御浦 ウラと定期演奏会の章 【中章】
今回は、沢柳律の過去編になります。
最近、過去編が多くてごめんなさい!!
所でですが、過去編は語り形式が回想形式、どちらがいいですか?
感想にて教えてくれると嬉しいです。
部活終わりー。
「御浦の定期演奏会?」
茉莉沙の言葉に、優月たちが首を傾げる。
「はい。行きませんか?」
茉莉沙はそう言って、1年生を誘っていた。
御浦ジュニアブラスバンドクラブ。県内でも有数の強豪楽団だ。
今週、御浦市民ホールで定期演奏会が開催されるそうだ。
茉莉沙が誘うのは珍しいな、と誰もが思っていると、ゆなただ1人、肩を竦める。
「そんなに、沢柳って奴が怖いの?」
ゆなは茉莉沙の核心を突く発言をする。
「!?」
茉莉沙はそれを聞いて、苦い顔をする。
沢柳律。
彼は組織内でも、1番のパーカッション奏者だ。だが、彼は茉莉沙を無意識に何度も傷付けた。結果、彼女は心に深い傷を負ったのだ。
できれば会いたくない。
「鳳月さん、正直ですね」
茉莉沙はそう言って、へなへなと倒れ込んだ。
「僕、行こうかな」
その時、優月が小さく手を挙げる。他校の演奏会は、茂華中学校以来だ。
「…優月君が行くなら俺も」
すると想大も挙手する。
「私は家でゲームするから、パス」
ゆなは冷たく振りほどいた。
その時、岩坂心音が手を挙げる。
「私、初芽先輩と行きます」
「えっ?心音ちゃん!行くの?」
ゆなが驚いた声で言うと、心音は「うん!」と頷いた。
こうして、茉莉沙や初芽達と1年生3人は、御浦市民ホールへ行くことになった…。
その頃、強化練習をする沢柳律に、誰かが話しかけてくる。
「トントントントン…トトパンパン!」
ドラムでリズムを取る沢柳を、誰かが見守っていた。
「おん?莉翔、どうした?」
すると、和装の男の子が目に入る。
「沢柳先輩、凄い上手いですよね。今年もソロだし」
その男の子、指原莉翔がこう言った。
彼は、沢柳と先輩後輩関係だ。愛嬌があるので、仲も良く上手くやれている。
「…そんなことねーよ。今のも何回かミスったし…」
沢柳の脳裏にある言葉が浮かぶ。
『まさか、結果は出てるんだろうな?』
聴きたくもない父の声。沢柳の心臓がきしりと傷む。
「…沢柳先輩?」
その時、莉翔がこちらへ呼びかけてきた。
「あっ…!嫌な記憶を思い出してた…」
「嫌な…記憶?」
「そうだけど。莉翔は知らなくて良いよ」
彼はそう繕って、再び練習を続けた。
その頃、茉莉沙は初芽と2人で帰っていた。既に日は沈んでいて、街灯の光だけが道路に落ちていた。
「結羽香も、御浦の演奏会行くの?」
「うん。心音と行く予定だよ」
心音は、初芽の後輩だ。フルートを吹いている。
「じゃあ、1年生は3人行くんですね」
「そうなるねー。ゆゆと小林君も行くらしいし」
「…そうだ!」
その時、初芽がポンと手を打つ。
「茉莉沙!井土先生に何か言われなかった?」
それを聞いて、茉莉沙は微笑混じりに答える。
「田中美心先輩の代わりに、打楽器も入ってほしい、って」
「へぇ。何て答えたの?」
「…考えておきますって」
それを聞いて初芽は、えぇ!と驚いた。
「どうして!?やりたくないの?」
「やりたくないわけじゃないけど…」
茉莉沙は、そう言って写メを見る。
「このままじゃ、私、半分も打楽器になっちゃうんですよね」
「あぁ…」
初芽は彼女の心を察した。引き受ければトロンボーンが、希望以上に吹けない。
「やりたくないなら、それはそれで何とかなるみたいで」
「なるほどね」
大体、茉莉沙は進んでやりたいというわけではない。それでも、必要ならば引き受ける、そんなスタンスを取っている。
「まぁ、来週までには答えを出すよ」
茉莉沙はそう言って、不安気に笑った。
その日の夜。
練習を終えた沢柳は、ホールから家まで歩いていた。家はホールから少し遠い。
「くそっ、どうして毒親の声が…」
沢柳はそう言って、フラッシュバックする光景を恨んでいた。手には所々、豆ができている。最近は、本番前なので、スティックやマレットを握ることが、極端に増えた。
その時、冬樹が後ろから駆け寄ってきた。
「沢柳さん、お疲れ様です!」
すると沢柳も「お疲れ」と返す。
「今日はバスか?」
「はい。お父さんとお母さん、今日は忙しいから」
冬樹がバスで帰る日は、ふたりは偶に帰り道で会う。その時は、全然話をしないのだが、沢柳は気まぐれに言葉を紡ぐ。
「ミナトは今年も、トロンボーンのソロなんだろ?」
「はい。沢柳さんもですよね」
「おう。まあ、毎年のことだがな」
沢柳は誇らしげにそう返した。
「…あ、メイがいた年は別だぞ」
だが、すぐにションボリとそう言ったので、
「くくっ…」
と冬樹は笑ってしまった。
