりと頭を下げる。すると、女の子がやや慌て気味に頭を下げる。
「…あ、いや、先輩なんですから、敬語使わないでくださいよっ!」
それを聞いて、茉莉沙は「そう?」と硬い口調を崩す。
「1年生じゃないでしょ?」
茉莉沙は気になったことを単刀直入に訊ねる。
「は、はい!私、凛良高校から転校してきた加藤咲慧です!」
「かとうさえ…さん?」
「はい」
の長い髪がそっと揺れる。
「あの、私、アルトサックスやっていて…。もしご迷惑じゃなかったら、一緒に吹いてくれませんか?明日にでも…」
今年はそのタイプで来たか…、と茉莉沙が言うと、
「あっ!ご迷惑でしたか?」
と訊ねる。しかし、茉莉沙は首を横に振る。
「全然大丈夫。アルトサックスは趣味?」
「あっ!完全に趣味です!凛良で1年、吹いていた程度ですが」
「ふふっ、そっか」
茉莉沙は真紅の瞳を細める。物腰柔らかそうに笑った。
「なんか、吹いてほしい曲とかある?」
「えっと…じゃあ、お任せします!」
「…うーん。取り敢えず、今すぐに吹けそうなのは…」
茉莉沙は楽譜をパラパラと捲る。
すると、
「先輩って、何かしてますか?役職」
「うん。部長してる」
「えっ!?そうなんですか!?」
「私はそこまでやりたかった訳じゃなかったんだけどね…。先代の部長から勧められちゃって」
そして、茉莉沙はトロンボーンを構え、曲を吹く。
その曲は、咲慧にエールを送るものだった。
「もしかして、恥ずかしいか青春は、ですか?」
「そう。いい曲だよね」
「はい!私、この曲大好きなんですよ!」
随分と威勢のいい後輩だな、茉莉沙はそう思った。
すると、携帯から電話がかかってくる。
「ちょっと失礼」
茉莉沙は通話に出る。
「えっ?1年生が来た?トロンボーンがやりたい?…了解しました」
通話を切った茉莉沙は、
「ごめんね。音楽室に戻るね」
そう言って咲慧に手を振る。
「はい!ありがとうございました!」
咲慧がそう言うと、茉莉沙はトロンボーンと譜面台を仕舞って、昇降口に戻って行った。
そして、音楽室に戻ると、今まさに、トロンボーンを吹きたいという1年生がいた。
「ただいま」
茉莉沙はやや駆け足に戻ってきた。
「あっ、突然、お呼びして…ごめんなさい…」
するとボブカットの女の子が小さく頭を下げる。茉莉沙も下げ返した。
「いえ、お名前は?」
茉莉沙が訊ねると、女の子は恥ずかしがる様子もなく、
「藤原美鈴と言います。中学校からトロンボーンを吹いていて…」
と答えた。
「へぇ。そうなんですね」
茉莉沙は返事すると、金色に光るトロンボーンを手にした。
「では、吹いてみましょうか」
茉莉沙の柔らかい声に呼応するように、美鈴は頷いた。
「…すぅ」
美鈴がトロンボーンのスライドを引く。すると、音がゆるりと出る。しばらくすると、ドレミファソラシドの音を出す。
「うまぁ」
茉莉沙はそう言うが、他の部員は物足りないように思う。それはきっと茉莉沙の技術が人並み外れているからだろう。
「えっと…どうですか?」
「すごく上手いですよ。私以上」
茉莉沙はお世辞も含めたその言葉を、美鈴に笑顔でぶつける。
「茉莉沙…先輩も吹いてみてください」
すると美鈴は、容赦なく茉莉沙に楽器を押し付ける。やたら距離感が壊れてる、と茉莉沙は思いながら、トロンボーンを構える。
「すーっ…」
その時、飛び出したのは、ドレミファソラシドの綺麗で澄んだ音だった。
そして一切の躊躇いもなく、『きらきら星』を吹き始める。その音の最中は、誰ひとり何も喋らなかった。
「えっと…こんなものしか吹けません。はい」
茉莉沙はそう言って、遠慮がちに笑った。しかし、とてもそうとは思えなかった美鈴は、茉莉沙に、
「先輩!音大目指してますか?」
と詰め寄る。しかし、茉莉沙は冷静に、
「いや。医大目指してます」
と返した。
ひとりおかしい、ゆなが笑いながら言う。しかしむつみたちは「そんなことないもん」と取り繕うように言う。だが、実際その通りだ。
県内でもトップレベルのトロンボーン奏者の練習メニューで効率的に練習する茉莉沙の実力は、飛び抜けて高い。しかも、基礎練習と応用練習を絶対に欠かさないので、どうすれば良い音が吹けるか、無意識に分かってしまうのだ。
「…さっすが、部長」
美鈴が恐れ入りました、と言わんばかりに、頭を下げる。
「ふふ。部長って言っていただけて嬉しいです」
茉莉沙はそう言ってペコリと頭を下げた。恐らく彼女は自分が上手いという自覚が無いのだ。
その頃、優月は階段を上りながら、考え事をしていた。
「はぁ…。やっぱ、茂華中から来た子はいないのかぁ」
優月が残念そうに肩を落とす。
その時、
「あ!優月くん!」
誰かが話しかけてきた。しかし、誰かと考える間もなく、すぐに分かる。
「咲慧ちゃん」
優月が言うと、長い髪を垂らした少女がくすりと笑った。
「…あの、音楽室ってどこなの?」
すると、咲慧が尋ねてきた。
「ああ、3階だよ。今から行く?」
「そっか!」
しかし、彼の親切心を遮って咲慧が言う。
「ゆなっ子も上?」
「鳳月さんなら、多分。まぁ、スマホやってるだろうけどね…」
「えっ?打楽器やりたい子とか来てないの?」
「うん。来てないの」
優月がそのまま返すと、咲慧が再びくすりと笑った。
「いっぱい人が来るといいね」
と彼女が言うと、
「鳳月さんみたいな人はちょっと困るけど…」
と本音をこぼす。
「わぁ。ゆなっ子可哀想」
咲慧はそれだけ言って、小さく手を振る。
「…あれ?音楽室には行かないの?」
「いや、今日はいいや。ゆなっ子には転入したのは内緒だし」
そう言って咲慧は優月から去っていった。
「部活動、頑張って!」
その可愛らしい表情。優月は思わず、
「うん!」
と大きな声で言ってしまった。
加藤咲慧。鳳月ゆなとは正反対な性格だな。
そう思いながら、音楽室へ戻って行った。
その翌日。状況は大きく一変するのだ。
〈2日目に続く〉
ありがとうございました!
良かったら、
ポイント、リアクション、感想、ブックマーク
をお願いします。
【次回】
優月 真の実力は作中トップレベル!?
打楽器希望者現る!!
《今後の予定》
6月15日 優月の実力は作中トップレベル!?
打楽器希望者 大橋志靉と久遠箏馬
6月16日 咲慧とゆなが…再会してしまう
優月の必死なドラムソロ!
6月17日 優月と箏馬 いよいよ邂逅!
6月18日 部活動見学編 最終日
多数の入部者




