雨久朋奈 トランペットの章
今回は、OG初登場会&部長、雨久朋奈の過去編です!お気に入りのキャラクターいますか?
公園に高らかな音が響く。その音につられるように、少女は公園を見る。
そこでトランペットを吹いていたのは、自分より年下の少女だった。音は途切れ途切れになっているが、子供にしては上手かった。
『朋奈!』
その時、奏音に肩を叩かれる。
「うえ?」
さっきまでの光景は夢だったようだ。雨久は重い瞼をこする。
「最近、遅くまで勉強してるから、寝てないんじゃないの?」
「そうだけど…」
「戸締まりは私がやっておくから、早く帰って寝なよ」
奏音は、既にホルンを片付けた後のようで、雨久を心配して声掛けをしてくれたのだ。
「ありがと。今日はそうするよ」
雨久はそう言って、人気の無い音楽室を見渡す。茉莉沙がトロンボーンを吹いているが、これはいつものことだ。
「さよなら」
「また明日」
奏音は大きく手を振り、雨久を見送った。
玄関を出た雨久は、靴を履く。
その時、脳裏に少女の顔が浮かぶ。名前も知っている。
薬雅音乃葉。確か、同じ小学校だった。
今、彼女はプロレベルのトランペット奏者だったな、と雨久は懐かしそうに、闇夜を見上げる。
それ以外何をしているかも分からない。
「音乃葉…」
だから、時々つい身を案じてしまうのだ。
翌日、部活が始まる前。
「えっ!?朝日奈先輩も、天龍の演奏会行ったんですか?」
優月が、想大と先輩の向太郎と話していた。
「おう。久遠って子と会ってた」
「へ、へぇ…」
先日、想大は瑠璃と、和太鼓クラブ『天龍』の定期演奏会に行ったらしい。
「そういえば!國亥っていう人が、定期演奏会に来るらしいですよ」
そんな想大が、そう言った。
「へえ…。どういう子?」
「いやー、この高校を志望しているらしいです」
「そなんだー」
しかし、向太郎は定期演奏会で引退、卒業だ。もしかしたら会うことは無いのかもしれない。
でも向太郎は嬉しそうに言う。
「でも上手くいけば、入部してくれるかもなあ」
彼の言葉には期待が詰まっていた。
「えっ?そうなんですか?」
優月が思わず声にする。
「おう。定期演奏会見て、吹部に興味持つ人も多いんだよ。俺もだし」
「そうなんだ…」
想大はニヤニヤと笑っている。その思考を読んだ優月は、
「それで必ずしも入部するとは限らないけどね」
と言う。
「…だ、だよな」
想大はガックリと肩を落とす。
「まぁまぁ、それでも、吹部に入ってる人の殆どは、天龍出身だぞ」
「えっ!?」
そうなんですか!?と2人が言うと、向太郎は「おう」と頷いた。
「あっちにいる奏もだし」
そう言って、ギターを調弦している澪に視線を向ける。
「へぇ」
「あとは…、雨久もだな」
「えっ?雨久部長」
「そうそう。雨久部長」
その時、雨久が顔色悪そうに、音楽室に入ってきた。
「はい!皆さん、揃っていますか?」
彼女は、そう言って辺りを見回す。
「では、出席をとります」
そうして、いつものように部活が始まった。
「周防先輩、ここのクレッシェンド合ってますか?」
「どれ?吹いてみてよ」
想大は、ホルンをすっと構え吹く。音が高鳴る。
「うん。いいと思う。でももう少し、吹くスピードを速くね」
「はい!」
この時期になって、教えを乞うているのは想大だけだ。それでも奏音の指導は的確で、彼の技術も上がりつつある。指導を終えた奏音は、想大に、
「ちょっと、朋奈に話があるから、反復練習してて」
と言う。すると彼は「はーい」と返事する。奏音は一呼吸つき、雨久を探す。だが、音楽室を見渡しても、彼女の姿はどこにもなかった。
その頃、雨久は誰かと電話をしていた。
「えっ?いつ来てくれるんですか?」
『そうだね。来週とか?』
「ぜひお願いします」
電話先の声は、穏やかな女性のものだった。
「咲苗さん」
彼女が名前を呼ぶと、「了解!」と可愛らしい声が返ってきた。
電話先の相手は、去年、吹奏楽部の部長だった姫石咲苗という女の子だった。
その日の部活終わり、井土が部員全員へ、とあることを伝える。
「さて、来週の土曜日は、OGの方が来てくれます。そこで合同演奏の練習をするので、準備しといてね」
『はい』
すると、雨久が『起立!』と呼びかける。
『これで今日の部活を終わりにします。お疲れ様でした!』
すると、部員も『ありがとうございました!』と繰り返した。
そして翌週の土曜日。
「OG来る日だね」
優月が想大に言うと、「だな」と言う。
「どんな人なんだろう…」
「さぁなぁ」
優月は、この吹奏楽部を去った人たちのことに、気になった。
「おはようございます」
ふたりが、音楽室に入る。すると…
『わぁ!姫さん!』
『あめー!来ちゃったぁ♪』
部長の雨久と、女性が喚き散らしていた。
「…雨久部長」
「珍しいな」
ふたりは、この再会の場を冷やさないように、それぞれの席に着いた。
「あれ?1年生ー?」
その時、人懐っこかった先輩が、ふたりを見つめる。優月と想大は、その視線に戸惑いながらも、
「は、はじめまして…」
と返す。
「私、元トランペットパート兼、去年の部長の、姫石咲苗だよ」
「小倉優月です」
「小林想大です」
2人も自己紹介をする。すると、
「小倉…くんと小林…くん…。どこ中出身?」
「し、茂華です」
「ああー、そうなんだ!」
よく分かっていないようなので、2人は苦笑でその場を誤魔化した。
すると、ガチャリと、休憩室から2人の大人が出てきた。
「お!誰だ?」
すると、男の子が再び、優月と想大の2人に、視線を向ける。
「この子たちね、小川君と小嵐君」
(は?)
