東藤高校 文化祭の章 [午後の部]
[午前の部]の続編です。
体育館のステージは、吹奏楽部員が慌ただしく支配していた。
「はい!シンバルはこっち」
3年生の美心が必死に指示する。
「こうですか?」
「そうだよ」
優月は、セッティングを終えるなり、グロッケンの真っ黒な蓋を開ける。長方形の真っ黒な蓋を、端の方へ寝かせた。
「…よし!」
準備を済ませた優月は、真っすぐに観客席の方を見つめた。
(これが最後の本番)
ドラムセットを前に美心が心の中で言う。彼女の退部は、一部の部員しか知らない。
だが、この後…いや、いずれ知ることになるだろう。
「瑠璃ちゃん、さっしー、こっち」
優愛が、体育館に続く廊下で手招きをする。それに反応した2人は、優愛の元へ合流することができた。
「あっ!」
その時、体育館の照明が、パッと消える。
「開演…」
希良凛が、そう言って小走りで体育館に入る。彼女を追って、優愛と瑠璃も体育館に滑り込んだ。
そうして、席を探そうとしたその時、シンバルの華々しい音が、館内にはち切れる。
と同時に、
『みなさん、文化祭、楽しんでますかぁー!?』
『今日は、私たち東藤高校吹奏楽部の演奏を、聴きに来てくれてありがとうございます!楽しんでいこうぜ!』
元気溌溂な男女のナレーションが、スピーカーから響いた。
「わぁ、凄い!」
席についた瑠璃が、きらびやかなスポットライトに目を輝かせる。丸い様々な色の光が、踊るように、ステージを彩る。
2曲目は、ゆながドラムを担当した曲だ。
「あの方も、優愛先輩より、ドラムできそうですね」
と言って希良凛が優愛の肩を、ポンポンと叩く。
「そうだね」
優愛は、少し不満げになりながらも、同意を示した。
だが、他の楽器なら…と思っていたが、美心の鍵盤テクニックも相当なものだった。
「すご…!私もあれくらいできてるのかな?」
瑠璃のその問いに、優愛は「できてるよ」と小声で答えた。
やはり演奏している本人は、自身の上手い下手が分かりづらいな、と優愛は思った。
その時、むつみのオーボエソロが響く。優愛は、ふと何か違う、と思った。久奈の演奏とは違って、熱情にも似た感情が込められている。オーボエを吹く彼女の姿は、まさしく可憐だった。
『はい!ありがとうございました!最後の曲は、怪獣の花唄で、この演奏を終わりにしたいと思います』
むつみが、そう言って、一礼した。むつみは、アルビノ体質で白髪だった。美しい白い髪に、付けられた蝶のようなリボン。そのリボンが、彼女の美しさを強調していた。
「あの人、かわいい」
瑠璃がそう言って、優愛の方を見る。そうだね、と優愛も反射的に頷いた。それにしても、と美心の方を見る。
美心の表情は、どこか悲しそうだった。儚さを秘めた演奏は、優愛にも感じ取れた。
そんな時、優月は、タンバリンを、シャカシャカと振り打つ。練習を積み重ねた演奏は、器用に音を刻んだ。ここまで、グロッケン、シンバル、パーカッションセット等、全てミス無くこなしている。
(眠れない夜に…)
優月は頭の中で歌詞を浮かべる。そして、スティックを構える。彼も必死に演奏したからか、気づけば演奏は終幕だった。優月は、最後の力を振り絞って、天へ向けてタンバリンを振る。高速でジングルが打ち鳴らされた。管楽器隊は引き延ばし、美心はタム回し、引きに延ばされ曲は完結した。
『ありがとうございました!』
雨久がそう言うと、部員も『ありがとうございました!』と一礼した。刹那、体育館に拍手が響いた。
演奏を終えた、優月たちは、昼時、戻ってきた。
「お昼食べよー」
しかし、想大と瑠璃はふたりで回るので居ない。優愛も希良凛と回るそうなので、このままでは1人だ。そう焦っていると、
『頑張ってくださぁーい!先輩!!』
何やら、2年1組が騒がしい。教室を覗くと、優愛が作り物のボーガンを構えていた。その傍らで希良凛が声援を送っている。
何だか希良凛も瑠璃と似てきたなぁ、と優月は苦い笑みが溢れた。
『ふふっ、頑張ってー』
むつみが優愛に応援する。
優月はつられるように、教室へ入る。
「何してるのー?」
「わあ!優月さん!」
すると反応したのは、意外にも希良凛だった。
「優月さんも応援してくださいよー!優愛先輩頑張れー!って」
そんなことを言われて、優月は少し困惑した。
「が、頑張れえ。優愛ちゃん」
その時、優愛が輪ゴムを弾く。放たれた矢は、スポンジでできた的に突き刺さる。
「50点だね」
優月が言うと、優愛も「そうだね」と言った。
「井上先輩、お疲れ様です」
「お疲れ様」
優月は、そう言ってボーガンを手に取る。
