表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
[1年生編]輝く三つ巴 定期演奏会編
68/208

東藤高校定期演奏会 【終焉の章】

暗いステージに、一条の青い光が差す。

風の暴れる音と共に、トランペットの悲哀に満ちた音が響く。

これが定期演奏会の始まりだ。

そしてしばらく進んだ頃だった。


『やばい…やばい…白波瀬さん、どこに行ったんだ…』

優月は冬に合わぬ大汗をかいていた。なぜなら、背中のリボンはほどけたまま。これを縛らなければ、 シャツが脱げてしまう。

『…あと1分で…』

衣装演奏まで、残り数十秒。

泣きそうな気持ちを抑えながら彼は、深海のような青い光のステージを見つめた。



ー数時間前 AM7:30ー 

今日は定期演奏会の当日だ。

それなので、朝の7時から、最終確認・リハーサルが始まった。


「ふぁぁう…」

優月も欠伸を噛み殺し、グロッケンの不安定箇所を何度も確認する。練習すればするほど、円滑に演奏できるようになってきた。

ゆなもこの日ばかりは、スマホを手にせず練習をしていた。だが、彼女の普段の様子を見れば、

(…なんか、普段練習してない人が練習してるとなんか、気持ち悪いな…)

と思ってしまった。


すると、管楽器隊がチューニングを終え、ステージへ戻ってきた。

「では、各々、練習を始めてくださーい!」

そこへ部長の雨久の指示が飛ぶ。

『はぁい!』

全員がそう返事すると、即座に楽器の豊かな音色が響いた。



ーAM11:30ー

いよいよ定期演奏会まで2時間を切った。

「みなさーん!」

休憩をとる優月や部員たちに、井土が呼びかける。

「定期演奏会は、昨日、ここに来た時点で始まってるんです。今日が沢山の日に見せる日というだけで、定期演奏会は既に開演しています」

多分、真面目な話だな、と優月は身を起こし、彼を一心に見つめる。

井土が、真剣な話をすることはあまりない。

「ですので、最後の最後まで、今日は頑張りましょう!」

井土がそう言うと、部員が『おー!』と声を張り上げた。


フルートパートはこの話を受け、初芽と心音が話していた。

「なんか、私、この話、聞いたことある気が…」

「えっ?そうなんですか?」

「うん。中学校で」

茉莉沙は、すぐにトロンボーンの点検を始めた。

「…異常なし」

ホルンパートの想大と奏音は、

「なんか、緊張してきた」

と話していた。想大は吹奏楽も、定期演奏会も初めてだ。だから緊張する。

「そう?ゆゆは、楽しみみたいだけど」

「えっ?」

想大は優月の方を見る。すると優月は、未だグロッケンを前に、楽譜の確認をしていた。本当よく飽きないな、と思った。

すると奏音が想大に、

「大丈夫?気持ち悪くない?」

と言う。

「あ、いや、全然大丈夫です」

「嫌でもお昼は食べてね」

と笑うと奏音は、ホルンを手に取り吹き始めた。

そして、トランペットのパートの雨久と、OGの姫石咲苗は緊張をほぐすべく話していた。

「ここのツボを押せば緊張しなくなるよ」

「えっ?嘘くさー」

というか、姫石のツボ押しは本当に痛い。

「痛い痛い!」

「我慢しなさい!」

姫石の荒療治に、雨久は苦し紛れに笑った。


ーPM12:00ー

最後の最後の確認を取り、ロビーで部員たちは昼食を取った。しかしこの時間は何故か、OGがいなくなった。

「あれ?宮野は?」

ゆなが、コンビニ弁当を手に、辺りを見回す。

「呼び捨てしないの」

すると、心音がゆなをチョップした。

「心音ちゃん、一緒に食べよう」