ふたりは、的外れな名字に、頭を抱える。この人、耳が悪いのか。
「えっと!小倉優月です」
優月が慌てて、弁解する。
「小林です!」
想大も繰り返す。
「ちげぇじゃん!」
本名を聞いた彼は、呆れ笑いをした。
「オマエ、人の名前間違えすぎ!茉莉沙ちゃんにもまりかちゃんっていってたやん!」
「…むすっ」
すると彼女は分かりやすく、拗ねた。
そのやり取りが、何だか面白くて、2人は笑ってしまった。
「あの、あなたは?」
想大が、男性に尋ねる。
「俺は、神田皇盛。姫石と同い年だな」
「…へえ」
だか、もう1人の女性は、優月に駆け寄る。
「小倉君だっけ?かわいい~♡」
「え、えへ」
優月は顔を引きつらせる。美少女の顔面を見てもなお体が震える。
「私ね、宮野優里奈なの!覚えてね!!」
やたら押しが強いな、と思いながらも優月は「はい」と頷いた。
その時、
「美心、辞めちゃったんでしょ?」
と彼女が少し距離を取り、彼に尋ねた。
「は、はい。僕も気づく前に辞めちゃって…」
「はぁ。まぁ、あの子の家庭環境を考えたら、妥当だとは思ったけど、悲しいな」
彼女の美しい瞳が細くなる。真っ黒な瞳の先には、悲哀の感情が詰め込まれていることだろう。
その時、氷空が音楽室へ入ってくる。
「おはようございますー」
「あっ!氷空ちゃん!おはよ」
「おはようございます」
すると、姫石が氷空に歩み寄る。
「おはよ!私、あめ…雨久の師匠なの!姫石咲苗ね!」
「よ、よろしくお願いします。姫石先輩」
つい押されて、氷空はそう返した。
「ふふっ。カワイイ後輩」
そう満足げに姫石は呟いた。
(姫さん、相変わらずだなぁ)
雨久はそう思って、姫石に笑いかける。
彼女にとって、姫石は特別な存在なのだ。吹奏楽を始めるキッカケをくれたのだから。
雨久は小学生の頃から、トランペットを始めた。
『すぅーっ』
練習場所は、住宅街から少し離れた公園だ。その公園はあまり人が来ない。
そういうところが、雨久にとっては好きだった。雨久はトランペットを吹き始める。
その時だった。
『また君か!』
自分とほとんど同い年の女の子が話しかけてきた。その手には白銀のトランペット。
『そんなに、トランペットが好きなのか?』
『う、うん。あなたは?』
『薬雅音乃葉だよ。君は?』
『雨久朋奈…だよ』
すると、音乃葉はふふっ、と笑う。
『一つ言っていい?』
『なに?』
『さっきのクレッシェンド、少し足りなかったぞ』
悪戯少年のように音乃葉が笑う。
『そこ、難しいのよ〜』
雨久が頭を抱えると、彼女がトランペットを吹き始める。
音が一瞬にして高まっていく。クレッシェンド、デクレッシェンド混じりのメロディーを、難なく吹きこなした。
『できた!』
『すごっ!』
雨久は、本音を思わず漏らす。
『ふふ。褒められると嬉しい…』
その言葉に、音乃葉が赤面をして笑った。
『一緒に、基礎やらない?』
音乃葉の問いに、雨久は『もちろん』と答えた。
『これからも、一緒に吹こうよ』
こうして、雨久のトランペットの腕は、音乃葉によって、高くなった。
しかし、中学に上がってからは、音乃葉と会うことすら無かった。小学4年生になってからは、年に数回程度だった。
部活動見学でも、雨久は音楽室に入ること無く、遠くから吹奏楽部を見つめるだけだった。
『はぁ。吹奏楽かぁ』
自由に吹きたい彼女にとっては、吹奏楽は足枷だと思っていた。
だが、その後のことだった。
たまたま、音楽室前の廊下を歩いていた時だった。
『ねぇ、そこのお嬢さん』
誰かが話しかけてきた。
『は、はい!』
その誰か、いや少女もトランペットを手にしていた。何故か雨久は、その少女と話したい、と思ってしまった。
『お名前は?』
『さ、雨久…雨久朋奈です』
すると、その少女がニコッと笑う。
『私は姫石咲苗!トランペットパートの2年生だよ!』
そう言って、姫石は満面の笑みを浮かべた。
『なんか、トランペットうまそうな顔してるね』
