2話 勧誘の始まり
《茂華中学校吹奏楽部員》
古叢井瑠璃
主人公。打楽器パート代表。主に鍵盤担当だがドラムが大好き。
指原希良凛
瑠璃の後輩。文化祭では、瑠璃からドラムソロを奪った。打楽器奏者の弟と張り合っている。
伊崎凪咲
クラリネットパートリーダー。瑠璃と親友。
《新入部員》
末次秀麟
新1年生。茂華小学校で打楽器をやっていた。
「うわっ!吹部だ!逃げろ!」
こんな声が、とある中学校に響く。
その様子を遠目に見た少女は、
(今年も張り切ってるなぁ)
と思うしか無かった。
ー数日前…東藤高校ー
入学式を終えた優月たちは、次の演奏会に向けての練習をする傍ら、友達作りを楽しんでいた。優月に限っては、1年間、本気で吹奏楽部を楽しんでいたので、他のクラスとの関わりが少ない。
しかし…
「ガハハハ…」
お菓子を食べながら、談笑する集団に優月は思い切り辟易した。
「何だこれ」
授業まであと数分なのに何をやってるんだ?この連中は?
結局、秒で友達作り(男子)はすぐに諦めた。
優月は諦めたように、手元の小説を広げた…。
茂華町にある茂華中学校。ここは吹奏楽の強豪校として有名だ。そして優月の出身校である。
そこでは入学式が終わると、吹奏楽部の皆々は忙しくなる。
入学式が終わり、数日後。
「瑠璃先ぁ輩!こんにちは!」
楽器室で楽器の掃除をしていた少女に、誰かが話しかけてきた。
「あっ!さっちゃん!こんにちは!」
と言って、顔を上げたのは古叢井瑠璃。3年生になった打楽器パート代表だ。
「あの、今年はパーカッションも勧誘とかするんですか?」
後輩の指原希良凛が訊ねると、瑠璃は丸みを帯びた顎に「うーん」と指をくっつけ、
「一応、しょうかなぁ」
この中学校は、勧誘が激しいことで有名だ。各パートごとノルマを決めて、その人数は確実に体験させる。
「じゃぁ〜、行きますかぁ〜!」
希良凛がそう言って、軽々と腕を振り回す。
「ちょっと待って!」
「えっ?」
そんな彼女に瑠璃は自身の経験を語る。
「私が去年、迫るように誘ったら、結構怖がられちゃったから、少し様子を見よう」
すると、ムスッと希良凛は頬をふくらませる。
「先輩、愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶんですよ!」
と不満げに言われると、瑠璃は口元をムズムズとさせる。
「そ、そうかもしれないけど、怖がっちゃうと意味ないからっ!」
瑠璃が荒げるように言うと、希良凛はびっくりしながらも、
「はーい…」
と彼女の意向に従うことにした。
その時、顧問の笠松明菜が話しかけてきた。
「古叢井さん、指原さん。これ、演奏会の楽譜」
そう言って、渡したのは『ダンスホール』の楽譜だった。
「古叢井さん、申し訳ないけど今回も」
「え、えぇ…。はい」
瑠璃はその楽譜を見て、顔をしかめる。
(最近、グロッケンとかビブラフォンばっかり…)
すると希良凛は「ドラムだ〜」と楽譜をファイルに入れる。
瑠璃は正直言って、鍵盤楽器が苦手だ。どちらかと言えば、いや、圧倒的にドラムなどの皮楽器が好きだ。
少し不満はあるが、声に出している暇は無い。
こうして、勧誘が始まった。
ちなみに、トランペットパートの同級生が強行したことを皮切りに、吹奏楽部員と新1年生の鬼ごっこが始まった。
その様子を音楽室の大窓から瑠璃は、
「バカじゃないの…」
と頭を押さえる。その時、クラリネットを持った女の子が、
「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ…」
と呆れ気味に言った。
「あ、凪咲!」
瑠璃は、クラリネットを手にした伊崎凪咲を見る。
