瑠璃色のクリスマスデートの章
今回は、続編の都合上、クリスマスの話から、定期演奏会前までを描いています。
(吹奏万華鏡2は、6月中旬。71話から投稿予定!!)
古叢井瑠璃は今、『天龍』で和太鼓を叩いている。
太い棒で大きな皮を叩く。どぉん!どおん!とその音は大きくて、目眩がするほどだ。
『そーれっ!』
その音が孤独を枯らしてくれる。
あの時はそう思っていた。
数年後。
12月になれば、吹奏楽部はアンサンブルコンテスト等が行われる。だが、東藤高校は違った。
「この高校、アンコン出ないんですか?」
夏矢颯佚が言うと、先輩の齋藤菅菜が、
「なにそれ?おいしいの?」
と聞き返す。その返答に耐えかね、颯佚は顔を歪めた。
「出ないんですね…」
どうやら、コンクール以外には、コンテストには出ないらしい。
だからか、部内の雰囲気は何となく緩かった。
「去年は、凛良と合同演奏だったんだけどね」
「凛良って、私立でしたよね?」
凛西良新高等学校。略して凛良高校は、県内でも有名な私立高校だ。吹奏楽部は毎年ダメ金を取ることで有名だが。
それを横で聞いていた優月が思わず口を開く。
「その高校、僕の友達も志望してますよ」
すると、気になった菅菜が「そうなの?」と訊いてくる。
「はい。その子も吹部なので」
すると「なぁ」と颯佚が話に入る。
「その子って、前に言ってた君の好きな人か?」
当たりだ、そう言う前に菅菜が黄色い悲鳴をあげる。
「えっ!?そうなの?」
「は、はい」
確かに優愛のことだ。
「それより、今年は演奏会が少ないですよね。どうしてですか?」
優月が疑問を菅菜にぶつける。
「うーん…。多分、今年は文化祭があったからかな」
というのも、吹奏楽部は文化祭でてんてこ舞いだった。その上、井土にも多くの負担がかかったはずだ。それに定期演奏会の準備を考えると、参加予定だったクリスマスコンサートは、難しいのかもしれない。
「それに…」
菅菜はスマホを取り出し、写メを見せる。
「…去年に限らず、例年は12月の最初に定期演奏会があったから」
(例年よりも1ヶ月も遅くなってるのか…)
優月は少し疑問を浮かばせた。
「まあ、町民ホールのレンタル事情だろうけどね」
菅菜が笑う。
「そうなんすか?」
今度は、颯佚が訊く。
「うん。去年もそのこと、井土先生話してたし」
「へぇ…」
だが、今年は何かと大変だろう。文化祭が終わった直後に、美心が退部してしまって、打楽器パートに大きな穴が空いてしまったのだから。
すると井土が入ってくる。
「はいはいー!みなさーん、全体連絡しますよ!略して…」
「略せないだろー」
ボケようとする井土に、ゆなが思わず突っ込む。
「ゆなナイス!」
奏音が言う。
(全体連絡…ぜ…ん…たいれん…ら…く?)
その時、考えたくもない単語が浮かんだ気がするので、何も考えないことにした。
「はい!では、皆さんに2択の質問します!」
井土がそう言って、2本の指を前に出す。
「クリスマスは休みが良いですか?それとも普通に練習しますか?」
彼が提案したのは、クリスマスの日の部活動の有無だった。
「多数決しまーす!」
そうして、井土の多数決が始まった。
その結果は、賛成多数で部活は無くなった。12月24日と25日が休みと井土が伝えて、部活は終わった。
「っていっても、何すれば良いんだろう?」
帰り道、想大が言う。
「古叢井さんとデートでいいんじゃない?」
「!」
想大の頬が一瞬にして紅潮する。
古叢井瑠璃は、彼らの2つ下だが、想大と付き合っている。ちなみに彼女も吹奏楽部で打楽器をやっている。
「瑠璃ちゃんとデートって、瑠璃ちゃんは友達と遊びに行くんじゃない?」
想大は困ったように言う。すると優月が、
「じゃあ、聞いてみれば?」
と言った。
「家に帰ったら」
想大はそう言って、スマホを握りしめた。
そして、クリスマスまでの数日間は、ずっと練習が続いた。曲数は20曲だが、特別演奏の練習も含められている。今は、特別演奏以外の曲を合奏していた。
「レミリンとコバは、右と左を向いて、一歩下がってくださいー」
「はい」
想大と奏音が頷いて立ち上がる。