すると、降谷ほのかが心音に話しかけてきた。

「あ、いいよ」

そう言って、心音は別の席へ移動した。

夏矢颯佚も、2年生の齋藤菅菜と昼食を取っていた。

「先輩、アポロです」

「えっ?星型じゃん!いいの?」

「いいんです。先輩に色々お世話になりましたし」

「ふふっ、なら…」

菅菜は躊躇無く、アポロを口に放り込んだ。

「でも、先輩のお陰でなんやかんや、辞めずに続けられた気がします」

「そう?」

すると颯佚が「はい」と言った。その瞳には迷い無き光が込められていた。

菅菜は「そう」と言って笑った。

彼女は元々和太鼓部で、部員、特に後輩も少ない中、頑張ってきた気がする。何故だろう?今、この瞬間の方が楽しいと思えるのは。

菅菜は少し不思議な気持ちになった。


ーPM1時ー

この時間になると、ロビーに人だかりができていた。子供、大人、老人、人だかりにいる人はそれぞれ違った。


しかし、部員たちがそれを見ることは無かった。

「…そろそろ本番かな」

そう言ったのは、白波瀬悠吉。河又悠良之介の先輩だ。彼は、優月たち男子の衣装の着付け担当だ。

「そうですね」

向太郎はそう言って、少し悲しげな顔をした。

けれども本番まで時は迫り、ついに本番だ。


ーPM1:30ー

『会場の皆様、本日は東藤高等学校吹奏楽部にお越しいただきありがとうございます』

女性のアナウンス。その間に舞台裏で全員が、楽器を手にした。


アナウンスが終わると、暗闇に一条の青い光が差す。それと同時、風のびゅうう…と吹雪く音と共に、トランペットの音が響いた。

雨久のトランペットの音に、観客席の人々は釘付けになる。

その間に部員たちは、各位置へ立つ。


優月もシェーカーを右手に、自らを落ち着かせていた。知らない人に見られることが、ここまで緊張するとは。

しかしその時、優月は心臓が跳ね返った。

人波の中に妹がいたのだ。優月の妹は中学1年生だ。そんな彼女は美少女なのだが、性格に難ありだ。

そして少し離れた位置には、瑠璃そして優愛がいた。

(あれ?優愛…?)

しかし、私立の受験は既に終わっているのだと今更ながらに気がつく。

こうなれば、優月がすることはただ1つ。練習以上に本気で演奏することだけだ。

その時、頭上から白い光が投下される。

彼は右手のシェーカーを縦上下に振る。しゃかしゃか…とまばらにも正確な音がした。


次の曲は『YOASOBI』の『夜に駆ける』だ。この曲は文化祭でも披露していて、ゆなのドラム技術が光る。また、演奏会の為にプチソロを追加したのだ。拍手を受けながら、次々と曲を吹き続け、いよいよ、5曲目の特別演奏だ。1回目は、雨久とOGの姫石のトランペット独奏だ。

ふたりは、歴戦の奏者なので、大盛況だった。


そして次は『セカイノオワリ』メドレーだ。

『RPG』『最高到達地点』などの有名な曲を、部員たちは難なく吹きこなし、2度目の特別演奏だ。

ここでは、茉莉沙と優里奈が、ビブラフォンとマリンバを演奏する。深海をテーマにした音は、泡沫を連想させる。

そして2回目の特別演奏が終われば、衣装演奏だ。優月はメイドに変装することになっている。優月は白い髪のヴィッグを付け、シャツを着る。

その時には、既に男子部員たちは、着替えを終えてステージ前にいた。


しかし、優月はシャツを着て、あることに気付く。

(そういえば、後ろのリボン!)

優月の背中は、リボンで固定する事になっているのだが、このままでは外れてしまう。その上、スカートも緩いままだ。腰元に紐を結ばなければいけない。そうしなければ、演奏中、脱げてしまう。

