吹奏楽部と天龍の章
定期演奏会編スタート
今回は、今後活躍予定の人物について触れていきます!
11月中旬。
定期演奏会に向けて、東藤高校吹奏楽部は、練習を続けていた。
「オッケーです。サビで全員立ってください」
井土がそう言って、管楽器隊は椅子から立ち上がる。
「立った後は、右、左、右、左と向けてください」
井土がそう言って、手のひらを、右左右左と振る。その指導通りに、管楽器隊は、足先ごと体を右左に回す。
定期演奏会の楽曲は、殆どがポップスによって編成させられていて、観客を飽きさせない為に、ダンスや演技を加えられている。
今は、ダンスの指導を受けている。だが優月とゆなの打楽器隊は、踊れないのでひたすら、管楽器隊の指導を見守っている。
しかしゆなは、これはしばらく終わらないな、と判断したようで、スマホでゲームを始めた。彼女の行動は既に今に始まったことではない。
既に、井土もこんな事では怒らないので、黙認している。
金色のサックスをぶら下げた菅菜は、ゆなの方をチラリと見る。彼女の怠け姿が、中学の頃と重なる。
彼女は和太鼓部の頃からそうだった。他人のことになると素知らぬ顔。今も変わっていない。
こうして、今日は一曲一曲の動きと流れを指導されて、今週の部活が終わった。
『これで今日の部活動を終わりにします。お疲れ様でした』
部長の雨久朋奈が言うと、部員が『お疲れ様でした!』と繰り返した。
部活動が終わると、優月と想大は一緒に帰る約束をしている。
「想大君、帰ろ」
優月がそう言って彼を誘うと、ホルンを仕舞った想大は「いいよ」と頷いた。
「美心先輩いなくなって、どう?」
校門を出た想大が優月に訊ねる。田中美心は、優月とゆなの先輩だ。だが、複雑な家庭事情で文化祭の直後、この部を去った。
「うん…、合奏中の音が少し寂しくなったかな」
と言う優月の表情は、少し悲しそうだった。美心は時に面白く、時に厳しい先輩だったので、心のどこかで美心を頼りにしていた。
「そういえば、明後日でしょ?天龍の演奏会」
「ああ、そうだよ」
「でも、何で和太鼓クラブ?」
優月が気になって訊ねる。
「毎年見に行ってるんだ。それに瑠璃ちゃんもそこに所属していたらしくてね。毎年、見に行ってるんだって」
「へぇ」
そういえば優愛から、瑠璃は和太鼓クラブに所属していた、と聞いていた。和太鼓クラブ『天龍』。東藤町で活動している和太鼓クラブだ。数年に一度、共演しているので東藤高校吹奏楽部員にも馴染みある名だ。
その時、優月はハッと気になったことを口にする。
「そういえば、鳳月はどうして、その天龍っていうクラブに所属しないで、わざわざ部を創ったんだろう…」
「確かになー」
想大も少し気になったようだ。
だが、この時はゆなの過去なんて知らなかった。
日曜日。想大は茂華駅で瑠璃と合流した。そして列車で東藤駅まで行き、その後、町民会館まで歩いて行った。
「想大君、今日はありがと」
「いや、良いんだ。それより、瑠璃ちゃんは、茂華に来るまでは、どこに住んでいたの?」
「大内市に住んでたよ」
大内市、と想大は口の中で、その市名を転がす。大内町はここから車で30分程先の場所だ。
「私、群馬の病院で産まれた後、お母さんの実家がある大内市に住んでたけど、その後茂華の方に引っ越してきたの」
「へぇ」
想大もこの話は、始めて聞いた話だ。
瑠璃の幼少の話を聞いているうちに、町民会館に到着した。
「うわぁ」
しかし、目の前の混雑を見て、2人は少し後悔した。目の前には人込み。どうやら、体育館の方でスポーツのプロ試合があるようだった。
「迷子にならないでね」
そう言って想大が、瑠璃の小さな手を繋ぐ。なんだか温かい。
「うん」
少し恥ずかしげに瑠璃は頷いた。
その時。
「あれ、古叢井やん!」
誰かが背後から、話しかけてきた。それに驚いて、想大は思わず繋いだ手を離した。
「あっ!トウモロコシ」
瑠璃が、話しかけてきた相手を指さしそう言った。
「トウモロコシ?」
しかし目の前には、大きな体をした男の子。
「この子、私の友達で1個上の諸越冬一君だよ」
「もしかして、この人は、古叢井の彼氏?」
諸越が言うと、瑠璃が「うん!」と頷く。
「で私の彼氏で、東藤高校に通ってる小林想大君だよ」
「よろしくお願いします」
「東藤か…」
こうして、お互いの自己紹介を終え、会館の中に入る。
「それにしても、古叢井は変わったな」
「えっ?」
諸越のその言葉に想大が反応する。
「この子、小学生の頃は、すげー静かだったんですよ」
「えっ?信じられない!」
想大と瑠璃が初めて合った時は、瑠璃が攻撃的だった。てっきり小さい頃からと思っていたのだが。