井土の手拍子に合わせて、ふたりは演奏しながら体を左右に振り、一歩下がる。
「うん!おっけー!」
井土が満足げに言うと、ふたりは座り込む。
「鳳月、ゲームやめたら?」
こんな時でもゆなはドラムセットを占拠しゲームをしていた。優月は、苦笑交じりに言う。
「別に私は関係ないし、良いでしょ」
しかし、ゆなは素知らぬ顔で返した。これ以上相手をしたら、精神が参ってしまう。
すると、井土が「鳳ちゃーん」と呼びかける。
「…っ!!」
ゆなはスマホを、ハイハットシンバルのペダルへ落としてしまう。かちゃん!と痛々しい音が響いた。
「んもー、ゲームばっかりやってるから。大丈夫?」
苦笑交じりに井土が心配すると、ゆなは「大丈夫ー」と頷いた。
「鳳ちゃん、せめて合奏中くらいはスマホゲームしないでよー」
「はーい」
井土は、ゆなに一定の信用をしているのか、軽く注意する。すると、ゆなはササッとスマホを胸ポケットに仕舞った。
なんか叩きづらそうだな、と思いながらも優月は、グロッケンの楽譜を凝視した。
全て暗記しているくらい、沢山見た楽譜。
優月は、この演奏会で一曲もドラムを任されていない。そう思うと、彼自身、ため息が勝手に零れ出る。
優月は、部活終わり、隙間時間を使って、休憩室のドラムを叩いている。
そんなある日、こんなことを言われていた。
『ゆゆにも、一曲くらいドラムやらせたいなー』
その言葉に、びっくりして優月は、スティックを握る手を止める。
『えっ…』
『でも、演奏会の曲が決まっちゃったし…。来年はドラムやろうね』
井土がこう言っていた。
しかし、部内には天才ドラマーが2人もいる。ゆなに茉莉沙。だが、いつしかこの2人を超えたい、そう思っていた。
ドラムって楽しいのかな?
そんな疑問が浮かび上がってくる。恐らく、合奏では自分のペースで叩けないだろう。好きな時に好きなところを叩けるわけじゃないはずだ。
しかし、ゆなを見ていると、何故か自分もできる、そんな感覚が湧いていた。
そんなことを考えていると、再び通し合奏が再開された。こうして、合奏だけの日々は、あっと言う間に過ぎ去り、いよいよクリスマスの日になった。少し早い終業式の日は、クリスマスの2日間が休みということで、放課の12時から5時まではあった。
その頃、茂華中学校。
「…瑠璃先輩ー」
女の子の声が聞こえてくる。その声に誰かが振り返った。
「あっ、さっちゃん」
そう言ったのは、古叢井瑠璃だった。
「瑠璃せんぱぁい」
と駆け寄ってきた女の子が指原希良凛だ。ふたりは同じ打楽器パートだ。
「先輩はクリスマスどうするんですか?明日からですよね?」
「えっ…。ああ、そうだったねー」
瑠璃の挙動がどこか不審だ。その様子を見て、希良凛は何かを察する。
「もしかして、かれぴとデートですか?」
「…ええ!?」
実は当たりだ。だが、彼女のキラキラとした瞳を見ると、言いたくない。
実は1週間程前、想大にデートに誘われたのだ。もちろん返答はOK。
「ち、違うよ」
誰にも言われたく無いので、瑠璃は必死の形相でその真実を覆い隠す。
だが、
「じゃあ、明日、私たちと遊びましょう!」
なんと希良凛はそう言ってきたのだ。
こうなればもう隠せない。
「…ごめん。私、デートなの!明日!!」
瑠璃は約束が露わになる前に、真実を打ち明けた。
「えぇ~っ、そうなんですか〜」
希良凛はショックを受けたようだが、
「楽しんでくださいね〜」
と言い返した。
「あ、ありがとぉ」
瑠璃は頬を赤くし、嬉しそうに笑った。
文化祭から、ふたりは仲良くなり、練習中でも話す関係だ。そんな素晴らしい関係も、恐らく新1年生が入ってくれば、無くなるだろう。
翌日。
瑠璃は、体を震わせながら執念で起きる。冬の朝は寒い。針のような寒さが、肌へ打ち込まれる。
「うぅ…寒い…」
妹を起こさないように、クローゼットを開き、カーディガンを取り出す。
「…想大くんとデート」
想大と明確にデートに行くのは、これが初めてだ。
そうして、想大と瑠璃は、茂華駅で合流する。
「瑠璃ちゃん、おはよう」
瑠璃は、レモンイエローのカーデガンに白いスカート。防寒で黒いタイツを履いている。
