御浦 ウラと定期演奏会の章 【後章】
御浦の定期演奏会編 最終回です。
皆さんが、活躍して欲しい楽器はありますか?
11月の週末。東藤高校。
トランペットを始め、様々な音色が音楽室を、盛り上げる。
井土は、エレキギターを弾きながら、その様子を観察する。彼は吹奏楽部顧問だ。そんな井土は、自らも演奏に参加している。
曲が終わると、井土はエレキギターを立て掛け、
「はい。オッケーです!」
と笑った。
すると、管楽器隊は椅子へ座り込む。
井土がしばらく休憩がてら雑談をする。
「では、次の曲いきましょう」
そして、雑談が終わると、再び合奏を開始した。
優月は楽譜を捲る。譜面にはPercussionと書かれていた。
次の曲は、『緑黄色社会』の『恥ずかしいか青春は』だ。
茉莉沙はグロッケンシュピールの横で、トロンボーンを構える。彼女は、先日退部してしまった美心の代わりに、打楽器とトロンボーンを掛け持ちしている。ゆなも、スティックを構える。すると再び、全員が立ち上がり、楽器を構える。
刹那、演奏が始まった…。
合奏が終わると、井土が立ち上がる。
「お疲れ様でした!明日と明後日はお休みです。12月になると、休みが中々無いので、しっかり休んでくださいねー!」
部員が『はい!』と返事をする。こうして1週間の部活が終わり、各々は帰宅を始めていた。
そんな中、雨久がトランペットを吹いていると、茉莉沙が話しかけてくる。
「あの、雨久先輩、音乃葉ちゃん知ってますよね?」
「えっ…」
それを聞いて、雨久の瞳が大きく開く。
「お、音乃葉、知ってるの?」
「はい。先日、友達の雨久先輩に会いたいと言っていて…」
雨久は、音乃葉と仲が良い。音乃葉は御浦ジュニアブラスバンドクラブでトランペット奏者をしている。
「音乃葉が…」
雨久は、幼少の頃、音乃葉にトランペットを教わっていた。だが、中学校に上がってからは、中学校も違え、完全に会えなくなったのだ。
「知ってたんですか?音乃葉ちゃんのこと」
「知らなかった…」
雨久はまさに目から鱗。
「えっ…と、今、音乃葉はどこにいるの?」
彼女が訊くと、茉莉沙は1枚の紙を差し出す。
「ここにいます」
そう言って彼女は、再びトロンボーンを吹き始めた。茉莉沙が手渡したその紙には、
『御浦ジュニアブラスバンドクラブ
定期演奏会 11月24日午後1時から』
と書かれていた。
(…音乃葉)
雨久は心のなかで行くことを決意した。音乃葉に会いたい。
茉莉沙もトロンボーンを吹きながら、冬樹のことを考えていた。冬樹は、茉莉沙のことが大好きな中学1年生だ。茉莉沙も彼に会いたい。
そうして、日曜日、定期演奏会へ行くことになった。
ー11月24日 PM0:30ー
優月と想大は、演奏会が行われる御浦市民ホールに到着する。建物の確認に来たのだが、定期演奏会までは1時間ほどの時間があった。
「お昼、マックにする?」
優月が訊くと、想大が「そうだな」と言う。
恐らく、あと30分ほどで、茉莉沙と初芽と心音が来ることだろう。ふたりはマックで時間を潰し、再びホールへ戻った。
「定期演奏会って言えばさ、僕たちのはどうなるんだろう?」
駐車場を歩きながら、優月が訊く。
「ああ、メイド服のやつか」
「…」
優月は、忌々しげに顔を蹲る。彼は文化祭のメイド喫茶で、メイドになったことをキッカケに、定期演奏会でも変装されそうなのだ。
それで皆が楽しんでくれるならば別にいいのだけれど。
「想大君の衣装はどうなるんだろうね?」
「さぁな?」
そう言って、自動ドアをくぐり抜けていった。
すると、ロビーの前に、見覚えのある人たちがいた。
「あれ?奏音先輩!」
想大が目を丸める。周防奏音は、想大と同じホルンで先輩だ。
「あっ!想大君!すごい偶然ー!」
「こ、こんにちは」
多分、演奏会で奏音に会うのは初めてだ。
「周防先輩も来てたんですね。定期演奏会…」
優月がそう言うと、奏音は嬉しそうに笑う。
「葉菜ちゃんが吹くみたいだから来ちゃった♪」
「あぁ…」
優月は記憶を巡らせる。確か『野々村葉菜』というホルン奏者がいたか。
「あれ?1年男子2人組だ」
すると、奏音と一緒にいた雨久も、ふたりの存在に気付く。
