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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
[1年生編]愉快な3年生と文化祭編
57/208

東藤高校 文化祭の章 [午前の部]

文化部発表会の翌日。


この日は朝から、生徒たちは大忙しだった。今日は2年に1度の文化祭だ。

1年1組でも、慌ただしく動いていた。


「着替えてきましたよ」

そう言って、優月がメイド服姿で、教室へ入る。

彼の容姿を見た男子は「すげぇ」と口々に言う。

優月は、メイド服に、多少のメイク、白いウィッグ、爪には青いネイルチップを付けていた。

「本当、1日中、シフト任せたい」

学級委員長が言うと、優月は、

「吹奏楽部の発表があるから無理だって」

と笑う。

「んじゃあ、メイさんにお前のパートもやるように、頼んどく?」

その時、ゆながニヤニヤと笑いながらそう言った。

「そしたら、誰がトロンボーン、吹くんだよ」

優月は適当にあしらい、白いテーブルクロスの皺を伸ばす。

「おっ!優月くん、着替えたのか!?」

想大が言う。

「うん」

「ところで、瑠璃ちゃんは来るの?」

「朝聞いたら、行くって。今向かってるんじゃない?」

瑠璃や優愛は、わざわざ部活を休んで来るらしい。そこまでして来たかったのか?と思ったが、瑠璃と優愛は、最後の思い出作りらしい。


「っしゃあ!」

想大が喜ぶと、

「何が、っしゃあ!だ?」

友達が、想大を小突く。つう…、と想大は両手を押さえながら、友達を見る。

「別に、何でもない」

「ふうーん。じゃあ瑠璃ちゃんがどうこうって話は、気のせいか…」

想大は聞かれてたのか、と肩を落とした。

「想大君、どんまい」

優月はそう言って、想大を励ました。



その頃、最寄りの駅から東藤高校に向かって、瑠璃と優愛、そして希良凛が話していた。

「えっ?優愛先輩、私立行くんですか?」

「うん。そうだよ」

瑠璃は「どこの私立?」と尋ねる。

「私立凛良高校」

「えっ…」

その学校名に、希良凛が息を呑む。

「そこって、吹奏楽めちゃめちゃ強いですよね。もしかしてプロになるんですか?」

凛西良新(りんさいりょうしん)高校は、県内でも名の知れた私立校だった。学力も普通科と比べて、かなり高い。高名な高校だ。

ちなみに、凛西良新を略して、『凛良高校』と呼ばれている。


「違うよ。私、吹奏楽やる気ないもん」

「そ、そうなんですか」

驚いたように目を丸める。

「そうだよね」

瑠璃が当たり前のように言う。確かに茂華町からだと遠い。それに優愛は吹奏楽を続けないと、決意していたのだから。



優月は、開店を今か今かと待っていた。吹奏楽部の発表は10時30分からなので、シフトが終われば少しの時間は、出し物を見ることができる。

「緊張するね」

「うん」

メイド姿の女の子に訊かれる。指先のネイルチップを凝視しながら頷いた。

「あっ…」

その時だった。廊下から、トコトコと人の歩く音が聴こえてくる。

「はい、開店です!」

若村がそう言うと、優月はピクピクと足を震わせた。優愛達は何時に来るのだろう?