「おはよう!瑠璃ちゃん、可愛い」
「へへ、ありがと」
2人は、朝からいい雰囲気だった。
今日は、御浦市のアーケード街に行く。
午前10時には、アーケード街に到着した。クリスマスイブだからか、クリスマス仕様の舗装にクリスマスの音楽が流れている。まさにクリスマスだ。
「わぁぁ…」
瑠璃は、田舎育ちで、アーケード街など知らない。だからこそ楽しみだ。
「ここ、クリスマスになると、色んなお店が期間限定で出店されるんだ」
(本当は奏音先輩から聞いたんだけど…)
奏音に紹介されたアーケード街の店の数々は、どれも魅力的だった。
「わぁ…」
瑠璃は途中で足を止める。すると「どうかした?」と想大が心配そうに訊く。
すると瑠璃は首を横に振り、
「ねえねえ、私、何か食べたーい」
と言った。
「良いよ」
2人は、その後も、クリスマスデートを楽しんだ。
昼食を取り、少し歩くと、突然、瑠璃が口を開く。
「ねぇねぇ、想大くん、10分だけそこで待っててね」
そしてこう言った。
「えっ…?分かった」
すると、瑠璃はトコトコと店の列へと駆けていった。ツインテールの髪が揺れるその姿は、とても可愛らしい。
その時だった。
「あれ?想大君じゃん!」
突然、聞き覚えのある声が聞こえてくる。想大はすぐに後ろへ振り向く。
するとそこにいたのは、先輩の奏音、向太郎、そして神田皇盛というOGだった。
「ホントに来てたんだ!ひとり?」
「い、いえ。か、彼女と…」
想大が恥ずかしそうに言うと、向太郎が黄色い声を上げる。意外にもお前か。
「えっ!彼女いたん?いいなぁー」
「ちょっと、向太郎!困ってる!」
奏音はそう言って、向太郎に肘打ちを食らわせる。
「イテッ!なんだよー?」
「想大君が困ってるよ。でも彼女は?」
すると、皇盛が冗談混じりに、
「置いてかれたんじゃね?」
と言う。
「神田先輩、そういうこと言わないで!」
彼の冗談を奏音が再び注意する。
「とにかく、デートの邪魔したら悪いから、早く行こ!」
「おうー!」
「じゃ、コバよ。楽しんでな!」
そう言って、3人と別れた。
すると、想大はあるものをリュックから取り出す。それは瑠璃に隠れて買った、赤と黄の可愛らしい手編みのマフラーだ。
だが、そこで瑠璃が戻ってきた。
「小林君、待たせてゴメンね」
「ああ、全然いいよ」
「次はどこ行こう?」
瑠璃が迷っていると、想大は瑠璃とある場所へ向かった。
その場所とは、奏音から勧められたワークショップだった。
『ふたりとも、個性的で良いですね〜』
ショップの店員の女性はそう言って、2人を褒めた。
2人は、可愛らしいビーズを通して、キーホルダーを作っていた。数字のビーズを糸に通し、誕生日を作り出す。
『ふたりは、誕生日が20日違いなんですね』
すると、さっきの女性が話しかけてきた。
「あっ、本当だ」
想大は、今更ながらだが気付いた。
瑠璃は9月5日。そして想大が9月25日だ。今年は過ぎてしまったが、今気づいた。ふたりが正式に付き合ったのは10月頃だ。だから誕生日を盛大に祝ったことがない。来年は誕生日デートをしたいものだ。
そうして2人は、デートを楽しみ、御浦駅前に着く。ホームへ行こうとしたその時、想大の声が彼女の足を止める。
「んっ?なぁに?」
瑠璃はひょいと首をこちらへ向ける。
「俺、瑠璃ちゃんにクリスマスプレゼントがあるんだ」
「えっ?」
すると赤と黄のマフラーを、瑠璃の小さな手の上に乗せる。
「わぁ!かわいい!ありがとうね!!」
瑠璃はそう言って、にこりと笑った。とても嬉しそうなその笑顔はとても癒される。
「そういえば…私も…」
すると、瑠璃が彼の首元に手を掛ける。そして何かを巻いた。
「えへへ。似合ってるー」
彼女がそう言って、想大の首元に巻いたマフラーを見つめた。
「うお…。あ、ありがと…」
想大は思わず赤面してしまった。そのマフラーは赤と青と紫がグラデーションされたものだった。
「でも、お互い、クリスマスプレゼントがマフラーなんてね」
「ホント凄い偶然!」
そう言って、ふたりは茂華行きの列車に乗り込んだ。