「こんにちは」
ふたりが挨拶すると、雨久には会釈で返された。すると、茉莉沙の方へ振り返る。
「あっ、茉莉沙ちゃん、定演誘ってくれてありがとね」
「いえ。でも、驚きました。まさか、音乃葉と親友だったなんて」
「私も、茉莉沙ちゃんと親友だったって聞いて驚いた!」
ふたりの話を聞く限り、このふたりとウラ奏者である音乃葉とは仲が良かったのだろう、と優月は辺りを見回す。
(にしても、すげー人だかりだな)
優月は、心の中で少しばかり感心した。
その時、あれ?と優月は、見覚えのある人物が目に入る。
「想大君…」
優月は想大の肩を叩く。
「?」
「あの子…」
優月の視線の先には、茶髪の髪を結び、可愛らしい顔をした女の子がいた。その人物に優月は覚えがあった。
「指原って子じゃない?」
「ああ」
指原希良凛。茂華中学校の吹奏楽部で打楽器をやっている。因みに彼女は、夏祭りで迷子になってしまい、それを彼らに助けられたのだ。
「どうしているんだろ?」
想大が気になっていると、優月の脳裏に、優愛の言葉が浮かぶ。
「…そういえば、希良凛ちゃんの弟くんが、ここで打楽器やってなかったっけ…」
「ああぁ」
それを聞いて、想大が感心したように目を丸めた。
「あ、僕、自販機行くね」
「おう」
優月は、喉が渇いたので、自動販売機まで行くことにした。すると、1人の少女も彼を追った。
優月が自販機からロビーへの通路を歩いていたその時だった。
「小倉だっけ?」
その時、誰かが話しかけてきた。
「うん。えっと…」
「俺は岩坂心音だ。よろしくな」
そう言ったのは、初芽の後輩の岩坂心音だ。彼女も茉莉沙を深く尊敬している。
「よ、よろしく」
「で、コバ君とは仲いいの?」
心音がそう尋ねてくる。
「中学校からの友達。色々お世話になってるよ」
「ふーん」
「で、どうしたの?」
「いや、私と友だちになって欲しい」
すると彼女はそう言った。優月は、いいよ!と言ったあと、心音と話しながらロビーに戻ることにした。
「そういえばさ、ゆなちゃんにも訊いたんだけどさ、小倉君、ほのかちゃんに、何かした?」
ロビー前の階段に差し掛かった時、心音が言う。
ほのか?と優月は頭の中で記憶を掘り返す。
「ああ…!降谷さんか」
優月は、降谷ほのかという女の子を思い浮かべた。
「全然、話さないよね。あの子」
その言葉で、心音の中で、ある疑問が消える。
「小倉君は、あの子と話したこと無いの?」
「うーん。全然。なんか、僕と鳳月さんの言うことだけ、無視されてる気がするし」
「じゃあ、ほのかに避けられてる理由、小倉は直接関係がないのね」
心音が確信すると、優月は、
「鳳月もなの?」
と尋ねる。
「そう。でもなんで、小倉君まで避けるんだろう?ゆなちゃんは、癖強いから理解できるけど」
それを聞いて、優月は苦笑した。
ゆなは、正直かつ面倒くさがりの個性的な性格をしている。だから、嫌われていても余り不思議ではない。
ロビーに戻ると、初芽たちとホールに入る。
「…でかいホールだなぁ」
初芽が言う。
この御浦市民ホールは、地区コンクールで一度来ている。だが、改めて見ると、本当に広い。
幕は閉じられていて、オレンジ色の独特な照明が、座席を照らしていた。
雨久、奏音、茉莉沙、初芽、想大が先に座る。
優月と心音は、買った飲み物を飲んだ後で来たので、ふたりは隣になる。
「心音さん、狭くない?」
優月は足元にリュックを置き、心音に心配の声をかける。
「えっ?大丈夫だよ」
「なら良かった」
「心配ありがと」
と心音は満足げに笑うと、優月は「大丈夫だよ」と言った。
すると、想大が彼の肩を叩く。
「えっ?いつの間に岩坂さんと仲良くなったんだ?」
と言う彼の目はどこか疑っているようだった。
「さっき、自販機で会って話したの」
優月は笑いながらそう言った。
「へぇ」
その問いに満足したのか、想大は黙り込んだ。
そして一度冷静になると、心音の言葉が思い浮かぶ。
『小倉君とゆなちゃん、ほのかちゃんに避けられてる』
何故、ほのかが自分たちを避けるのか気になった。そういえば、一度ゆなとほのかが口論していたな、と思い出す。
