表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
[1年生編]愉快な3年生と文化祭編
58/208

東藤高校 文化祭の章 [午後の部]

[午前の部]の続編です。

体育館のステージは、吹奏楽部員が慌ただしく支配していた。

「はい!シンバルはこっち」

3年生の美心が必死に指示する。

「こうですか?」

「そうだよ」

優月は、セッティングを終えるなり、グロッケンの真っ黒な蓋を開ける。長方形の真っ黒な蓋を、端の方へ寝かせた。

「…よし!」

準備を済ませた優月は、真っすぐに観客席の方を見つめた。


(これが最後の本番)

ドラムセットを前に美心が心の中で言う。彼女の退部は、一部の部員しか知らない。

だが、この後…いや、いずれ知ることになるだろう。



「瑠璃ちゃん、さっしー、こっち」

優愛が、体育館に続く廊下で手招きをする。それに反応した2人は、優愛の元へ合流することができた。

「あっ!」

その時、体育館の照明が、パッと消える。

「開演…」

希良凛が、そう言って小走りで体育館に入る。彼女を追って、優愛と瑠璃も体育館に滑り込んだ。


そうして、席を探そうとしたその時、シンバルの華々しい音が、館内にはち切れる。

と同時に、

『みなさん、文化祭、楽しんでますかぁー!?』

『今日は、私たち東藤高校吹奏楽部の演奏を、聴きに来てくれてありがとうございます!楽しんでいこうぜ!』

元気溌溂な男女のナレーションが、スピーカーから響いた。

「わぁ、凄い!」

席についた瑠璃が、きらびやかなスポットライトに目を輝かせる。丸い様々な色の光が、踊るように、ステージを彩る。

2曲目は、ゆながドラムを担当した曲だ。

「あの方も、優愛先輩より、ドラムできそうですね」

と言って希良凛が優愛の肩を、ポンポンと叩く。

「そうだね」

優愛は、少し不満げになりながらも、同意を示した。

だが、他の楽器なら…と思っていたが、美心の鍵盤テクニックも相当なものだった。

「すご…!私もあれくらいできてるのかな?」

瑠璃のその問いに、優愛は「できてるよ」と小声で答えた。

やはり演奏している本人は、自身の上手い下手が分かりづらいな、と優愛は思った。

その時、むつみのオーボエソロが響く。優愛は、ふと何か違う、と思った。久奈の演奏とは違って、熱情にも似た感情が込められている。オーボエを吹く彼女の姿は、まさしく可憐だった。


『はい!ありがとうございました!最後の曲は、怪獣の花唄で、この演奏を終わりにしたいと思います』

むつみが、そう言って、一礼した。むつみは、アルビノ体質で白髪だった。美しい白い髪に、付けられた蝶のようなリボン。そのリボンが、彼女の美しさを強調していた。


「あの人、かわいい」

瑠璃がそう言って、優愛の方を見る。そうだね、と優愛も反射的に頷いた。それにしても、と美心の方を見る。

美心の表情は、どこか悲しそうだった。儚さを秘めた演奏は、優愛にも感じ取れた。



そんな時、優月は、タンバリンを、シャカシャカと振り打つ。練習を積み重ねた演奏は、器用に音を刻んだ。ここまで、グロッケン、シンバル、パーカッションセット等、全てミス無くこなしている。

(眠れない夜に…)

優月は頭の中で歌詞を浮かべる。そして、スティックを構える。彼も必死に演奏したからか、気づけば演奏は終幕だった。優月は、最後の力を振り絞って、天へ向けてタンバリンを振る。高速でジングルが打ち鳴らされた。管楽器隊は引き延ばし、美心はタム回し、引きに延ばされ曲は完結した。