車内は暖かく、はしゃいだ瑠璃は眠くなる。
「ね、眠〜い」
「寝てていいよ。着いたら起こすから」
「ありがと…う…」
瑠璃は想大によりかかり、眠りに落ちる。
がたんごとん…がたんごとん…という音は次第に遠ざかっていった。
『やぁ!』
太い棒を皮に叩きつける。どおん!と音が空気を震わせる。
自分は今、和太鼓を叩いている。
しかし、誰もそんな彼女に見向きもしない。友達と各々の会話をしていた。振り向かれたいから和太鼓を練習する瑠璃にとっては悲しかった。
それでも叩く度、何だか高揚感が襲う。自分は叩くことが好きなんだろうな、と思った。
瑠璃がどんなに、叫んでも、誰も見向きもしない。
『はぁ…』
練習後、バチを小さな手で胸いっぱいに握りしめ、ひとり彷徨っていた。
『…私、ずっとひとりなのかな?』
学校でも、クラブでも、ずっとひとり。小学3年生の彼女にとっては、それが辛かった。
嫌な記憶が、再び脳裏を襲おうとしたその時。
「瑠璃ちゃん、着いたよー」
想大が瑠璃の肩を、ポンポンと叩く。
「うわ…!ご、ごめんね。ありがと」
「瑠璃ちゃん、すごい苦しそうだったよ」
想大が心配の声をかけると、
「ちょっと、天龍にいた時のことを思い出しちゃって」
彼女は何故か、和太鼓クラブの名を出し、ばつが悪そうに笑った。
改札を抜けると、ここからは2人は別だ。
「じゃあ、気を付けて帰ってね!」
「うん!ありがとう!定期演奏会で会おうね!!ばいばい!」
そう言って、ふたりは別れた。「メリークリスマス」と言葉を残して。
しかし、帰り道、想大は『天龍』が気になっていた。何故、瑠璃がそんなところで悪夢にうなされていたのか。
(瑠璃ちゃん、もしかして天龍で何かあったのか?すげー苦しそうだったし…)
しかし、今は定期演奏会。その前にクリスマス。これ以上、考えるのはやめた。
その時、榊澤優愛は家から出て、近所の公園のベンチで気分転換をしていた。
その時、誰かが話しかけてきた。
「優愛ちゃん、お疲れ様」
そう言ったのは、幼なじみの優月だ。
「あ、優月くんだ」
「受験勉強どう?」
すると優愛は「むじぃ〜」とへたれこむ。優月は苦笑してしまった。
「まぁ、凛良は偏差値高いもんね」
「うん」
「そうだ。はい」
優月が何かを渡す。何かと思えばそれはパンだった。チョコレートドーナツにサンタクロースのクッキーが刺さったものだった。
「甘いもの欲しいでしょ?」
「えっ?食べて良いの?」
「うん。僕も食べるから」
優月はそう言って、同じドーナツを手にした。
「ふふっ。やっぱり、私、優月くんと付き合わなくて良かった」
すると優愛が突然、そう言ったのだ。
「えッ?どうして?」
優月は少し悲しくなった。だが、彼女の理由は、
「だって、友達でいた方が、別れなんか気にしないで、ずっと一緒にいられるでしょう?」
優愛がそう言って、ドーナツを頬張った。
「…確かに」
優月もそれだけ言って、ドーナツを口に運んだ。
恐らく、優愛は優月を恋愛対象として見ることは無いだろうな、と思った。
そうなれば、そろそろ彼女がほしい…。そんな切実な願いは、クリスマスが去ると同時に、定期演奏会への追い込みで全て消え去った。
年明け。
「冬休み、それは最後の練習!」
普段はあまり練習しない悠良之介も、練習をやめない。彼を筆頭に、連日、音楽室に音楽が響いた。
そして、ついに今週。本番だ。
ひとりひとりが輝く舞台が目前に…。
読んでいただきありがとうございました!
良ければ、
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をお願いします!!
【次回】
いよいよ定期演奏会!
前日に迫る…。
【予告】
小倉優月、鳳月ゆなの打楽器、パーカッションパートに新たな部員が入る。その人物は天龍出身の久遠箏馬。だが、彼は問題児だった。優月も難解な壁に打ちひしがれる。
そしてー…
強豪茂華の古叢井瑠璃も最後の年を迎えていた。新たな後輩と共に、新体制の吹奏楽部を築き上げていく…。
『吹奏万華鏡2』6月中旬、投稿予定!!
お楽しみにしてくれたら嬉しいな by作者