そう考えていたその時だった。


『えっと、いちねんいちくみ?』

『うん。メイド喫茶らしいよ』

聞き覚えのある声が聴こえてくる。瑠璃と優愛だ。まさか朝から来るとは思わなくて、優月は早まった鼓動を永久に止めようとも思った。

しかし、2人は1年1組の教室に入ってきた。


「あっ!優月先輩、おはようございます!」

「お…おはよう」

優月は、自分がメイドだということも忘れて、頬を真っ赤に染める。

「えっ…?超かわいい」

その時、瑠璃が褒め言葉を放つ。

「ほんとう?」

「うん!優愛お姉ちゃんくらい!」

瑠璃がそう言うので、やはり好評なのだろう。優月は、願ってもいないのにニヤニヤと笑った。


「ご…ご注文は何にします?」

優月が尋ねると、優愛が、

「バナナのオリジナルアイス3つ、お願いします」

と言う。優月は「3つ?」と首を傾げる。目の前には優愛と瑠璃しかいない。

と思っていたが、次の瞬間。

「OG発見!」

ともうひとり、店内に入り込んでくる。

「あれ?さっちゃん?」

「そう。希良凛ちゃん」

優愛が頷いた。優月と希良凛は、夏祭りで一度、会っている。

「あの子も部活、休んだの?」

「うん。文化祭とかのお祭り事、好きなんだって」

そう言われると、向太郎の名前が思い浮かぶ。

「こんにちはぁ」

希良凛は、小さく会釈する。

「いらっしゃいませ」

優月も、その会釈を返すように、そう言った。

「瑠璃とさっしーの分もアイス頼んどいたから、一緒に食べよ」

「うん!」

「はい!」

ほのぼの3人組に、思わず笑みが溢れた。しかし、優愛は来週で引退だ。引退すれば受験。瑠璃とも遊びに行けなくなる。だから、今日は羽目を外しに来たのだろう。


「お待たせしました」

優月がカップアイスを差し出す。カップの側面には水滴が滴っていた。

瑠璃が「わぁ」と目を輝かせる。本当に子供ぽい。そう思っていると、

「優月さんの発表はいつですか?」

と希良凛が訊ねてくる。

「えっとね、10時30分からだよ」

「そうなんですね」

そう言って、プラスチックスプーンを口に運んだ。

「そうだ!想大くんだけど」

優月が瑠璃に言う。

「シフトは、次だよ」

それを聞いて、瑠璃が咳き込む。こほこほ…と可愛らしい声が店内に響いた。

「私、想大くんとふたりで回る約束してるんだ」

それを聞いて、優月が「そっかあ」と目を細めた。冷静な表情をしているが、いいなー、と心臓の奥底では、絶叫している。

「優愛ちゃんたちは、何時までいるの?」

「1時30分までかな」

そんなに長くいるのか、優月はついそう思った。

そうして、アイスを食べ終わった3人が、帰った後も優月はひたすら接客を続けた。


「いらっしゃいませ。ご注文は?」

ずっと言い続けているからだろうか、段々と呂律が回ってきた。

「はい、チョコレートアイスです」

「ありがとう」

こんなやり取りを続けること、40分。シフトが終わった。

「じゃ、想大くん、頑張って!」

想大は、メイドでは無く、仕入れ担当だ。彼に任せて、優月は着替えようと音楽室に向かったその時。

「小倉、可愛い。彼女になってほしい」

誰かが、肩へすり寄ってきた。

「わぁ!夏矢君!!」

そこにいたのは、サックスパートの夏矢颯佚だった。彼は神平高校の出身でサックスの腕で、右に並ぶ者はいないだろう。

「はいはい…」

優月は、仕方ないので颯佚と行動を共にすることにした。それにしても彼が自分から話しかけてくるなんて珍しいな、そう思っていると、

「俺は2年3組のメイド喫茶に行きたい」

「あぁ…」

優月は彼の言葉の意味を一瞬で理解した。おおかた、菅菜たちに会おうにも、恥ずかしいのだろう。

仕方ないので、メイド姿のまま、颯佚について行くことにした。



2年3組。到着したふたりは、メイド服の茉莉沙に挨拶した。

「明作先輩、おはようございます」

「おはようございます」

茉莉沙は、いつだって冷静で、先輩後輩関係なく、律儀だ。奥には、菅菜がメイド姿でたたずみ、友達と話をしていた。