茉莉沙とは、自分の直下の後輩だったが、僅差でオーディションに落ちてしまった。彼は小学5年生の頃から、パーカスソロは毎年だったので、あの茉莉沙に負けた時は、とても悔しかった。
だが、最初そんなソロは、目指そうとも、彼は思ってもいなかった。
その時、冬樹が、ずっと気になっていたことを沢柳に尋ねる。
「沢柳さんって、どうして、打楽器を始めたんですか?」
「はぁ?そんなこと知りたい?」
「茉莉沙ちゃんも、気になってましたよ。僕も、沢柳さんが、打楽器始めた理由知りたいです」
すると沢柳は珍しく顔を沈める。しかし、そんな表情は夜闇を歩く冬樹には気付かなかった。
「はぁ…、最初はな、くだらないことだったよ」
沢柳は、彼にだけ話すことにした。黒歴史というものを。
彼が、御浦ジュニアブラスバンドクラブに入ったのは、小学4年生の時だった。
彼の親は、元プロのパーカッション奏者とサクスフォン奏者だった。しかし、彼を出産する前に、父が病気にかかり、パーカッション奏者を引退せざるを得なかった。
父も、病気にかかった自分を心底恨んだ。
そうして、塞ぎ込んでいたある日、子供が出産する、と母から言われた。
『私たちの子よ。やっと子供ができたわね』
妻の美矩恵がそう言うと、夫である岳は『そうだな…』と言った。しかし、内心には、プロ奏者に戻りたいという渇望だけだった。
その思いを隠しつつ、男の子を出産したのだ。
『名前、何にする?』
出産後、病室で美矩恵が聞くと、岳は、
『律だな』
と答えた。
『正しい道に進む。何があろうと自分を律する、あとは、音楽家の子供にはピッタリの名前じゃないか』
名前の意味を知った美矩恵は『いいわね』と笑った。
『イタタタタタ…』
その時、病気の症状が彼を襲う。
『…やっぱり、パーカッション奏者に戻るのは、難しいわね…』
『……くっ!』
岳は悔しそうに、顔を歪めた。
そうして、月日は流れ、律は小学4年生になった。
『ねえ、律ー』
家に帰るなり、母が彼に話しかけてくる。
『お母さん、なに?』
律はランドセルを部屋に置いて、リビングに入る。
『律は、打楽器、興味ない?』
『…ああ。お父さんがやってたやつ?』
『そう。木琴とかドラムをやるの。色々あって楽しいわよ』
と言う美矩恵の目は、どこか洗脳されているようだった。
『…うう、興味があったら?』
『御浦市で、吹奏楽のクラブがあるのよ』
こう、律は美矩恵に、執拗に進められるので、律は、ある日ついに…
『お母さん、僕、打楽器やってみるよ』
と言ってしまった。その時の母の表情は、今までに見たことがないほど、嬉しそうだった。
こうして、打楽器を初めてやや1年。
梅雨のある日、父の入院の見舞いに行った日のことだった。コンビニで菓子を買った律は、トコトコと父のいる病室へ戻っていた。
ドアを開けようとすると、岳の大きな声が聴こえる。
『そうか!律がA編成に選ばれたか!』
『そうよ!あなたの思惑通りね』
『美矩恵、ありがとう』
と同時、岳のすすり泣きが聴こえてきた。
それを聞いて、律は全身から力が抜ける。辛うじて、指の先だけで菓子をつまむ。
そんなに嬉しいのか…。律は一瞬だけど嬉しくなった。だが、その後の美矩恵の教育は、狂気の一言だった。
『律!練習頑張ってる?』
『練習の為なら、幾らでも付き合うわよ!』
その言葉が、まるで鎖のように、彼の自由を縛り付けた。それでも、あの日の岳の言葉を思い出すと、どんなに嫌でも頑張れた。
だが、ある日、気付いた。
父が泣いていたあの時の言葉に『思惑通り』と入っていたことを。
帰り道、歩きながら考え事をしていた時に気づいてしまったのだ。
『俺、お父さんの後を追わされてる』
そう、自分は父と母の理想像に近づかされていたということを。
その後、美矩恵や岳に辞めたいと言う度、ヒステリックを起こされた。だから半年で抵抗を諦めた。
彼はこう考えた。
『お父さんさんを超えてやる』
沢柳はそう言って、再び黙り込んだ。
「ひどい親」
「だろ!」
「親は子の物じゃないって、学校の先生が言ってた」
冬樹が自信満々にそう言うと、沢柳は「だな」と同意した。
「親が、実力主義な態度を取るから、俺もこうなったのかもしれないな」
親の愛情が欠落が、彼の人間性を変えたのだ。
そんな恥ずかしいことを、茉莉沙たちには言えるわけが無かった。
「親のプレッシャーと戦ってるんですね」
「そゆこと」
なんだか、こう言われると、少し悲しくなった。それでも彼は頑張り続けている。
こうして、このふたりも演奏会にて活躍するのだ…。
ーー続くーー
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【次回】
冬樹の過去&茉莉沙の未来
御浦 定期演奏会 完結!