そう言って姫石が、雨久の頬を人差し指で、えいとつついた。
『…!』
その通りです、と雨久は恥ずかしそうに、瞳を細める。
『やっぱり!君も吹部に入らないか?』
彼女の声が一転して低くなる。その声には、ただならぬテンションが秘められていた。
『私と吹こうよ』
それを聞いて、雨久は、音乃葉の言葉を思い出す。それを言った彼女とは疎遠になった。
『一緒…ですか?』
『うん。一緒。ずっと一緒』
雨久の不安をはらんだ言葉にも動じず、姫石は頷き返した。
そして、その言葉には、ただならぬ彼女の決意が、秘められていた。
『…分かりました』
雨久は、姫石を信じることにした。
その後は、姫石とトランペットを吹き始めた。
コンクールでの成績も毎年銀賞と、あまり結果は振るわなかったが、彼女の技術は更に向上した。
時は経ち、卒業式に転機は訪れた。
『姫石先輩、卒業おめでとうございますー』
梅の木が咲く校門前で、楽器の片付けを終えた雨久が姫石に駆け寄った。
『あめー!』
すると嬉しそうに、姫石が駆け寄る。友達と泣いたのか、その瞼は赤く腫れていた。
『先輩、泣いたんですか?』
『うん。泣いたよ』
しかし、今の彼女は清々しいくらい笑顔だ。
『全く、そうには見えませんが…』
『なーに言ってるの?ところで、来年、副部長なんだって?あたしゃ悲しいよー』
『どうしてですか?』
姫石は部長だった。嫌味のつもりかと思った。
『だって、あめはしっかりしてるから、部長になって当然かと思ったもん』
しかし、彼女は笑うこと無く、真面目な表情で答えた。これでは何を言っても、彼女を責めきれない。
すると雨久は顔をうずめ、姫石の肩をぎゅっと掴む。
『先輩、東藤高校でしたよね。また…そこで会いましょう』
『…えぇ。私より頭良いのにいいの?御浦高校の方がいいんじゃないの?』
『いえ。次こそ、私があの学校の、あの吹奏楽部の部長に…今度こそ……今度こそ、なってみせます!』
決意の言葉に、彼女は、頑張れ、とは言わず、指で頬をつんつんと突いた。
『泣いてるよね』
そして、姫石はそう言った。すると嗚咽を堪えていた彼女が、溜め込んだ嗚咽を吐き出す。姫石は優しい笑みを浮かべ、雨久の頭を撫でる。
『…そこまでの覚悟があるなら、さようなら、じゃなくて、またね、の方が良いね』
そこで、初めて雨久は、顔を上げる。すると彼女も涙を流していることに気付いた。
『またね。あめ』
『姫さん。またね』
約束通り、東藤高校、吹奏楽部に入部した彼女は、部長になれるよう努力した。時には優しく、時には厳しく接するようにした。自分にさえも毅然と接した。
その甲斐あって部長になれたのだ。
ー現在ー
もし、あの廊下で、姫石に出会わなかったら、恐らく、あのままずっとトランペットは独りで吹いていたことだろう。
河又悠良之介も、先輩の白波瀬悠吉と話していた。
「いやー!1年ぶりだね!悠悠コンビ復活!!」
すると悠良之介は「たかが1年で…」と肩を竦める。
「されど1年!!」
悠吉のテンションも全く変わっていないようなので、悠良之介も安心した。
そんな空気感で、再開を懐かしむ声が漂ってくる。
「あめー?出席とるって!」
その時、姫石が顔を覗き込んできた。
「あ、し、出席とります!」
こうして、OB&OGの練習も楽しげな雰囲気で、幕を開けた。
ありがとうございました!
良ければ、リアクション、感想、ポイント等をお願いします!
【次回】 御浦ジュニアブラスバンド…。定期演奏会へ。 『野々村葉菜』と『氷村清遥』の真の実力…。
【予告】
演奏会の終わった4月…東藤高校吹奏楽部に所属する小倉優月も、無事2年生に進級した。
その先に待っているのは、新入部員の勧誘。その中で1年生と仲良くなっていく。
その中の1人、久遠箏馬。彼は新たに打楽器パートに希望。優月たちの後輩となった。しかし、そんな彼は、『曰く付きの人間』らしい。
そして新入部員たちをきっかけに、優月に再び試練が訪れる…。
『吹奏万華鏡2』
6月中旬に投稿予定です!!