「もしかして、さっちゃんに、この言葉教えた?」
「うん。図書室で読んだ本に書いてあったの」
「お前かぁ」
瑠璃はそう言ってカラカラと笑った。しかし、凪咲は深刻そうに俯く。
「んで、どうするの?河野のバカが暴れるせいで、音楽室にすら来なくなっちゃったけど」
すると、瑠璃が「お口悪いよー」と言って、音楽室を出ていった。
(仕方ない…。ここは私が)
瑠璃は、高ぶる心臓を抑え、冷静な表情をする。敢えてドラムスティックすら握っていない。
この方法は、優愛から学んだものだ。
榊澤優愛。今はもういない瑠璃の先輩だった。出会った時から引退するその日まで、面倒を見てくれた姉以上の存在だった。
瑠璃自身も優愛に誘われた。そのまま太鼓目当てに入部した。あの時、優愛がスティックすら持たなかった理由。それは多分、逃げる1年生に恐怖を与えないためだろう。
今なら分かる。
「…とはいえ、私みたいな子なんていないかぁ」
瑠璃はそう言ってため息をついた。
すると、ひとりウロウロする男子をみつけた。
シューズの色は緑。1年生確定だ。
「こ、こんにちはぁ」
瑠璃は、義務感だと自分に偽り、彼に話しかける。
「あっ、こ、こんにちは」
その男の子は、どこか可愛らしかった。黒縁の眼鏡が合う男の子。
「えっと、体育館の近くにいたけど、運動部志望かな?」
瑠璃は冷静に訊ねる。
「いえ。違います。あのお姉さんは何部なんですか?」
お姉さん?瑠璃は心臓がキュッとなった。
「えっ…とね、吹奏楽部だよ」
すると男の子の表情が変わる。何かに恐れている。
「…が、楽器は?」
男の子の瞳が大きく震える。怖い。その感情は瑠璃には痛いくらい分かった。
だから、刺激しないように、
「パーカ…、打楽器だよ」
と笑って答えた。
すると男の子の肩から、すっと力が抜ける。取り敢えずは逃げなさそうで安心した。
「よかった…。お姉さん、お名前は何と言うんですか?」
「古叢井瑠璃だよ。瑠璃!」
瑠璃はそう答えた。すると男の子は、
「僕は末次秀麟です」
と答え、小さく頭を下げた。
末次秀麟。初めて聞く名前だ。
「そっかぁ。楽器の経験は何かあったりする?」
「…えっと、打楽器やってました!」
それを聞いて瑠璃は、更に前のめりになる。
「えっ…!何を中心に?」
「バスドラとかシンバルとか…あとはグロッケンです」
それを聞いて、瑠璃はほうほうと頷く。小学校のブラスバンドではオーソドックスな方だろう。
「あの!すみません!」
すると秀麟が頭を下げる。
「僕、友達からこの中学校は、勧誘が有無を言わさずで、1年生は連れ去られるという話しを聞いていて…」
「なるほどねぇー」
瑠璃は苦笑した。
「僕、早く打楽器やってる先輩に挨拶したかったんですよ!だから、他の楽器に捕まるわけにはいかなくて…」
「…捕まっても事情を話せば分かってくれると思うけど…」
しかし、『ノルマ』という言葉で全てを察した。多分、パートによっては、すぐに解放してくれないだろう。
そう思うと、瑠璃は少し嫌な気分になった。
「分かった。まぁ、他の部活も見たいでしょ?それからでいいよ。待ってるね」
そう言って、瑠璃は手を振ると蝶のように立ち去って行った。
可愛らしいな、秀麟はそう思わずにはいられなかった。
そして、秀麟が来たのは、それから翌日のことだった。
「こ、こんにちは…」
遠慮がちに男の子が入ってくると、希良凛が、
「こんにちは」
と笑う。その人懐っこい笑みに、秀麟も思わず、笑みが溢れた。
「お名前は何?」
希良凛が訊ねると、彼は、
「末次秀麟です。えっと…お姉さんは?」
と疑問形にして返した。
「えっ…!?お姉さん!?ヤダ!嬉しい!♪」