『ありがとうございました!』

雨久がそう言うと、部員も『ありがとうございました!』と一礼した。刹那、体育館に拍手が響いた。



演奏を終えた、優月たちは、昼時、戻ってきた。

「お昼食べよー」

しかし、想大と瑠璃はふたりで回るので居ない。優愛も希良凛と回るそうなので、このままでは1人だ。そう焦っていると、

『頑張ってくださぁーい!先輩!!』

何やら、2年1組が騒がしい。教室を覗くと、優愛が作り物のボーガンを構えていた。その傍らで希良凛が声援を送っている。

何だか希良凛も瑠璃と似てきたなぁ、と優月は苦い笑みが溢れた。


『ふふっ、頑張ってー』

むつみが優愛に応援する。

優月はつられるように、教室へ入る。

「何してるのー?」

「わあ!優月さん!」

すると反応したのは、意外にも希良凛だった。

「優月さんも応援してくださいよー!優愛先輩頑張れー!って」

そんなことを言われて、優月は少し困惑した。

「が、頑張れえ。優愛ちゃん」

その時、優愛が輪ゴムを弾く。放たれた矢は、スポンジでできた的に突き刺さる。

「50点だね」

優月が言うと、優愛も「そうだね」と言った。

「井上先輩、お疲れ様です」

「お疲れ様」

優月は、そう言ってボーガンを手に取る。

「僕もやってみて、良いですか?」

「ええよー」

優月は100円玉を差し出し、ボーガンを構える。射的みたいなものか、と優月は思いながらも、狙いを定める。

「シュッ!」

優月が放った矢は、的を掠める。

「えっ!?難しい!」

「そう?あと2発だよ」

「頑張ります」

優月がそう言って、もう一度ボーガンを構える。今度はやや下に。集中力を上げ、矢を放つ。

その矢は、的の中心近くに突き刺さった。

「えっ!やった!」

「おめでと」

「…僕はいいので、井上先輩射ってくださいよ」

優月がそう言って、むつみにボーガンを渡す。

「いいよ。その代わり、ゆゆより点数低かったら、ゆゆの好きなジュース奢るから」

それだけ言って彼女は黙り込んだ。すぅーっと息を吸い込む。彼女の紅蓮の瞳が瞬いたその刹那。

矢が無慈悲に、中心を打ち抜いた。点数は100点。


「えぇ!」

「えぇ!」

同時に優月と優愛が驚いた。

「ごめんね。私、これ作った本人だから何度も試し打ちしたの」

それを聞いて優月は「そうなんですね」と力なく苦笑する。賭けは自分の経験に裏打ちされていたということか。

「つまり、経験者ってことですね?」

すると突然、希良凛が突っ込んでくる。

「そうなるね」

むつみが頷くと、優愛が100円玉を出す。

そして意地の悪い笑みを浮かべる。

それを見た優月は「あぁ…」と諦めたように、肩をすくめた。優愛を本気にさせたな、と直感的に気付いた。瑠璃がいないと優愛は、ちょくちょく子供っぽくなる。

「ふふっ。経験者だか初心者だか知らないが、この私を本気にした時点で、貴方の敗北は既に決定しているのだよ」

優月は、小学生じゃないんだから、となだめるも、時既に遅し。彼女は、次々と的に矢を突き刺し始めた。



そんな彼等の奇行に気づかず、想大は瑠璃と、2年3組のメイド喫茶で昼食をとっていた。

「想大くんのホルン、音、綺麗になったね」

「先輩から教わったからね」

想大は、そう言って飲み物を口に流し込む。

「瑠璃ちゃんも来週だね。本番」

「うん…」

「やっぱり、優愛さんと離れ離れになるのは不安?」

心配そうに彼が訊ねると、瑠璃はこくりと頷いた。瑠璃にとって優愛は姉以上の存在なのだ。別れにも抵抗がある。


「そうだ。聞いた?」

瑠璃が突然、想大に訊ねる。

「えっ?」

「私…オーディション落ちちゃったこと」

「ああ、優月君から聞いたよ。残念だったね…」

想大が慰めるように言う。

実際、瑠璃は落ち込んで、ひとり河川敷で塞ぎ込んでいた。それを優愛が見つけ、2人共に悔しさで大号泣した。


「私が落ちた理由だけどね…、音量が大きかったんだって。私、音量の調整が苦手だから」

「へぇ…」

確かに、と想大は茉莉沙のことを思い出す。彼女のドラムの音量も、よく変動するな、と思った。

「でも、なんやかんや言って俺は、楽しそうに演奏する瑠璃ちゃんが見られればいいと思う」

「ありがとう」

最後に、優愛にドラムソロを見せたかったのに、と最初は思っていた瑠璃だが、今は違う。優愛と最高の演奏を作り上げることだ。

「そういえば、指原って子とはどう?前聞いた時は、不仲そうだったけど」

「ああ、友達になったよ。さっちゃん」

「そっか。良かったな」

その言葉に瑠璃は、大きく頷いた。その時、スマホにメールの通知音が鳴る。

それを見ると、優月からだった。

[なんかシフトが入っちゃった!]

優月からの愚痴だな、と想大はフッと笑った。

「もう1回、1年1組行く?」

「うん!いいよー!」

2人は、食べ終わると、店内を出て行った。

このあと、文化祭が終わるまでは、あっという間だった。






閉会、楽器の片付けを終えた吹奏楽部員は、音楽室で待機していた。

「あぁ!終わったぁ!」

「優月君、最後までシフトだったもんな!」

優月は、メイド服を畳みながら、こくりと頷いた。

その時。

「お疲れ様でしたぁ!」

井土が入ってきた。

「さて、今日はこれにて解散です。皆さん、今日は練習せずに早く帰ってくださいね!特に明作さん」

「分かりました」

茉莉沙は不貞腐れたように返事をした。茉莉沙が遅くまでトロンボーンを吹いているのは、部内でも有名な話だ。


そうして、ほぼ全ての部員が帰り、残ったのは、井土だけだった。井土は休憩室で誰かの退部届を見る。

田中美心。震えた文字でそう書かれていた。

彼女の退部は決定してしまったのだ。



そして、定期演奏会に進むにつれて、吹奏楽部の運命の歯車は狂っていく…。

次回、文化祭編最終回!茂華中学校編です!

楽しみに待っててくれたら嬉しいです!



【次回】

『今までありがとう』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