考えれば考えるほど、優月とゆなを嫌う理由が分からなかった。
その時、幕が開く。
途端、フルートとクラリネットの優しい音が響く。全人数105人。やはり壮大だ。
しばらくすると、トランペットやサックス、トロンボーンも入ってきた。パーカッション隊からも、シンバルやタムタムの音が鳴り響く。
(すげぇ)
優月は、パーカッション奏者だ。どうしても、自分と彼らを比べてしまう。そうなると辟易してしまうものだ。
ホルンも一際立った音を響かせる。ひとりひとりが上手いが、その中でも野々村葉菜が際立っていた。
(すげー…。やっぱり葉菜ちゃんカッコいい)
奏音は、ポロポロと涙を零す。自分よりも年下だというのに、実力差は圧倒的だ。
(音乃葉…)
雨久は、すっかりと変わった音乃葉を見て、嬉しそうに笑う。
当時の自分は、音乃葉に追いついたと思っていたが、むしろ追い抜かれていた。
そうして、一曲、一曲、一曲が終わっていく。その後は、課題・自由曲、そして今年ヒットした曲をクオリティー高く吹きこなしていた。
それから、何曲だろうか、いよいよ、阿櫻の作曲した曲に入る。この曲は各パートソロが出来るように作曲されている。
沢柳のドラムロールから音は始まった。沢柳の技術は相当なものだ。恐らく、上級者レベルの実力を持つ優愛や瑠璃にやらせても、そんな音は出ないだろう。
清遥がクラリネットを構える。そして、1分近くのソロを吹き始める。氷のような澄ました音が、辺りを包む。それでも正確すぎて、ずっと聴いていたい、そう思ってしまう。続いては、オーボエのソロだ。鈴木燐火のオーボエは、炎のように高らかに響いた。対比されるふたつの音が、ホールの温度を一気に高める。
(……!!)
あまりの演奏技術に、想大も震え上がった。このふたりがプロであることは、明白だった。
そして、港井冬樹もトロンボーンを構える。
(大丈夫だ。すぅ…)
冬樹は自分を鼓舞する。その時、何故か自身の過去が思い浮かんでくる。
トロンボーンを手に取ったあの日ー。
冬樹は小学1年生の時に、トロンボーンを知った。招待演奏会にて、トロンボーンの生演奏を聴いたのだ。
その時の音が、綺麗で温かくてずっと忘れられなかった。親にそのことを話すと吹奏楽を勧められた。
だから、小学4年生から始められる御浦ジュニアブラスバンドクラブに入って、トロンボーンを始めたのだ。
妹と遊んだことのある近所の河川敷でこっそり吹いたこともあって、技術はすぐに上達した。
それから1年経ったある日。
いつものようにトロンボーンを吹いていると、鳴き声が聞こえた。ふとドアを開けると、ひとりの少女が泣いていた。
その少女こそ、後に大好きな人物になる明作茉莉沙だ。茉莉沙は伸び悩みと沢柳へのストレスで鬱病を患ってしまったらしい。
冬樹はそんな彼女を放っておけなくて、ずっと寄り添った。すると、彼女の技術はあっという間に向上していった。
そんなある日の会話、茉莉沙がこう言った。
『茉莉沙ちゃん、すごく上手くなったね』
『そんなことないよ。私、冬樹くんのお陰で上手くなったから』
『えっ?』
『なんか、冬樹くんと一緒に合奏するのが、楽しいから頑張れたんだよ』
それを聞いて、冬樹は嬉しくなった。茉莉沙の為に吹く彼のトロンボーンのスキルは年々上がり、小学6年生になる頃には、高校生と並ぶ程の実力者になった。
茉莉沙が楽団を去った後も、トロンボーンを続けている。再び大好きな彼女に聴かせるために…。
冬樹の全身に熱が籠もる。そして、彼が吹き鳴らした音は、ホールへ優しく染み入る。
(冬樹くん…)
茉莉沙はドキドキしながら彼のソロを見つめる。しかし、彼がミスをすることは一度も無かった。
本当に上手いな、と茉莉沙は再度実感した。
彼のトロンボーンに触発されて、茉莉沙はトロンボーンを始めた。だからこそ彼の奏でるトロンボーンの音が大好きなのだ。それが恋情から来ているかどうかは、分からない。
その後も、サクスフォンやホルンのソロ、そしてトランペットのソロになる。
音乃葉は思い切り、息を吹き込む。隣ではグッと片岡が見守る。彼女の音はホールを突き抜ける。音から垣間見える絶対的な自信。それが彼女の音を芯から安定させているのだ。