「あの、白波瀬さん!」

しかし、辺りを見回しても、着付け担当の悠吉は居なかった。

「やばい…やばい…!白波瀬さん、どこに行ったんだ?」

優月は焦りに焦り汗を流す。しかし、彼は居なかった。

演奏はあと数十秒で終わる。

「…あと1分で」

泣きそうだった。

ここまで来たのに、このままではステージに立てない。

そう思っていたその時だった。




「小倉君、大丈夫?」

誰かが背後から肩へ手を置いた。

「えっ…?」

その声を聴いて、優月は心の底から震えた。なぜならそこにいたのは…田中美心だったからだ。

「あ、あの!シャツのリボンとスカートの紐を縛ってください!」

優月は冷静に、彼女へ要件を伝える。すると、美心は慣れた手つきで紐を縛る。

「…小倉君、慌てなくていいよ」

すると、彼の気持ちを察したのか、美心がこう言った。


その時、ステージや観客席の方から、ハハハ…と笑い声が聴こえてくる。


「できた!急いで!」

着替えを完了した優月に、美心が背中を押す。

「あ、ありがとうございました」

優月はそれだけ言って、舞台へと駆け出した。

(頑張れ!私の後輩…)

そう呟いて、美心は座り込んだ。


『鳳月さんの衣装は、神社の巫女さんなんですよ!可愛いでしょう?』

井土がそう言うと、部員たちが「可愛い〜!」と繰り返す。

ゆなは、朱と白の巫女服を身にまとっていた。

(はぁ…)


こうなったのには、理由がある。

『えっ?白波瀬が?』

ゆなが井土を睨む。

『そう。白波瀬君がお腹を壊しちゃったようなので。だから衣装紹介をして、ゆゆの着替えが終わるまで時間を稼ぎます!』

その言葉が、優月以外の全員に通達されたのだ。


(何で、私がこんなことを)

ゆなは正直面倒くさかった。だが、

『巫女服、可愛い〜!!』

と小さな子供に言われると、少し嬉しくもなった。

その時だった。

優月がパーカッションセット前に現れたのだ。


それに気づいた井土が、優月の方を見る。

『最後に、めっちゃ着替えを頑張ってもらった小倉君です!因みに文化祭で大人気でしたよ』

するとアハハハ…と笑い声がまばらに聴こえる。

少し恥ずかしい。だが、こうして時間を稼いでくれた井土には感謝しか無かった。

あの時のように、また救われてしまった。


そうして、演奏会は続いた。

『誰かを愛したことも♪』

YOASOBIのアイドルも、井土のボーカルで盛り上がる。彼のボーカルは本当に上手い。何故か、熱中してしまう。

優月は力のかぎり、タンバリンを打ち鳴らした。そして数曲歌って盛り上がると、井土は再びギターを手にする。

『さて!次は、今、青春を送る皆さんに送りたい1曲です!!緑黄色社会の「恥ずかしいか青春は」です!それでは、どうぞ!』

井土がそう言って、澪とギターを鳴らす。ゆながバスドラムを刻む。それと同時、優月がタンバリンを打つ。茉莉沙はグロッケンでメロディーを打つ。

管楽器隊も音と共に、立ち上がる。

『恥ずかしいか、青春は〜♪』

各パートが時間差で前に立つ。

2番に入り、Bメロに突入すると、サクスフォン、ホルン、フルートたちがそれぞれ立ち、右、左に体を振る。そんなパフォーマンスを続け、この曲はより一層盛り上がって、幕を閉じた。


3回目の特別演奏は、OGが全員演奏するものだった。その間に、全員が再び、部活Tシャツに着替えた。

「ふぅ」 

優月は緑の服に着替えて、想大たちと共に並ぶ。

OG達の演奏が終われば、いよいよ最終局面だ。


『サママフェスティバル』や流行曲を演奏し、ついに最後の曲に到達した。

OB&OGの曲を最後に定期演奏会は終わった。これで終わりか、と思うと、雨久や奏音は目頭が熱くなった。

『今まで、私たちを支えてくれた皆様、本当にありがとうございました!』

雨久がそう言って『礼!』と横一文字に整列した部員たちと共に礼をした。


(終わった…)

優月以外の皆も誰もが、そう思っていた。

だが、まだ終わっていない。

演奏会が終演しただけであって…


ー続くー

【次回】

雨久、朝日奈、周防、田中、全員泣く…。

3年生と最後の思い出。

そして想大の秘密…。


【吹奏万華鏡 今後の予定】


6月8日 【最終回】卒業式。優月が… 続出する退部者

6月12日  吹奏万華鏡2開幕

      アルトサックス 加藤(かとう)咲慧(さえ)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