すると希良凛が飛び跳ねた。
「秀麟君、私は指原希良凛だよ!さっちゃんって呼んでね!」
息巻いて言われるも、彼は、
「さっちゃん先輩!宜しくお願いします」
と冷静に返した。
「…てか、指原って…、あれ、去年の演奏会で会いませんでしたか?」
それを聞いて、希良凛だけが思い出す。
「そういえば!秀麟君、サッシンやってたよね!」
「はい!」
しかし「…えっ?」と瑠璃は分からなかった。
去年の10月。茂華小学校、中学校、高校の吹奏楽部にて合同演奏会があったのだ。ただ、瑠璃はドラムパートで、彼女たちとは別練習だったので、顔を覚えるほど話すことはなかった。
「それで、あの…瑠璃お姉さん」
すると、秀麟が瑠璃に視線を向ける。
「…この1年は、瑠璃お姉さんに、任せます」
「えっ?任せるって?」
瑠璃には意味が分からなかった。
「だから、何事にも瑠璃お姉さんの言う通りにします」
「それは困るなぁ…」
瑠璃が顔をしかめようとすると、希良凛がドスンと瑠璃に抱きついてくる。珍しい。
「先輩!それってつまり…」
《先輩の苦手な楽器もやってくれるってことですよ》
あくどい笑みで希良凛が言うと、
「いやー、それは嬉しいけど」
と言う。しかし、秀麟のキラキラとした瞳を見ると、無下に断ることもできない。
「分かったよ。宜しくね」
瑠璃はニコッと笑うと、秀麟は「はい!」と言った。
「では、何から…」
すると、秀麟が手慣れた手付きで、スティックを握る。学校のものだ。
「先輩方、ドラムやってみても良いでしょうか?」
「あ、いいよ!」
すると、秀麟の握るスティックが唸りを上げる。
バシィーン!!と何かが破裂したかのような音が響く。バスドラの激しいリズムが、楽器室の空気を歪める勢いで解き放たれる。
思わず、ふたりはドン引きしてしまった。楽器を破壊しかねないくらいの爆音だというのに、全く壊れる予感がしない。
そして、1番恐ろしいのが、音が寸分狂わず、正確だということだ。
「てか、この曲」
その時、瑠璃が気付く。
「東京スカパラだ…」
それは、かつて彼女が演奏した『東京スカパラダイスオーケストラ』だ。何と完全に模写している。多少リズムは違えど、演奏に投入しても問題無いくらいだ。ドカドカドゴ!とタム回しさえも、小学生離れしていた。
だが一通り、叩くと、秀麟は恥ずかしそうに縮こまる。
「ああ…っ。いつもの癖で…。本当にすみません」
秀麟が謝ると、希良凛がパチパチと拍手した。
「すごく上手い!!」
「いや、あのこんなの吹奏楽で使ったら、怒られます」
確かに…、ふたりが思うくらい、音は大きかった。未だ耳鳴りがする。
こうして、秀麟は一通り、体験を終えた。
「あの…先輩方、入部したら宜しくお願いします」
「宜しくね」
瑠璃と希良凛がそう返すと、彼はトコトコと去っていった。
「すごい腕だったね」
見送ってしばらく経った頃、瑠璃が言うと、希良凛も頷いた。
「でも、瑠璃先輩にもやらせたら、あれくらいやりそうな気はしますよ。私、莉翔の演奏より、瑠璃先輩の方が上手いと思ってますし」
「それは、大袈裟だよ」
瑠璃はそう言って、青い空が写された窓に、手をかけた。
(でも、本気になれば…私はあれ以上…)
その時、彼女が窓に向けた顔は、悪魔が宿ったような顔だった。
新体制の吹奏楽部は、今まさに幕を開けたばかりだった。
だが、瑠璃たち茂華中学校に、暗い絶望の壁が襲いかかる…。
ありがとうございました!
今後も『茂華中学校編』も投稿していこうかな…と思っていますのでよろしくお願いいたします!
(追記) 末次秀麟って名前、ダサくない??よね?
【次回】
東藤高校 新入部員勧誘編 スタート!!
新部長 明作茉莉沙の真の実力!