(…音乃葉)
やはりレベルが違う。雨久は少し悔しくなった。最後に、恒例のSingSingSingで、演奏会は幕を閉じた。
「めっちゃすげぇかった!」
想大が言うと、心音が「だよな!」と返す。優月は熱の冷めない2人を見てニコッと笑う。
「…来て良かった。学びになった気がする」
彼も演奏会に来て良かったな、と心から思った。芝居も無く、ここまで満足度が高いのは、このクラブが相当な実力故だろう。
その時だった。
「茉莉沙ちゃん!!」
冬樹が茉莉沙に駆け寄ってきた。
「冬樹くん…!」
茉莉沙は大きく目を見開いた。
「僕のソロ、どうだった?」
「すごく…良かったです!」
彼女はそう言って、親指を立て、にこりと笑った。
「…良かった!!」
彼が嬉しそうにそう言うと、すぐに話しを変えた。
「そういえば、茉莉沙ちゃんは定期演奏会で打楽器やるの?」
「えっ?」
「いや、コンクールで楽器もやってたから、定期演奏会でもやるのかなぁって」
「…そのことなんだけど」
しかし、彼女の返答も聞かず、彼は両手を広げる。そして嬉しそうに、
「僕、もう1回、茉莉沙ちゃんの打楽器やってるとこ、見てみたい!」
と言った。純粋な彼の瞳には、期待が詰め込まれていた。普段、あまり見せない彼の姿に、他の奏者はやや引いているが、それでも冬樹の態度は変わらない。
優しい彼の淡い期待。
それを見ていると、あの頃を思い出す。
茉莉沙のトロンボーンが上手いのも、殆ど冬樹のお陰だ。楽団に所属していた時から、彼はトロンボーンを教えていた。そのおかげで茉莉沙のトロンボーンの実力は桁違いに高くなったのだ。
そんな彼が、期待を込めて尋ねている。
「……もちろん」
茉莉沙はこう答える以外なかった。
「…本気でやるから」
そう言って、茉莉沙は口元を固く締めた。
「うん!楽しみにしてるね」
次の瞬間、ドサッという音が響く。
冬樹が茉莉沙に抱きついたのだ。その可愛らしい様子に、初芽と心音は笑うしかなかった。
きっと2人が結ばれることは無いと分かっていても。
その頃。
「音乃葉!」
雨久が音乃葉に駆け寄る。
「トランペット、本当に良かった!」
「良かった?」
「うん!」
すると、音乃葉はクスリと笑った。
「随分と明るくなったな!朋奈!」
そう言われて、雨久は「うん!」と音乃葉の肩を思い切り強く叩いた。
各々が再会を喜ぶ中、優月と想大は、沢柳律と再び話していた。
「沢柳君、すごい良かったです」
優月が言うと、沢柳はフフンと笑う。
「そうか。君も頑張れ」
声援を受けた優月は「はい」と笑った。恐らく、そこまで悪い人じゃないな、とふたりは思った。
「てか、俺とキミ、絶対同い年」
「えっ?」
「だって、俺もメイの1個下だもん」
それを聞いて、ふたりは「えぇ~っ!」と驚いていた。
「まぁ、頑張れ。あ、」
最後に、沢柳はある忠告をした。
「俺とは違って、後輩には優しくな」
「えっ?」
「メイの件で俺も、副監督から大目玉食らったから」
「アハハハ…」
それを聞いて、2人から出たのは苦笑だった。
だが、定期演奏会が終われば、卒業式。卒業式が終われば、入学式で新1年生。新しい後輩が入ってくる。
自分はいつまでも1年生では無い。そう考えると少しだけ寂しくなった。
その後も時は非常に過ぎ去り、12月に入った。
音楽室に、タムの暴れる音が響く。叩いていたのは、ゆなでは無く茉莉沙だった。
「うん!メイさん、いいですねえ。鳳ちゃんよりも良いかも?」
井土が意味ありげに言うと、
「先生!もう私、ドラムやりませんよ〜」
ゆなが冗談で返してくる。
すると、いつもの如く、音楽室に笑い声がこだまする。
「はいはいー!冗談ですよ!それでは、次の曲をやってみましょう!次こそ、鳳ちゃん、ドラムねー」
「あーい」
優月は、そのやり取りを尻目に、グロッケンへと移る。
そうして、定期演奏会への期待をはらんだ音楽が再び鳴り響いた…。
最後まで読んで頂きありがとうございました!
良かったら、
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【次回】
[特別編予定] それぞれのクリスマス…