「僕もやってみて、良いですか?」
「ええよー」
優月は100円玉を差し出し、ボーガンを構える。射的みたいなものか、と優月は思いながらも、狙いを定める。
「シュッ!」
優月が放った矢は、的を掠める。
「えっ!?難しい!」
「そう?あと2発だよ」
「頑張ります」
優月がそう言って、もう一度ボーガンを構える。今度はやや下に。集中力を上げ、矢を放つ。
その矢は、的の中心近くに突き刺さった。
「えっ!やった!」
「おめでと」
「…僕はいいので、井上先輩射ってくださいよ」
優月がそう言って、むつみにボーガンを渡す。
「いいよ。その代わり、ゆゆより点数低かったら、ゆゆの好きなジュース奢るから」
それだけ言って彼女は黙り込んだ。すぅーっと息を吸い込む。彼女の紅蓮の瞳が瞬いたその刹那。
矢が無慈悲に、中心を打ち抜いた。点数は100点。
「えぇ!」
「えぇ!」
同時に優月と優愛が驚いた。
「ごめんね。私、これ作った本人だから何度も試し打ちしたの」
それを聞いて優月は「そうなんですね」と力なく苦笑する。賭けは自分の経験に裏打ちされていたということか。
「つまり、経験者ってことですね?」
すると突然、希良凛が突っ込んでくる。
「そうなるね」
むつみが頷くと、優愛が100円玉を出す。
そして意地の悪い笑みを浮かべる。
それを見た優月は「あぁ…」と諦めたように、肩をすくめた。優愛を本気にさせたな、と直感的に気付いた。瑠璃がいないと優愛は、ちょくちょく子供っぽくなる。
「ふふっ。経験者だか初心者だか知らないが、この私を本気にした時点で、貴方の敗北は既に決定しているのだよ」
優月は、小学生じゃないんだから、となだめるも、時既に遅し。彼女は、次々と的に矢を突き刺し始めた。
そんな彼等の奇行に気づかず、想大は瑠璃と、2年3組のメイド喫茶で昼食をとっていた。
「想大くんのホルン、音、綺麗になったね」
「先輩から教わったからね」
想大は、そう言って飲み物を口に流し込む。
「瑠璃ちゃんも来週だね。本番」
「うん…」
「やっぱり、優愛さんと離れ離れになるのは不安?」
心配そうに彼が訊ねると、瑠璃はこくりと頷いた。瑠璃にとって優愛は姉以上の存在なのだ。別れにも抵抗がある。
「そうだ。聞いた?」
瑠璃が突然、想大に訊ねる。
「えっ?」
「私…オーディション落ちちゃったこと」
「ああ、優月君から聞いたよ。残念だったね…」
想大が慰めるように言う。
実際、瑠璃は落ち込んで、ひとり河川敷で塞ぎ込んでいた。それを優愛が見つけ、2人共に悔しさで大号泣した。
「私が落ちた理由だけどね…、音量が大きかったんだって。私、音量の調整が苦手だから」
「へぇ…」
確かに、と想大は茉莉沙のことを思い出す。彼女のドラムの音量も、よく変動するな、と思った。
「でも、なんやかんや言って俺は、楽しそうに演奏する瑠璃ちゃんが見られればいいと思う」
「ありがとう」
最後に、優愛にドラムソロを見せたかったのに、と最初は思っていた瑠璃だが、今は違う。優愛と最高の演奏を作り上げることだ。
「そういえば、指原って子とはどう?前聞いた時は、不仲そうだったけど」
「ああ、友達になったよ。さっちゃん」
「そっか。良かったな」
その言葉に瑠璃は、大きく頷いた。その時、スマホにメールの通知音が鳴る。
それを見ると、優月からだった。
[なんかシフトが入っちゃった!]
優月からの愚痴だな、と想大はフッと笑った。
「もう1回、1年1組行く?」
「うん!いいよー!」
2人は、食べ終わると、店内を出て行った。
このあと、文化祭が終わるまでは、あっという間だった。
閉会、楽器の片付けを終えた吹奏楽部員は、音楽室で待機していた。
「あぁ!終わったぁ!」
「優月君、最後までシフトだったもんな!」
優月は、メイド服を畳みながら、こくりと頷いた。
その時。
「お疲れ様でしたぁ!」
井土が入ってきた。
「さて、今日はこれにて解散です。皆さん、今日は練習せずに早く帰ってくださいね!特に明作さん」
「分かりました」
茉莉沙は不貞腐れたように返事をした。茉莉沙が遅くまでトロンボーンを吹いているのは、部内でも有名な話だ。
そうして、ほぼ全ての部員が帰り、残ったのは、井土だけだった。井土は休憩室で誰かの退部届を見る。
田中美心。震えた文字でそう書かれていた。
彼女の退部は決定してしまったのだ。
そして、定期演奏会に進むにつれて、吹奏楽部の運命の歯車は狂っていく…。
次回、文化祭編最終回!茂華中学校編です!
楽しみに待っててくれたら嬉しいです!
【次回】
『今までありがとう』