「ちょっと、それ言わないでよ」
瑠璃は恥ずかしそうに、諸越の袖を引っ張る。
どうやら秘密にしたかったらしい。
「あっ!」
その時、近付いてきた彼を見て、諸越の目の色が変わる。その目は少し、嫌そうだった。
「國亥」
「…誰です?」
想大にとっては分からないことばかりだった。何度も演奏会には来ているのだが、他人の名前までは知るはずもない。
「ああ、國亥孔真君か。まだ仲悪いんだ」
瑠璃が呆れ顔で言う。
國亥孔真。黒と赤の法被を着ていた。天龍のメンバーの1人だと分かる。
「あら?トウモロコシよ、来ていたのか?」
彼の口調はどこか煽りに聞こえた。
「悪いか?」
「別に」
なんだか、くだらない駆け引きでも見せられているかのようだった。
「おう!瑠璃ちゃん、吹奏楽はどう?」
すると國亥の話の矛先が瑠璃へ変わる。
「地区・県で金賞獲ったし、彼氏できた」
そう言って、想大を突き出す。
「おぉ!よかったじゃん。もしかして吹奏楽部?」
「そうです」
想大が頷く。
「どこの学校?何の楽器?」
「東藤高校です。ホルンを吹いてます」
想大が律儀に答えると、國亥は申し訳無さそうにする。
「やっべぇー、俺より先輩だったわぁ」
なんだか天然だな、想大は思う。
「東藤高校なら、俺も入学する予定なので、入学したら宜しくお願いします!!」
そう言って、想大の手を取る。手はマメだらけで、相当練習したのだと分かる。
彼が去っていくと、瑠璃は「変わってないなぁ」と独り言のように言った。
彼は、昔からどこか天然なのだ。それでも明朗な性格で友達作りが得意だ。そんな國亥と諸越とはどこか馬が合わない。それ故、不仲に見えるのだ。
こうして瑠璃と想大は、スマホの電源を切り、コンサートホールに続く回廊を歩き出した。
その後和太鼓の演奏会は、例年通りで特に変わったことは無かった。
終わると、瑠璃達はロビーに出る。
「よ!」
その時、國亥が瑠璃へ話しかけてくる。
「どうだった?」
「演奏なら凄かったよ」
瑠璃がニコニコと笑って返す。やはり吹奏楽で和太鼓をやるよりも、集団での演奏する方が迫力がある。
「小林君は?」
想大にも感想を求められ、彼も困ったように、
「良かったよ」
と手放しに褒めた。
「なら良い」
すると彼は満足そうに、何度も頷いた。
「そういえば、國亥君も東藤高校に入学するの?」
想大が尋ねる。その問いに國亥は「そのつもりだ」と言う。
「なら、定期演奏会、見に来てよ!」
彼が國亥に詰め寄る。
「う…うぇ…。い、いつなんですか?それ」
想大のただならぬ気迫に、國亥すらも圧倒される。
「1月12日の日曜日。午前11時から此処で…」
その時、熱が収まらぬ彼に、手刀が叩き込まれる。イテテ…と想大は頭を押さえる。
「想大君、受験近いんだから無理させないの」
手刀を打ち込んだ瑠璃は、呆れ顔で言う。
「そうだったぁ」
しかし、國亥はフフッと嫌らしい笑みを浮かべる。
「面白そうだし行くか」
なんと彼がそう言った。一瞬周りの喧騒が止まった。静寂の空間に放り投げられたかと思う頃には、想大の口から声が出ていた。
「ええぇっ!?いいの?」
「ああ。うちの親も、吹奏楽部のファンだし、1日くらい勉強しなくても余裕っしょ!」
悪びれもせず、こう言う國亥に、2人はポカンと口を開けた。
しばらく話して別れると、1人の男子に話しかけられる。
「孔真」
「箏馬か。片付けか?」
「ああ。一刻千金、時間を無駄にしないでくれ」
それだけ言って、彼はどこかへ消えた。
「別に無駄な話じゃねえがな」
國亥はそう言って、彼のあとを追うように、ホールへ歩き出した。
このふたりも、いずれ物語に大きく関わってくることをこの時、誰もが知る由もなかった。
天龍。この集団も物語に関わることになる。
「ああー、疲れた」
瑠璃が駅のホームで背伸びする。
「そうだな。ってか、まだ叩かれたとこ痛え…」
想大が瑠璃に叩かれた頭を押さえる。すると瑠璃が心配そうに、彼の頭に手を置いた。彼女の小さな背丈が無理矢理伸ばされる。
「ごめんね」
瑠璃は謝って、彼の頭を撫でた。
「それよりさ、私も定期演奏会見に行こうかな。さっちゃんと」
「いいと思う」
彼はそれだけ言った。
定期演奏会。それは少しずつ大きな舞台へと変わりゆく…。
その時、列車が音を立てて、ホームに滑り込んできた。
今回は定期演奏会繋がりで、和太鼓クラブ『天龍』を登場させました。因みに、出すのには理由がありまして、半分は来年度つまり続編にて、登場の可能性があります。
ですのでお楽しみに!
【次回】
雨久部長…の話し…
公園に響くトランペット…。
最後まで読んでいただきありがとうございました!