「着替えないんですか?汚れますよ」

その時、茉莉沙が心配そうに優月へ覗き込む。

「あっ…!」

「でも、かわいい」

茉莉沙はそう言ってクスッと笑った。自然な彼女の笑みは、美しさを超えて最早可愛い。

「ありがとうございます」

「ウィッグは外したら?夏矢君は菅菜呼べばいいですか?」

「あ、はい」

茉莉沙には、颯佚の内情も全て筒抜けだったようだ。本当に茉莉沙は凄いな、と優月は痛感した。

彼が、白いウィッグを頭から外すと、今度は初芽が駆け寄ってきた。

「小倉君、おはよう」

「あ、おはようございます」

「なぁんだ。メイド姿見たかったなぁ。残念」

「そんな、面白いものじゃないと思いますけど…」

優月が苦笑する。

「結羽香は、何にする?」

その時、茉莉沙が初芽へ突っ込んでくる。

「えっ…?」

「いや、何か食べたいから来たんでしょ?」

「え…いや…」

優月と初芽は、茉莉沙にパンケーキを頼むなり、椅子に座る。

「優愛たちは今頃、想大くんと話してるのかな?」

優月は、そう言って、ざわめく廊下を一瞥した。その時、誰かがこちらへ手を振ってくる。

「えぇ…」

その人物こそ、先程会ったばかりの優愛だ。

「間に合って良かった…!」

優愛はそう言って、優月と相席に座る。

「どうしたの?古叢井さんと指原さんは?」

すると優愛は「別行動」と言う。

「あっ…!優愛ちゃん!!」

その時、初芽が駆け寄ってきた。

「お久しぶりです!初芽さん!」

どうやら2人は、すっかり馴染んでしまったようだ。

「もしかして、私の為に来てくれたの?」

初芽は冗談のつもりでそう言ったが、優愛は「はい!」と大きく頷いた。

「先輩のフルート、本当うまいですよね」

「そんな、茉莉沙のトロンボーンには敵わないよ」

そう言って、当の本人を見る。彼女は、今も淡々と接客を続けていた。

それにしてもいつもよりよく喋るな、優月が思う。

「優愛ちゃんも茂華中学校だっけ?文化祭は来週?」

「はい。来週で引退です」

「そっかぁ。てか練習行かなくていいの?」

どうやら初芽も、練習を休んだ優愛を心配しているようだ。

「大丈夫だと思います…いや、大丈夫!」

優愛が自信満々に言うので、優月は何故だか恥ずかしくなった。

「お待たせしましたー」

その時、茉莉沙がこちらへ歩み寄ってきた。


「茉莉沙!この子、覚えてる!?」

その時、初芽が優愛を手のひらで示す。それを見た茉莉沙が、

「夏祭りでいましたよね」

と言う。

「やばい!明作さん、めっちゃ可愛い…」

優愛は、茉莉沙のメイド姿に卒倒しかけているようだった。

「どうも」

茉莉沙は小さく笑い、パンケーキが乗った更を置く。

「もしかして、ここに入学予定だったりする?」

彼女が訊ねると、優愛が「すみません」と言う。その反応に、茉莉沙は小さく首を横に傾ける。

「私、志望校ここじゃないんです」

「そうなんだ。受験、ファイト」

茉莉沙が声援を送ると、優愛が、

「ありがとうございます!!」

と喚き出した。

茉莉沙と初芽の2人は、いつにも増して笑顔が多かった。



しばらくすると、吹奏楽部員は体育館に、招集された。優月や茉莉沙は、メイド服から部活のTシャツに着替える。

「明作先輩、寒いんですか?」

先に来ていたトランペットパートの氷空が、茉莉沙を訊ねる。茉莉沙は訳ありで、Tシャツの下に、真っ黒な上着を着用している。

「寒いです」

茉莉沙はそれだけ答えて、トコトコと打楽器の群へ歩み出した。


その時、周防奏音と来た美心も、茉莉沙たちの方へ小走りをする。時間がないのだ。

(今日が最後)

美心の表情は、少し固かった。

今日で最後なんだ、美心はそう思っているうちに寂しくなった。    〈続く〉

午後の部に続きます。次回も読んでくれたら幸いです。他の話も是非読んでいただけたら。


〈次回〉

むつみと優愛…の話

美心 最後の演奏…

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